【118】疑心と驀進
ヴェノムギアの結界魔法と防御魔法の突破は不可能。ならば、こいつがそれらを解いた瞬間を狙えばいい。では、その瞬間とはいつか? それはこいつがもっとも油断するタイミング……要するに勝利を確信したときだ。
だから、私は一度こいつに負けることにした。
なんらかの数を倍または半分にできるスキル『倍々半々』を使って、自分自身を二人に増やし、その片割れに死んでもらったのだ。
『残影箱』で片割れの陰に身を潜め、お姉ちゃんのスキルで日本刀を生成。そして、ヴェノムギアが油断した瞬間に奇襲を仕掛けた。
「──おまえを殺すことだッ! ヴェノムギアァァアア!!」
刀がヴェノムギアの胸部を貫き、私は全力でその体を次々と斬っていく。
これで無理なら今度こそ万策尽きる。残機もない。最終局面だ。今ここで私がこいつを殺すか、耐えられて私が殺されるか、結末はその二択。殺された人々のためにも、クラスのみんなのためにも、なんとしてでも殺す。殺しきる。それ以外のことは何もいらない。何も考えない。ただ一直線に、こいつを地獄の底に斬り伏せる──
ヴェノムギアの回復を凌駕する勢いで、私は斬撃を続けた。魔法さえなければこいつはただの人間と変わらなかった。瞬く間にヴェノムギアの体はバラバラになった。
「はぁはぁ……!!」
息を切らしながら私は刀を捨てる。もはや斬るところがないくらい肉片が辺りに散らばっていた。完全に殺した。
しかし、まだ安心できなかった私は『美魔女』で火属性魔法を発動し、その肉片をすべて焼き尽くす。
燃え盛る炎の中であの仮面も灰になっていった。
そういえば素顔を確認し忘れた。しかし、構わない。そんな余裕はないし、必要もないだろう。
「こ……殺した……?」
『完全感覚』で視覚、聴覚、嗅覚を研ぎ澄ます。周辺に伏兵の気配は皆無。
『虚飾性』でこいつに欺かれている可能性を模索するがそれもない。こいつは正真正銘ヴェノムギア本人。本人を木っ端微塵にして焼き殺した。確実だ。
『第六感』で危機察知も行う。問題ない。今どこからか私を狙っている者もいない。
それでも、あらゆるリスクを考えて私はその場から動けなくなってしまう。『第六感』やら何やらを繰り返し、ここから逆転される未来を想像して打ち震えていた。
しかし、何度確認してもヴェノムギアは死んでいるし、私が襲われる気配もない。
スキルが無効化されているのでは? これはすべて夢なのでは? なんて疑心暗鬼になってくるけど、それもやはりなかった。
いつの間にかヴェノムギアの死体は完全に燃え尽きて無くなっていた。
「本当に…………勝った?」
じわじわとその現実を実感し、私は膝から崩れ落ちる。
極限まで張り詰めていた緊張が一気に解きほぐされて、どうしようもなく涙があふれてきた。
「か、勝った! 勝ったんだ! 私勝ったよ……みんな……お姉ちゃんッ……!」
嬉しいはずなのに、ずっと追い求めていた復讐のはずなのに、涙が止まらなかった。満たされると思った心が、また崩れていくようだった。ヴェノムギアへの復讐を達成しそれを自覚したことで、お姉ちゃんたちの死が確定したような気がした。彼女らはとっくに死んでいるのに不思議だった──
──そして、私は立ち上がる。
体は思いのほか万全かつ軽やかで尻もちをつきそうになった。膝に手をつきバランスを整えながら体を起こした。
涙を半袖シャツの袖で拭う。地面の焼け跡を見て溜息をつき、目線を上げて広大な星空を臨んだ。
改めて私は勝利を確信し、それを自分に言い聞かせるように口にした。
「……私の勝ちだ」
※ ※ ※
我らがクラス委員長こと、李ちゃんこと、知華子ちゃんが見つかった。
場所はダークテイルアジトから遥か東。ミラミス大陸を丸ごと横断した先に位置する火山島だ。どうやら地図に乗っていない秘境らしいが、月咲さんの『知恵の実』にはその島もくっきり表示されていた。
何はともあれ俺たちは即座に準備を整え、桐谷君のスキルでリニアモーターカーを召喚し、最高時速五百キロを超えるその列車で驀進したのだった。
──が、思っていたよりも距離があった。
桐谷君曰く八時間近くかかるようだ。
リニアの内装はほとんど新幹線のそれで、座席に座っていると眠くなりそうだが、一刻を争う緊急事態というのもあってまったく眠くならなかった。俺は生まれて初めてオールした。
なお朝吹君、月咲さん、雲藤さん、茂田君は別車両で爆睡していて、それを見る七原さんの目が怖くて眠れなかったというのもあった。
異様に揺れの少ない静かな車内にて、ボーっと窓から見える星空を眺めていたら段々外が明るくなってきたのに気づいた。
そんな折、車両中央にある通路を落ち着きなくウロついている少女……七原さんが、俺と茉莉也ちゃんの席で立ち止まった。ちなみに服装はあのゴスロリファッションのままで、完全にraffl3siaから借りパク状態である。
「麦嶋……今寝てた?」
「ね、寝てない! もう朝だなぁって……外見てただけ!」
「だよね。この状況で寝るとか、ほんと神経疑うから」
すると、すぐ隣の通路側に座っている茉莉也ちゃんが俺を庇うように話を逸らす。
「委員長、まだ島にいる?」
月咲さんの『知恵の実』を勝手に使っている七原さんがその画面をこちらに向ける。
「いる。ずっと島の中にいる」
「そっか。でも、それなら無事ってことだよね?」
「……たぶんね」
『知恵の実』で表示されるのは、プレイヤーカードの位置に過ぎない。知華子ちゃん自身の現在地を表示しているわけではないので、もしかしたらそこにカードが転がっているだけという可能性もあるが、三十個のスキルがひとまとめになっている時点で彼女が死んでいないことは確かだ。死んでいたら、別の誰かへスキルが譲渡されているはずである。
だが、そうなると彼女が今何をしているのか謎だった。何者かと戦っているような感じでもなく、殺されたわけでもなく、裏世界に隠れるわけでもなく、ただ島の中に留まっているのだ。
そのときだった。
車両前方のドアが開き、エリーゼが駆けてきた。彼女は泣きべそをかいていて、一直線に茉莉也ちゃんへと抱きつく。
「マリヤァ……!」
茉莉也ちゃんたちと再会してから、エリーゼはずっとこんな感じで彼女に引っ付いていた。物凄い懐きようである。茉莉也ちゃん自身子どもが好きらしく、年の離れた妹もいるようでこの場の誰よりも子どもの扱いが上手かった。
「エリリン? どうしたの?」
エリーゼを優しく抱きあげて、三つ編みの入ったハーフアップの髪をスキルで整える。
「あのね……アダムがねぇ……いじわるしてくるの」
「そうなの? かわいそうにねぇ~」
「んん」
そして、いじわるチンパンジーがやってきた。その手には注射器がある。
「……エリザベータ様、逃げないでください! この注射を打てば元に戻れるんですから! 頑張りましょう!!」
「やぁぁ……!」
「なぜですか!? ダークテイルの人間たちと戦う方がはるかに恐いでしょうに!」
「だって人間はやっつけられるけど、注射はやっつけられないもん……!」
恐いような、可愛いような、筋が通ってるんだかなんだかよく分からない理屈だ。
「ちょっとエリリン恐がってるじゃん! 無理に打たなくてもいいでしょ! 今のままでも十分可愛いんだからッ!」
「そ、そんな理由で放置していいわけないだろ! エラーコードの毒だぞ!? もしものことがあったらどうすんだ!?」
「それはまぁ……」
「さっさと離れろ! というか、おまえはエリザベータ様に馴れ馴れしすぎる!」
茉莉也ちゃんは口を尖らせ、エリーゼと顔を合わせる。
「いいじゃん馴れ馴れしくても。友達なんだから。ね~エリリン?」
「ねー!」
「ああ~もう超可愛い~! エリリン大好き!」
イチャイチャする二人を前に、アダムが歯を食いしばり注射器は震えた。
「……じゃあ、七原さんを先に解毒したら?」
そう提案すると、アダムが「は?」と顔をしかめた。
「いや、その注射でちゃんと元に戻れるって分かれば、エリーゼの恐怖感も薄まるでしょ。七原さんなら痛そうな顔せずクールに済ませそうだし」
「……確かにな。それでもいいか七原?」
「まぁ、私はいいですけど」
アダムは俺の提案に賛成し、七原さんもそれに乗った。
そうして、驚くくらい注射はすんなり終わった。塗り薬でも塗ってんのかってくらい七原さんは微動だにせず、アダムも一瞬で注射を終わらせた。
「──どうだ気分は?」
「平気です。ありがとうございます」
捲り上げた袖を戻し、七原さんがそう答える。
しかし、その体は少女のままでおよそ変化はない。解毒できたの、と俺が問うと、七原さんが席を立ってカードを出す。
「私はほら、若返りを限界までかけられて殺されそうになったから『7』で年齢を七歳に固定してたんだよ。だから、スキルを解けば戻ると思う」
そういえばそうだったな。
すると、彼女が隣の車両へ移ろうとしたので声をかける。
「どこ行くの? スキル解くんじゃないの?」
「……変態」
「えー?」
そう吐き捨てて、彼女はこの場を後にした。
アダムが新しい注射を用意しながら口を挟んでくる。
「ここで大きくなったら、服がギチギチになってみっともないだろ」
「あぁ」
「では、エリザベータ様よろしいでしょうか? 御覧いただいた通り、この注射は恐くもなんともありません。すぐ終わりますし、打てば速攻で元に戻れるでしょう」
エリーゼはそれでもまだ恐いみたいで、茉莉也ちゃんに抱かれたまま、俺に手を伸ばしてくる。
「ムギ……抱っこぉ」
「え、いやいや……」
茉莉也ちゃんが俺に彼女を預けようとしてくる。
「抱っこしてあげて」
「ちょっと待って。話聞いてた? 元に戻るんだよ? 俺が抱っこした状態で戻ったら、大人エリーゼが俺に抱きついた状態になるんだよ?」
「うん、そうだよ? なんかまずい?」
「まずいじゃん! そんなことしたら、しばかれるもん!」
「しばかないよ! ね?」
茉莉也ちゃんがそう聞くと、エリーゼは瞳を潤ませながら首を縦に振った。
本当かよ。大人のときと子どものときで性格が真逆すぎて信用できねぇ。
「いや、ここはやっぱり茉莉也ちゃんが──」
「勇! エリリンはなんだかんだ言っても勇のことが大好きなんだよ!? 一番信用してるの! ほら見て、このつぶらな瞳! こんな子が抱っこされて怒ると思う!?」
思うよ。
すると、車両の後方座席から野太い声がした。
「──仲間を信用できないんですか!? 麦嶋さんッ!」
「は?」
今回の一件で酷い仕打ちを受けながらも、どうにかこうにか生き残った悪運の強すぎる男……神白雄介がやってきた。
「おまえさ……反省したのか知らんけど、いい加減敬語やめろよ。一応同級生だし、和解もしたじゃん?」
「だったら改めて──仲間を信じろ! 麦嶋ッ!」
ずかずかと歩いてきた神白に両肩をつかまれ訴えかけられる。
「エリーゼさんは麦嶋に抱っこしてもらえたら勇気を出せんだよ! そして、エリーゼさんはしばかないと言ってる! なら、それを信じてやるのが仲間ってもんだろ!?」
「……映画のジャイ○ンみたいなこと言いやがって」
「俺は映画のジャイ○ンじゃないッ! 抱っこしろぉぉおお!」
「分かった分かった! 抱っこするよ!」
十中八九しばかれる気がするけど、まぁそれもエリーゼなりの愛情表現だと思えばいい。
観念して、エリーゼを茉莉也ちゃんから引き受ける。
抱っこしてやると彼女は嬉しそうにはにかみ、ギュッと抱き締めてきた。可愛い。けど、向かい合った姿勢はまずい。反対向きにしようとするが、力が強すぎてびくともしなかった。
そうしてアダムが彼女の袖をまくり、その細い二の腕に注射の針を向ける。
「では、エリザベータ様、一瞬ちくっとしますよ」
「ん……」
エリーゼが目を瞑り、しがみつく力も強くなる。
痛い。痛い痛い痛い痛い。注射より痛い。でも、ここで変に動いたらアダムがミスるかもしれない。エリーゼのためにも俺は歯を食いしばって耐え忍ぶ。
「……はい、終わりです」
速い。さすがアダム。
すると、エリーゼは目をしぱしぱさせて脱力した。そして、気を失ったかと思えばその体がみるみるうちに大きくなっていく。それに伴い、アダムが魔法を使って彼女の服も大きくしていった。
十秒足らずで、エリーゼは元の二メートルくらいあるナイスバディに様変わりした。俺は椅子に座った状態で、その胸に顔を埋めるような形になり、彼女の下敷きになってしまう。これをラッキースケベと取るか否かに関しては、専門家によって意見が分かれるところである。
「…………ムギ」
女神エリーゼが復活した。
自身の胸で押し潰している俺に気づき、彼女は椅子の背もたれに手をついて体を離す。
「んぐ……よ、よぉエリーゼ? 元気~?」
「……」
壁ドンされているような姿勢で俺は彼女と向き合った。
エリーゼは口をもごもごさせて何か言いたげな雰囲気を醸し出しているが、結局何も言わず席から立ち上がる。
見たことないくらい顔がまっかっかだ。天井の荷物置きに頭をぶつけてさらに赤くなる。
無理もない。ロリーゼ時のあらゆる言動は、大人エリーゼにとっては耐えがたい羞恥だろう。逆に言えば、彼女はそれほど俺を好いているということで嬉しいと言えば嬉しいが──
「ム、ム……ムギィィ~! 抱っこぉぉ……!」
「はぁ!?」
大人に戻ったはずのエリーゼが再び抱きついてきた。
まだ精神は戻っていないのか? でも、それなら顔を真っ赤にしていたのは一体?
「何してるんですかエリザベータ様? もう解毒したはずですけど?」
「し、してないよぉ? 体しか戻ってないも~ん……!」
「いえ、体内に侵食していた2anaの毒およびその魔力は完全に取り除かれました。魔法も体も精神も元の状態に戻ったはずです」
「くっ……!」
あ、こいつ嘘ついた。今までのことが恥ずかしすぎて、戻ってないフリしたんだ。大胆な手法取ってきたな。ただの現実逃避じゃねぇか。
俺の胸の中で、すべてを見透かされたエリーゼが唸り声を上げている。そんな彼女の頭を撫でてやった。
「よしよしっ」
「……ふん!」
「あが!」
胸に頭突きされた。なんか魔法で威力上げてた。くそ痛い。
俺が痛みで胸を押さえると隣の茉莉也ちゃんが心配し、神白もあたふたしながら寄ってきた。エリーゼは俺から離れ、顔を火照らせたままアダムの白衣をつかんで怒鳴りつける。
「うぁぁ……やっぱしばかれたぁ……」
「勇、大丈夫!?」
「すまねぇ! 俺が信じろと言ったばっかりに!」
「アダムッ! あなた優秀すぎるのよッ……!!」
「は、はいっ!? ありがとうございますぅ!!」
そんな混沌とした状況の中、元の十五歳に戻ったらしいセーラー服の七原さんが戻ってきた。
「何……どういう状況?」