【117】終わりなき復讐、そして色づく世界
迫りくる隕石はあまりに巨大だった。
『第六感』がフルに反応し、死の運命を知らせてくる。しかし、他のどのスキルを使用してもこの巨岩に対抗する術はない。
この裏世界から脱すれば回避はできるが、それは問題の先送りに過ぎない。
私だけ裏世界から脱して、ヴェノムギアをここに閉じ込めても、こいつならきっと自力で現世に戻れるだろうし、あまり悠長にしていたら9ueenも戻ってくる。そうなれば詰み。私は何もできずに殺される。結果は変わらないのだ。
それならもう覚悟を決めて、今ここでヴェノムギアを殺すしかない。もうそれしか──
即座に私はカードを向けて『美魔女』で魔法を可能な限り連射する。同時に龍を高速で動かし、宙に棒立ちしているヴェノムギアの四方八方から七大属性すべての属性弾を放った。
しかし、半透明の青い結界でそれらは余すことなく弾かれてしまう。
「隕石が落ちる前に私を殺そうという作戦ですか。しかし、それすなわち……あなたはあの隕石を対処できないと言っているようなものですよ」
滝のように降り注ぐ私の魔法を弾きながら、ヴェノムギアが首をかしげてこちらを見た。
「また、あなたは『7』による蘇生能力を持っていますね? mon5terさんがあなた方を襲ったとき、七原茜さんが使っていました。その残機はあといくつ残っているのでしょう?」
「……」
「私の知る限りではmon5terさんで六回。ハンターさんとの戦いで二回。先ほどの爆弾で一回。計九回使用しているはずです。明らかに『7』の上限を上回っていますが、それはきっと『倍々半々』か何かで効果を倍にしたのでしょう」
トリックはすべてお見通しみたいだ。
魔法は効かないと察し、今度は直接攻撃に踏み込む。龍から飛び降りて、渾身の右ストレートを決めにいった。『超人』による身体強化で、当たれば一撃必殺級の威力になっている。
しかし、ヴェノムギアに近づこうとすると運動方向がデタラメになって、私は明後日の向きに攻撃してしまう。
「七の倍……十四。十四から九を引いて五。そして、あの隕石で殺せば残り……四」
ダメだ。『リフレクト』とかいう魔法のせいで、どれほど高速で飛び込もうと簡単にいなされてしまう。
どうする? もっと威力を高める? 速度を上げる? いや違う。そんなの無意味だ。大体、あの水爆ですらやり過ごせる防御魔法なんだ。私のパンチでどうこうできるわけがない。他の方法を──
「──というわけであと四回。あなたを殺しましょう」
瞬間、私のこめかみを何かが貫いた。
絶命の寸前。視界の隅。空の一部に黒い魔法陣が見えた。私の『美魔女』で生成した魔法陣なんかより複雑で大きな魔法陣だった。
「まずは一回」
意識が途絶えて、数秒経って私は復活した。
「く……はぁはぁ」
ヴェノムギアがいない。『第六感』を使うと背後から、死の危険を察知した。
「あぁっ……!」
「二回」
たぶん今度は風魔法。白黒の世界で分かりにくいが、きっと本来は緑色をした空気の刃が私の首を飛ばした。
そして復活する。またヴェノムギアがいなかった。
しかし、今度は即死しない。即座に『三秒ルール』を使い、周辺にいる私以外の生物の時間を三秒止めた。
停止時間残り三秒。
危機察知ですぐにヴェノムギアの位置を割り出す。頭上だ。こちらに手をかざしながら既になんらかの魔法陣を出している。
残り二秒。
『倍々半々』であいつの魔法の等級を半減。
一秒。
『幻獣召喚』で可能な限りの龍を召喚。天空を覆い尽くすほどの龍が、私とヴェノムギアの間を埋め尽くす。
零。
ヴェノムギアが魔法を放つが、威力を落とした上、そこにいるのは龍の大群である。私に攻撃は通らない。
そのまま私は自由落下して、きのこ雲の中へと姿をくらます。
これで少し猶予ができた。あの結界魔法と『リフレクト』を突破する方法を考える猶予が──
だが、そこで私はまた死んだ。
先ほどの水爆を思わせるような、超高威力の熱線が私も龍も丸ごと飲み込んだのだ。これが噂に聞く六等級の属性魔法か。
またまた復活して、私は例のごとく龍に乗って落下を免れるが、気づけばきのこ雲が無くなっていた。正確にはその煙は横に吹き飛ばされていて、顔を上げると遥か彼方にヴェノムギアがいた。着々と迫りくる巨大隕石を背に、奴はこちらを見下ろしていた。
「は……はは……」
私の心はもう折れかけていた。
強すぎる。勝てる気がしない。この短時間で三回も殺された。あと二回。あと二回で本当に死んでしまう。
「…………」
すると、こちらに魔法陣を出していたヴェノムギアが動きを止めた。理由は分からない。奴は魔法陣を消して振り返る。あっちは確か帝都の方向だ。
ルェンザさんたちに何かあったのだろうか? 片目を瞑り、『蝉時雨』で彼らの様子を見てみる。
「……!?」
9ueenが燃えていた。炎に飲まれて死んでいる。ルェンザさんは多少の怪我はあるが普通に生きていた。信じられない。本当に9ueenを狩ったんだ。でも、どうやって?
ヴェノムギアがいまだ呆然としているのを遠目で確認してから、『蝉時雨』で録画した映像を巻き戻し、数分前から見てみる──
ルェンザさんが不意打ちで使ったナイフ。それに付与された石化魔法だけ無効化されていない──そうか。9ueenは自身が認識した能力しか無効化できないんだ。
そして、その致命的とも言える弱点を察したルェンザさんは、スキルを使ったらしい。
以前彼と戦ったとき、彼が私のカードを横取りしてそれを『倍々半々』で二枚に増やしていた。要するにスペア。それを利用すれば私のスキルも発動できる。
彼の仕掛けはそれだけではない。私の居場所を白状することで、帝都に私がいないことを9ueenに示した。すると、どうだろう? 9ueen目線、警戒すべきは物理攻撃か魔法の二択になる。カードでも目にしない限り、ルェンザさんがスキルを使ってくるなんて思わない。
したがって、9ueenはルェンザさんの使うスキルを認識できず、無効化もできない。
そこまで準備が整えばもう詰みだ。
『治癒』 で、感染したbac7eriaを除菌。
『花火師』で適当な物質を時限爆弾に変換。
『三秒ルール』で9ueenの時間を停止。
『百発百中』による投擲必中効果を使って、爆弾を9ueenの口へと確実に放り込む。
そして、サプライズ──
凄い。これは彼が今まで磨いてきたであろう手品とその技術の賜物だ。いくつもの死線を潜り抜け、相手との駆け引きを熟知している人の立ち回りだ。
でも、そうか。格上の相手に勝つなら、それはもう意表を突く他ないんだ。
認めよう。ヴェノムギアは強い。私よりも遥かに。結界魔法も『リフレクト』も私では絶対に突破できない。だから、私がすべきことは──
その瞬間、私はまた死んだ。これまででもっとも速い魔法がヴェノムギアから放たれた。たぶん光属性だった。
残り残機はついに一個。
「──李知華子さん。もう終わりにしましょう。少々トラブルが起こったようです。あなたと戯れている暇はありません」
復活すると、十数メートル近くまでヴェノムギアが降りていて、もう隕石なんかお構いなしに魔法を放とうとしていた。
その魔法陣が光る寸前、『亜空の使者』を使用し、私だけ現世に戻る。
裏世界で破壊した火山島も、現世では何事もなくそこにあり、闇夜の中で真紅の溶岩を垂れ流していた。上空には隕石のかわりに、幾千もの星がきらめいていて、それが遥か彼方まで続いていた。
しばらく色の無い裏世界にいたので、その絶景につい見惚れてしまう。
「──逃がしませんよ」
空間が渦を巻いて歪み、そこからヴェノムギアが出現する。現世の火山島にて私たちは再び相まみえる。
「これで本当の終わりです。さような──」
「最後に聞かせてヴェノムギア……」
「はい?」
「どうして……こんなことするの? あなたはどうして……ロワイアルゲームなんてふざけたゲームをしてるの?」
ヴェノムギアは黒い手袋で覆われた手をかざし、黄色い魔法陣を展開しながら、淡々と答えるのだった。
「闘争は腐った血を滾らせます」
「……?」
「あなたはなんのために生きていますか? そもそも生物はなんのために生きているのでしょう? 金のため、名声のため、仕事のため、美味しいものを食べるため……おそらくその答えは多種多様です。しかし、そのすべてを実現してしまったらどうでしょう? なんでも叶って、なんでも分かって、やることなすこと順風満帆。そうなってしまったら何も楽しくない。すべてを手にしたはずなのに、逆に生きた心地を無くすのです。そして……それが今の私です」
「……」
「秘密結社“ギア”のトップとしてエアルスを支配し、もはやこの世界で私にできないことはありません。だからこそ、あなた方を招致しました。異世界人のあなた方なら、私にさらなる刺激を与えてくれると期待して」
そうしてヴェノムギアは属性弾を放った。目にも留まらぬ光の属性弾だった。
為すすべもなく、私は心臓を貫かれる。おびただしい量の血を吹き出しつつ地に倒れ、なぜか私は少しほっとした。たぶん、ヴェノムギアの動機を少しも理解できなかったからだ。
最後の最後で、ヴェノムギアが完全な悪だと分かって良かった。
私の復讐は間違っていなかった────
「さようなら、李知華子さん。あなたはおそらく後にも先にもない、私にとって最高の異世界人でしたよ──」
※ ※ ※
私の魔法に貫かれた李知華子さんは地に伏して、完全に動かなくなった。
「復活は……しませんね」
もし仮に残機が残っていたら死体が消えて、すぐ近くに五体満足の彼女が復活するはずだ。
「しかしながら、相手はあの李さん。実はまだ生きていて……ということも」
ついでの属性弾を数発放って頭部を潰し、耳をすまし呼吸音を聞いてみる。三分ほど待ってもやはり動きはないし、呼吸はもちろん皆無だった。
「……さすがに死んだようですね」
できれば彼女は麦嶋さんの近くで殺したかった。そうすれば、彼に三十個のスキルが譲渡され、それらを使えない状態にできた。しかし、彼女をこれ以上放置するのは悪手だと思った。三十個のスキルが他転移者に譲渡されるリスクを負ってでも、彼女は始末するべきだと判断した。彼女の私に対する殺意と執念はまさに狂気の沙汰。これはきっと英断だった。
「さて」
北西の夜空を臨む。帝都の方角だ。
まさか9ueenさんが、ただの人間に一本取られるとは思ってもみなかった。しかし、まだ死体は残っている。燃え尽きる前に保護すれば、ouro6orosさんが蘇生させられる。彼は今、少しばかり傷心中だが問題ない。
そろそろお遊びはやめて、私とエラーコードの全群で転移者を殺しにかかるとしよう。邪神は脅威だが、私と9ueenさんの二人がかりなら勝機はある。幸いにも、9ueenさんの能力はまだ邪神たちには伝わっていない。奇襲も可能だ。
そうして、私は先ほどから常時発動していた結界魔法と『リフレクト』を解除した──そのときだった。
何か胸元にとてつもない激痛を覚えて、目線を下げる。
「……っ? こ、これは?」
私の左胸部から、銀色に輝く尖った鋼鉄が伸びていた。ともに生暖かい液体が溢れ出す。
「──やっと解いたね。その二つの魔法」
背後から李さんの声がした。
「……っ!? な、なっ……!?」
「へぇ……おまえにも赤い血が流れてるんだ?」
間違いない。李さんだ。彼女が背後から私の心臓を刀で刺している。しかし、一体これは──
その理由を考えるよりも早く、私は斬り伏せられる。
「なんのために生きてるかって? そんなの決まってる──」
魔法を発動しようにも、腕も脚も首も何もかも凄まじい速度で斬られてしまう。完全に後手に回ってしまった。回復魔法が間に合わない。
「──おまえを殺すことだッ! ヴェノムギアァァアア!!」