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【121】もう一人

「美味すぎる。これが本物のアクアパッツァ……」


 翠斗が白身魚を口にして、静かにそう呟いた。他のみんなも同じく舌鼓を打ち、食器具のぶつかる音だけがしばらくこだました。


「このオリーブオイル、どうやって用意したの?」


 隣に座る花怜ちゃんが、フォークでトマトをすくってその匂いを嗅ぎながら聞いてくる。彼女は今日もフリフリの地雷系ファッションで可愛らしい。


「それ七原さんの自家製。すごいよね!」


 向かいの席にいる七原さんに笑いかけると、彼女はコーンスープのカップから口を離して俯く。


「別に。『菜園(オールコック)』でオリーブは用意できたし、『知恵の実(スマホ)』で作り方も調べられたし」

「でも初めて作ったんでしょ? 超おいしいよ!」


 他のみんなも続け様にそのオリーブオイルを褒めちぎる。

 彼女は恥じらいをごまかすように再びスープを一口啜った。


「……そんなことより、やっぱり一人足りない気がするんだけど」


 七原さんが強引に話題を逸らし「まだ言ってんのかよ」と翠斗が呆れ気味に返す。

 彼女は何か言い返そうとしたようだが、言葉は発さず閉口する。代わりにその隣の委員長が新しい話題を出した。


「茜ちゃんの違和感も気になるけど、それよりこれからどうするか考えない? どうやって地球に帰るのか、とかさ」


 私はまだ七原さんの話題を話したかったけど、その場にいるほとんどの人が委員長の意見に同意した。


「う~ん……エラーコードとか“ギア”の生き残りを見つけて、帰る方法を教えてもらうってのは?」


 等々力(ロッキー)が開口一番にそう提案した。桐谷がどもりながら反対意見を出す。


「あ、あ、危ないんじゃない? 襲ってくるかも? ヴェノムギアを……た、倒した報復で」

「でも、そのヴェノムギアを倒した委員長がこっちにはいるし負けないんじゃ?」


 等々力(ロッキー)が委員長の顔色を伺いながら言葉を返す。


「確かに私がいればみんなを守れるとは思うけど、危険なことに変わりないね。それにエラーコードたちが地球への帰り方を知ってるとは限らないよ」


 雄介が律儀に手を上げ、委員長がそれを指す。


「はい。神白君」

「確か、異世界転移の魔法を再現できれば帰れるんだよな!?」

「術式さえ分かれば私の『美魔女(ウィッチ)』で発動できるね。けど、その術式はどんな魔導書を調べても出てこないよ。たぶんヴェノムギアしか知らないんだと思う。ごめんね……情報を吐かせればよかったよね」


 申し訳なさそうに俯く彼女を七原さんがすぐフォローする。


「そんな余裕なかったでしょ。知華子はよくやったよ」

「そう……かな」

「それに“ギア”を見つける必要なんてない。転移魔法の術式が分からないなら私たちで開発すればいい」

「開発?」


 七原さんはカップを置き、ロッキングチェアの方へ目を向けた。


「エリーゼさん。聞いてもいいですか?」

「私でもそれは再現できそうにないわよ?」

「みたいですね。でも、転移魔法って要するに、私たちの地球とこのエアルスを繋いで()()()()()()()()()ですよね?」

「まぁ……そうとも言えるかしら」

「なら、その分野を得意とする人に協力を要請して、開発すればいいんじゃないですか?」


 七原さんの提案にいまいちピンと来ていない私たちとは裏腹に、エリリンが目を細めた。


「……ラヴィニアのこと言ってんの?」


 その名前を聞いた瞬間、私の心が揺さぶられた。言葉で言い表せないようなざわめきだった。

 ラヴィニアさんとは、確か魔界の中心都市ゴルゾラを治めている魔王だ。mon5ter(モンスター)に襲われたあと、みんなとはぐれてしまった私はモレットに向かったのでその魔王さんとは会ってないが、このまえツッキーに写真を見せてもらって──


「……」


 七原さんたちが話を続けている最中、私は口を固く結ぶ。先ほどから感じていた違和感が、無視できないほど明確な疑念となって頭の中をぐるぐる回り出す。


 私はゴルゾラに行かず直接モレットに行った……あのとき私はひどく疲れていて、猫に変身した状態で森の近くで倒れていた。それでエリリンに拾われて、彼女と二人でモレットへ──


「──そういえばラヴィニアさん、空間魔法が得意って言ってたね。でも茜ちゃん、空間魔法と転移魔法は全然別物かもよ?」

「かもね。だけど、エラーコードを見つけるより楽だし、何より安全でしょ」


 二人の会話は私の耳をスーッと通り抜けていく。

 モレットについたあと、私とエリリンは冒険者ギルドのアルさんとともに迷宮へと踏み入った。でも、あのpelic4n(ペリカン)をどう対処したのかまったく思い出せない。なんとなくエリリンが無力化したような気もするけれど、その記憶の核心に迫ろうとすると靄がかかってしまい虫食いされ、そこにいるはずの()()を認識できない。


「……やっぱりおかしい」


 私は卓を叩いて勢いよく立ち上がり、委員長たちの会話が途切れた。


「やっぱ私たちなんか忘れてるよ!!」

「ビビったぁー」

「翠斗も考えて! その……だって変じゃん!?」

「そうだな。後片付けはやっとくから、今日は温かくして寝ろよ」

「な!? 余計なお世話なんだけど!!」


 でも、どうしよう。なんだか自信なくなってきちゃった。全部私の記憶違いかも。


「……そういえば私たちってなんでラヴィニアさんと知り合いなんだっけ?」


 そんな疑問を口にしたのは七原さんだった。


「そりゃ俺たちmon5ter(モンスター)に襲われて散り散りになったから、みんなと合流するためとりま近くの街に寄ったんだろ? そこが魔界のゴルゾラだったんだ」


 雄介の話を聞いて、彼女は俯きがちに一点を見つめる。数秒経ってハッとしたように目を見開き、ポケットから自身のカードを取り出した。そして──


「雲藤ッ!」

「……んえ!?」


 呑気にコーンスープを飲んでいた彼女は急に名前を呼ばれて少しむせる。


「カード見せて」

「な、なんでよ?」

「もたもたしないで早く!」

「はあ」


 眉をひそめながら彼女はカードを出して、斜め向かいに座る七原さんに手渡す。七原さんがそのカードをスクロールして何かを確認したあと舌打ちした。


「ねぇ……あんたが今持ってるスキルってこの八個で合ってる?」

「え、うん? 私の『空気(エアー)』と、死んだ桃山たちのスキル七個。合わせて八個だよ」


 前の一件でたくさんの人が死んでしまった。そのせいでスキルが移り、加えて雲藤さんなど蘇生した人もいて所有権がややこしいことになっている。とりあえず、死亡者のスキルはすべて雲藤さんに譲渡されているらしい。


「……黒尾の『復讐者(リベンジャー)』は?」

「え? それは七原が持ってるはずでしょ? だって彼がocto8us(オクトパス)に殺されたとき、近くにいたのはあんただけだったんだから」

「私のスキルは一つだけだよ」

「は?」


 七原さんが自身のカードを提示する。スクロールをしても、そこにあるのは『7(セヴン)』だけだ。続けて、彼女は雲藤さんのカードもみんなに見せる。


「もちろん雲藤のカードにも『復讐者(リベンジャー)』はない」

「あれ? でも、直人君は──」

「死んでる。間違いない。私はこの目であいつの首が飛ぶのを見た。つまり、『復讐者(リベンジャー)』は誰かに譲渡されたはず」

「それって……」

「残り転移者(プレイヤー)は十二人じゃない。もう一人いる。そして、『復讐者(リベンジャー)』の所有権はその人に──」


 七原さんの言葉を遮るように、エリリンが鼻で笑った。


「だったら、私たちは揃いも揃ってその()()()()を忘れちゃってるってわけ? ありえないわ」

「なら確認します」


 七原さんは借りたカードを雲藤さんに返して私たちに呼びかける。


「もし私の仮説が間違ってるなら、この場の誰かに『復讐者(リベンジャー)』が譲渡されてるはず。みんな、ちょっとカード出してくれる?」


 私たちは言われた通りにし、各々スキル説明欄をスクロールした。

 案の定、私のスキルは『桜花爛漫(ギャルマインド)』だけだ。他の人も同じく確認するが、おかしなところはないようだ。最後に委員長が長い長いスクロールを終えて顔を上げる。


「三十個……みんなのカードにも不自然に増えたスキルはなさそうだね」

「決まり。『復讐者(リベンジャー)』を譲渡された()()()()がいる。それに黒尾が死んだとき私以外にも誰かいたような……そんな気がするの」


 雄介が腕を組み、卓上に置かれた自身のカードとにらめっこする。


「となると、どういうこった? またエラーコードの仕業なのか?」


 すると、エリリンが魔導書を閉じて溜息をついた。


「はぁ……バカバカしい。エラーコードなら私が気づくわよ」

「でも、現に『復讐者(リベンジャー)』が──」

「あのねセヴン? あんたの頭がきれるのは認めるけれど、この世の出来事すべてに理由や原因があると思ったら大間違いよ。ただわけもなくスキルが譲渡されなかった可能性だって大いにあるわ。ゲームマスターであるヴェノムギアは死んだわけだし、多少の不手際はあってしかるべきじゃない?」

「不手際……ですか」


 エリリンは魔導書を膝に置き、肘掛けで頬杖をつく。


「それよりラヴィニアに協力を要請する話は? 私それには賛成だわ。ただ、ここからゴルゾラまで戻るとなると、かなりの長旅になるけれど──」


 そのときだった。彼女の眼前の床に複雑な模様が現れ、灰色の光を放ち始めた。これは魔法陣だ。


「──その必要はない」


 可愛らしい少女の声がした。魔法陣の光が失せ、声の主がその姿を現す。

 セミロングのふわふわした赤髪に山羊っぽい角が生えている。左右対称に四本あって上の二本が少し長い。彼女の宝石みたいなインディゴの瞳と目が合って、私は咄嗟に目を逸らした。なんで逸らしたのかは分からない。


「あなた……どうして?」

「その話は後だ、エリザベータ。どうやらあいつはここにもいないみたいだからな」


 床の魔法陣が完全に消え、少女が私たちに向き直る。


「久しぶりだな。初めましての者もいるか。私はラヴィニア・ゼロ・セリーヌ。三代目魔王だ」


 見た目や声質の割にどこか威厳を感じさせる口ぶりで、しかも“魔王”という役職を聞いて私は背筋を伸ばした。


 そして、その魔王様は全身を包む赤ローブの切れ目から華奢な腕を出す。手には一枚の紙があり、とある漢字三文字が縦書きで記されていた。いわゆる漢字のとめ、はね、はらいはめちゃくちゃだけど普通に読めるし、横には丁寧にふりがなまで振っている。きっと頑張って日本語で書いたのだろう。そんな努力が垣間見える字で、なんとなく彼女の人となりが分かった。


「単刀直入に聞かせてもらう。この中に……麦嶋(むぎしま)(いさむ)という名を覚えている者はいるか?」


 紙に書かれた文字と彼女から発せられたその名前に、胸が張り裂けるような感覚を覚える。封じられた記憶はいまだ呼び起こされないがそれでも直感した。

 

 私たちは彼を忘れている──


「そうか。おまえたちも、か」


 ラヴィニアさんは紙をしまい、空いている席に腰を下ろした。


「麦嶋勇……私は“ムギ”と呼んでいた。おまえらと同じ世界から来た一人の青年であり、ロワイアルゲームの参加者だった。ひょんなことから私はあいつと知り合い、そしてあいつのおかげで私たち魔族はゴルゾラを取り返すことができたんだ。ムギは私たちの恩人だ。今ゴルゾラに住まう魔族で彼を知らない者はいない……だが二日前、状況が一変した。突如として誰もムギのことを思い出せなくなったんだ。まるで初めからいなかったみたいにな」


 やっぱり私や七原さんの違和感は間違いじゃなかった。

 他のみんなも多かれ少なかれその名前に覚えがあるようで、否定的な態度は一切示さなかった。


「その話本当ですか……? しかも、なんでラヴィニアさんは忘れてないんですか?」


 私が一番聞きたかった質問を委員長が口にした。


「私は二日前、この世界にいなかった。いわゆる異空間にいたんだ。そのあと城に帰ったら、どうも様子が──」

「ま、待ってください!? 異空間!? なんですかそれ?」


 委員長が聞き返すとラヴィニアさんは「ああ」と相槌して、何も無い空中に手をかざした。すると、そこにさっきの魔法陣よりも一回り大きくて複雑な魔法陣が出てきた。


「ムギと別れてからずっと空間魔法の練習をしていた。以前あいつに言われてな。空間魔法の得意な私なら、転移魔法も使えるんじゃないかって」


 すごい。さっきの七原さんの提案をとうに彼は思いついていたんだ。


「あいにくその実現には至っていないがかなり上達した。以前はうずまき模様のマーキングが必要だった瞬間移動もそれ無しで移動できるようになったし、最近は異空間を生み出して現世を行き来できるようになったんだ」


 魔法陣を消し、ラヴィニアさんはテーブルに両肘をついて手を組んだ。


「で、私がその異空間にいる間、どうやら世界規模の魔法がかけられてムギの存在が消されたらしい。目的は謎だが、そんなことができるのはヴェノムギアもしくはエラーコードの誰かだろう」


 その発言に七原さんが言葉を返す。


「ヴェノムギアは知華子が倒したので、犯人はエラーコードかと」

「倒した……?」


 はてなマークの浮かんでいるラヴィニアさんに、七原さんが事の顛末をざっくり説明する。


「──スモモってそんな強かったのか?」

「私、過去のロワイアルゲームで生き残って──」

「過去!? なんか私がいない内に話が進みすぎてないか!? ていうかそうだ! ファルジュがおまえらをモレットに送り届ける間、ハンターの襲撃に遭ったらしいな!? ファルジュの伝令を受けてからすぐ救助隊を向かわせたんだが──」

「あぁ大丈夫です。その辺も私がなんとかしましたから」

「そ、そうか……」


 そこで私はなんの気なしに、少し離れた位置にいるエリリンを見た。だが、すぐにその視線を戻す。


 さっき彼女は、エラーコードの仕業なら気づけると言った。私もそう思う。エリリンが気づかないはずがない。

 もちろん、相手はエラーコードだし誰にも気づかれず能力を発動……なんてこともやるかもだけど、もしそうじゃなかったら──


 その先にある可能性を考えたら恐くなった。

 そんなはずないと思いつつも私は一瞬、エリリンがこの件に関わっているのでは、と疑ってしまったのだ。

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