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【131】嵐

 今にも落ちてきそうな分厚い雲が、天上からの光を遮っている。吹き荒れる暴風により、海鳥の姿もなく、海岸線には見たこともないような高波が押し寄せていた。そんな嵐の日のことだった。


「──エリザベータッ! ヨミミを……ヨミミを助けてくれよッ!?」


 先週完成したばかりの城のエントランスホールにて、魔王一族の少年が得意の空間魔法で瞬間移動してきた。彼の腕には重傷を負った悪魔族の女性が抱きかかえられている。いつものドレスもボロボロに傷ついていて、溢れんばかりの血が白いエントランスの床を染めていった。


「何よ……これ……」


 立ち尽くす私の背後からアダムが駆けてきて、すぐさまヨミミを床に寝かせて治療を開始する。

 彼の医療技術はもはや世界一と言っても過言ではないレベルにまで達していた。しかしながら、ヨミミの現状を目の当たりにして、彼ですらその手を止めてしまう。


「これは……」

「ヨミミは助かるんだよな!? なぁアダム! なぁって!?」

「うるせぇ! なんとか……俺がなんとかする!」


 アダムは自身で開発した高等級の回復魔法や何やらを展開してヨミミの傷を癒していくが、彼女は気を失ったままで顔色も一向に良くならない。

 当然だ。すでにヨミミの心臓は止まりかけている。彼女が負った傷は深くそして多すぎた。火傷痕も数え切れない。炎魔法や火矢で総攻撃されたかのような、あまりに惨い状態だった。まだ生きているのが奇跡なくらいだ。


「エギラ、一体何があったの……?」


 心配そうにヨミミを見つめていた彼が、呼吸を整えて私の問いに答える。


「人間たちが急に魔界を攻撃してきたんだ……それでヨミミがみんなを守るために前線に出たんだけど──」

「待ちなさい。ヨミミが負けたっていうの?」


 ありえない。いくら人間が大群で襲ってこようとも、神使がそう簡単にやられるはずがない。


「違うんだ! あいつらなぜかスノゥを生け捕りにしてて……スノゥを人質にされてヨミミは手出しできなかったんだ!」

「スノゥが生け捕り……? 嘘よ! あの子だって私の魔力を持ってるのよ!? 負けるはずないわ!」

「でも、僕見たんだ! エリザベータと同じくらいの量の魔力を持った白くて大きなオオカミが、人間たちの魔法で拘束されてるのを!」


 スノゥだ。間違いない。しかし、どうしてそんなことに? 第一、マティラスは何を? 人間が魔界に侵攻するなんてあってはならない事態だ。


 そのとき女性の声がした。いつもの溌溂とした声とは打って変わって、弱々しくかすれた声だった。


「エギラちゃん……危ないからついてこないでって言ったのに……」

「ヨミミ……!? ヨミミ!?」


 目を覚ました彼女に、エギラが必死の呼びかけをする。


「魔界は……?」

「え? あ、今は父さんたちが戦ってるよ……戦えない一般市民も父さんが空間魔法で避難させてる」

「そう……」

「全部、ヨミミが時間を稼いでくれたおかげだよ! だから……助ける! 君は絶対死なせない! アダム! 僕なんでもするからヨミミを助けてッ!」


 アダムは頷き、回復魔法の等級を上げた。両手に展開された術式が複雑化し、無数に積み重なっていく。

 だが、ヨミミの顔色は悪化する一方だった。


「エリザ……ベータ様。ごめんなさい……」

「……?」

「私……スノゥを守れませんでした。たぶん彼も……今ごろ人間たちに──」

「いいから喋らないでッ! 今はとにかく自分の身を案じなさい!」

「……」


 すると、彼女は震える手をゆっくりとこちらにかざしてきた。無属性の魔法陣が展開されたと思ったら、すぐに術式は消え、彼女は手を下ろす。


「私が死んだら……私の持つ魔力すべて……エリザベータ様にお返しできるようにしました」

「は……」

「スノゥの魔力も……さっきぶんどってきたので……彼の分も一緒に──」

「な、何言ってるのよ!? 死なないわ! あなたは死なない!」

「私幸せでしたよ……短い間でしたけど……本当に……」


 ヨミミは微笑みながら、消え入るような声で言葉を紡いでいく。


「エギラちゃん……立派な魔王になってね…………」

「ヨミミ? そんな……やだよ! ヨミミッ!?」


 そうして彼女は目を閉じて、静かに力尽きた。


 吹き荒れる外の風が強さを増し、滝のような雨がステンドグラスを叩きつける。

 アダムは泣く泣く回復魔法を解き、エギラがそれを咎めて彼につかみかかる。

 同時に私は、魔力量が跳ね上がる感覚を覚えた。みなぎるような活力と、言葉にできない吐き気を催した。ヨミミたちの魔力が私に戻ったのだ──


「──む? 魔力をエリザベータに返したのか。これは計算外だったな」


 しゃがれた男の声がして、私は現実に戻ってくる。

 顔を上げるとエントランスの入口扉の前に、一人の人間が立っていた。体格のいい体を銀色の鎧で覆っており、真っ赤な外套を羽織った初老の男だ。白い顎髭を撫でながら、据わった目をこちらに向けている。


 ミラミス王。外見は彼で間違いなかった。しかし、雰囲気がまるで違う。人間ではありえないような、魔王一族と同等の……いや、それ以上の魔力量になっている。しかも、いつからそこにいた? 目の前に現れるまで、この私が気づかないなんて──


「邪魔な神使を先に排除してから、余裕を持って神を殺す……という作戦だったが、魔力を引き継いでしまっては無意味ではないか。まぁ……マティラスの魔力を失っただけでも十分と考えよう」


 私は身構えて、その言葉尻を捕らえる。


「マティラスが……なんですって?」

「あ~殺したのだ。私がこの手でな。ちょうどそこの下等生物のように──」


 ミラミス王がほくそ笑みながらヨミミを指さした。

 刹那、エギラが血相を変えて空間魔法を発動。その場から消えた。気づけば、彼は王の背後に回っていて、腰に携えた長剣を抜いたのだった。

 その回避不能と思われた速攻を、王はあろうことか容易く反応し、エギラに回し蹴りをくらわせたのだった。


「あがっ……!?」


 吹き飛ばされたエギラはエントランスの壁に体を強打して気を失ってしまう。

 この時点で私は確信した。王は明らかに前の王とは別次元の強さに達していると。方法は分からない。ただ、今のあいつは人間の理をはるかに凌駕している。マティラスを殺したというのも本当だろう。


 王はエギラのことなど目にくれず、私の方に向き直った。そして、膨大な量の魔力を練ったかと思えば、このエントランスを取り囲むように無数の渦巻きが出現した。空間が捻じ曲げられたかのような黒い渦巻きの中から、白い鎧を纏った兵士たちが続々と現れ、私たちは包囲されてしまう。


「直に魔界と自然界は我が手中に収められる。あとは貴様だ、エリザベータ。おまえを殺して、私がエアルスの真の支配者となる」


 私はエアルスを支配した覚えなんてない。私はただこの星の生き物たちが平和に仲良く暮らせればいいと思っていただけ。それなのにこの王は──


「くく……ハハハハハッ! いい目をするじゃないかぁ? どうやら平和ボケの貴様でも少しは理解できたようだな!?」

「……」

「貴様が今向けているその感情こそ、私たち人間が魔族に抱き続けてきたもの……憎悪だッ! 神使を殺した私が憎いだろう!? 私をなぶり殺したいだろう!?」


 瞬間、私は手をかざし光属性の魔法陣を展開する。そこから純白に輝く光の矢を放った。

 攻撃のために魔法を放ったのは初めてだった。ましてやエアルスの生き物にそれを放ってしまうなんて、絶対にあってはならないことだ。魔法を放ってすぐ胸を焼くような自責の念に駆られた。


 しかしながら、私はあろうことか高揚感のようなものも感じていた。

 百億年近く積み重ね続けた私の常識が、音を立てて崩壊していく──


「なんだそのふざけた魔法は?」


 光の矢を容易く結界魔法で弾いた王が鼻で笑った。


「いや、そうか。どうやら私は貴様を買い被りすぎていたようだ。所詮貴様は創造神。戦闘能力は無いに等しい、ということだな? くくく……無様だなぁ、エリザベータ?」


 戦闘能力……そうか。これは戦闘だ。自身の武力で、相手を打ちのめす無意味な行為。私がずっと否定してきた──


「しかし、それなら好都合なことこの上ない。死ね。古き時代の支配者よ!」


 王の掛け声とともに兵士らが弓矢を構えたり、魔法陣を展開したりと攻撃態勢に入る。

 側にいるアダムがヨミミの死体を庇うように覆いかぶさる。先ほど壁に吹き飛ばされたエギラも、すべてを諦めたような様子で俯いていた。


 一見絶望的とも思えるそんな状況下で、私はとある考えに辿り着き、昂っていた。


「──ふ」


 彼らの総攻撃が始まったそのとき、私は結界魔法を一瞬で展開し、全攻撃を弾き飛ばす。

 嬉々として闇属性の魔法を放っていた王が、すぐさま状況を察して表情を曇らせた。


「結界……? い、いつ魔法陣を展開した?」


 私ができる最高速度で術式を展開したのだ。たかが人間の動体視力で見えるわけがない。


「…………エ、エリザベータ様?」


 同じ結界内にいるアダムが、こちらを見上げて怪訝そうな表情を浮かべている。


「アダム。あなたはエギラとヨミミを連れて安全なところに隠れてなさい。こいつらは……私が始末する」

「え……?」


 以前より、時折思いついていたことではあった。自制して深層に葬っていた考えだ。だが、こいつら人間は私を本気で怒らせた。向こうがその気なら、こちらも躊躇う必要はないだろう。


 私が本気で戦ったらどうなるのか……それを試すときがきたようだ。

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