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【128】五百年前

 ──惑星エアルス。北半球、某大陸。


 背の低い草花が一面に広がる高原にて、白い毛並みの類人猿が目を覚ました。

 どうやら私の魔法は大成功のようだ。


「おはよう。気分はどうかしら?」


 数時間前まで瀕死状態だった彼がむくりと体を起こし、前方にいる私へ半開きの目を向ける。まだ光に慣れないのか、何度か瞬きを繰り返している。細長い腕を動かし、手で顔をわしゃわしゃしている。なんて可愛いのだろう。


「……わああぁ」

「いつもはこんなことしないのだけれど、あまりに凄惨な現場だったから助けちゃったわ」


 すでに大陸全土で幅を利かせている哺乳類……“人間”が扱う言語を発してみる。

 とはいえ、彼はただのチンパンジーだ。通じないだろう。それでも私は、この星で生まれた知的生命体の言語を使いたくて、そのまま話を続ける。


「災難だったわね。群れの仲間たちに襲われるなんて。毛もこんなに白くなっちゃって」


 まだ着慣れないロングスカートの裾を少し上げて屈み、草原に座り込んでいる彼の頭を撫でてやる。柔らかくて少し暖かい。


 彼は近くで群れを成していたチンパンジーらのボスだった。体格は普通だが腕っぷしが強く、いつも多くの仲間に囲まれていた。だが、先日起きた嵐で手足を負傷し、若いチンパンジーにボスの座を追われてしまった。それまでヒエラルキーの頂点として多くの食料やメスを独占していたツケが回ったのか、鬱憤を晴らされるかの如く、彼は仲間たちに襲われてしまったのだ。


「あ、あな……たは」


 チンパンジーの彼が喉元を引っかきながら掠れた声を出した。


「え? ちょ、ちょっとあなた? 喋れるの!?」

「だ、だれ……?」


 実のところ彼の怪我は相当ひどく、回復魔法だけでは治療できなかった。そこで、ずっと前から試そうと思っていたとある魔法を施した。私はそれを“進化魔法”と呼んでいる。その名の通り、生物を強制的に進化させ、身体機能や知能を向上させられる魔法だ。それにより彼の生命力を底上げし、あとは時間をかけて回復魔法をかけた。


 生物の進化が思うように進まなかったときに保険で用意していた魔法だったが、思いのほか順調だったので長らく出番のなかった魔法だ。

 今回、仲間に追いやられた彼があまりに不憫でつい使ってしまったが、まさか言葉を扱えるようにまでなるとは。元々、頭のいい子なのかもしれないが、この魔法は控えたほうがよさそうだ。ただでさえエアルスの生物は超スピードで進化してきて、最近やっと落ち着いてきたくらいなのだ。余計な介入は避けたほうがいい。


「私はエリザベータよ。言える?」

「エ……エリザ……ベータ」

「あら、本当に喋れるみたいね。ごめんなさい。なんか勝手に進化させちゃって」


 ちなみに、エリザベータという名に深い意味はない。人間たちが始めた一神教の神の名から取った。この世の万物を生み出した全能神らしい。さすがに全能ではないが、エアルスを作ったという点は合っているので、勝手にそう名乗らせてもらっている。


「しんか……?」


 ピンと来ていない様子の彼に、私は自身の凄さを自慢する。


「ふふ。私はね、何を隠そうこの星を生み出した神様なのよ! だから、あなたを進化させて救うことも朝飯前なの! まぁ食事なんてしないんだけどね! どう? すごいかしら!?」

「カミサマ……」


 彼は目を擦り、私の全身をまじまじと見つめてくる。

 彼の言わんとすることは分かる。どこからどう見ても人間だって言いたいのだろう。


 私は変身魔法を解き、元の白いガス状の姿になった。通常ではありえない膨大な量の魔力である。それを見た彼は度肝を抜いたようで、腰を抜かして後ろへ這いずっていく。


「あ……あががぁ!?」


 すぐさま私は人間を模した姿に戻る。人間は大好きだ。知能が高いのはもちろん、体の造形も優れている。二足歩行で両手を自由に扱えるのは便利だし、この姿なら彼らが発展させた国や街も散策しやすい。


「──驚かせちゃったわね。でも、これでなんとなく私が何者か分かったでしょう? 勝手に進化させたお詫びよ。くれぐれも他の生き物たちには秘密ね」

「ほ、ほんとに……カミ……神様なんでぃ?」

「厳密に言うと違うんだけどね。その話はまたいつか。それで……どうする? 群れに戻ってもいいけれど──」


 すると、彼は草原に座ったまま俯きがちに返答する。その言葉遣いにはまだムラがあった。


「群れには……戻りゃあせん。自分が今までどんだけ好きホーダイやってたか、どんだけ恨まれてたか……襲われて初めて気づきゃした。何より、こんな喋れるサルは変だ」

「そうよね……本当に申し訳ないことをしたわ」

「あーあーそういうつもりじゃ! 命を救ってもらったのは感謝してっす! ただ……これからどうすればよいのやら」

「なら、私のところに来なさい」

「え?」


 ここまで進化してしまった以上、できれば私の側に置いておきたい。もはや彼は現在の生態系に影響を及ぼし兼ねない存在だ。それに、そろそろ仲間も欲しかったところだ。

 彼の手を取って立ち上がらせ、その手を強く握り締める。


「私、このエアルスをもっと賑やかにしたいの! 植物も虫も両生類も爬虫類も鳥類も哺乳類も……もっと色々な生き物でこの星をいっぱいにして、宇宙でもっとも美しい星を作るのよ!」

「宇宙でもっとも美しい……」

「そうよ! 私はそのためにエアルスを作ったんだから! その手伝いをして! ねぇ()()()!」

「……アダム?」

「あなたの名前よ! なんとなく今ピンときたの! 良いと思わない?」


 アダムは唖然としながらも、その名を囁くように何度か復唱し、そして呆れるような笑みを浮かべたのだった。


「ふ……おかしな神様です」

「嫌かしら?」

「いいえ。エリザベータ様のその願いも、アダムという名も甚く気に入りました。私にできることであれば、全力でお力添えさせていただきます」


 そう言ってくれるのは嬉しいが、言語能力が怖いくらいどんどん上がっている。この調子なら学習能力もかなりのものになっていそうだ。魔法や医学を教えてあげたら、案外すんなりものにするかもしれない。

 そうして私は彼と手を離し、青空へと高らかに人差し指を立てた。


「じゃあアダム! エアルスを最高の星にするために、まず私たちがすべきことを挙げてみなさいっ!」


 すると、彼は人間みたいに口に手を当て考える。


「う~ん、そうですね……まずは現存する種の保存は必須でしょう。絶滅危惧種の保護も考慮に入れる必要があります。しかし、そうなると一番厄介なのは……人間と魔族でしょうね。あの二者の不仲は言わずもがな……争いや略奪が今も絶えません」


 すごい。全部言われた。もう私より頭がいいかもしれない。


「そ、そうよ。よく分かってるじゃない……だけど! どうすればいいのかまでは──」

「人間界と魔界を繋ぎ、同盟関係を結ばせるのはいかがでしょう? 本来、そんなもの夢物語でしょうが、この世界の創造主であるエリザベータ様がその二者の間を取り持てばあるいは──」

「あなた優秀すぎるわよッ!?」

「え……あ、ありがとうございます?」



 ※  ※  ※



「だから、マティラスはぁ!?」


 対策を打ったとはいえまた記憶を消されるのはごめんだ。だから、大人しくエリーゼの話を聞いていたが、なぜかアダムとの出会いを聞かされ、ついに俺はツッコミを入れた。


「うるさいわね。流れがあるんだからちゃんと聞いてなさいよ」

「動物園閉まっちゃうよぉ!」

「まだ昼過ぎじゃない。安心なさい。いくらなんでもそこまで長くならないわ」


 苛立ちを抑えながら、俺はさっき自販機で購入した麦茶を一口飲む。


「それにしても、なんか昔のエリーゼ明るくない? 人間のことも好きっぽいし。漫画の主人公みたいだった」

「マンガって何よ? でも、確かにあのときは明るくて、純粋だったわ。物を知らなかったとも言えるけどね」

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