【116】人類史上最強最悪
「帝都が爆破されたという報せを受け、9ueenさんを向こうに送りましたが、あれは陽動だったわけですねぇ。なるほどなるほど。考えましたね、李知華子さん」
ルェンザさんにつけたセミ……『蝉時雨』で彼の様子は私にも見える。帝都の爆破は上手くいったようだ。そして今、彼も9ueenと接触した。悠長にはしていられない。彼が時間を稼いでくれているうちにこちらも勝負を決める。
「しかし、一人で来たのですか? 一人でこの私を殺しに?」
「見れば分かるでしょ」
「なぜそのような愚かなことを。他転移者と協力すればよかったのに」
「御託はいい……今すぐ殺してやる」
「そうですか。では──」
ヴェノムギアの出方がなんであれ、問答無用で用意していた“奥の手”を発動しようとするが、なぜか奴は玉座のような椅子を召喚し、呑気に腰かけ脚を組んだのだった。あまりに予想だにしないその行動に、さすがの私も動きを止めた。
「どうぞ。ご自由に攻撃してくださって構いませんよ」
「……は?」
「あなたを殺すのは容易い。しかし、あなたもきっと何か用意してきたのでしょう? それを試す前に私に殺されては、あまりに不憫ですし面白味に欠けます。だから、どうぞ」
「ふ、ふざけ──」
「ふざけてなどいません。私は至って真剣です。真剣に……このロワイアルゲームを楽しんでいるのです」
ヴェノムギアは肘掛けに腕を置き、のうのうと頬杖をつきながら仮面をこちらに向けてくる。
「過去のゲームで私に惨敗し、煮え返るような憎しみを抱えながら、念願の再会を果たした今のあなたが……果たしてどのような攻撃をしてくるか楽しみです」
「……」
「どうしました? いつでも構いませんよ? 一撃だけ私はここを動かないことを誓いましょう。それともなんですか? 移動した方がいいですか?」
どういうこと? 罠? 私が攻撃するのを誘ってる?
でも、『虚飾性』で嘘をついてるかどうか調べてもまったくのシロだった。こいつ……本当にあの椅子から動かないつもりだ。正真正銘、私の攻撃を楽しみにしている。
あまりの怒りで気絶しそうだった。それでも私はなんとか心を落ち着けて、これは好機であると思うことにした。リスクや駆け引き無しで、あの“奥の手”を使えるならそれ以上のことはない。
そして、私はスカートのポケットから飴玉を取り出す。『お菓子の家』でお菓子に変化させたとある兵器である。その飴玉を慎重に地面に置き、少し下がってスキルを解除すると元の形に戻った。
全長約十メートル、重量約三十トン。ロケットのような形で、横向きに置かれたその兵器を見て、ヴェノムギアが唸る。
「ほう。それは?」
即座に起爆するつもりだったが、さっき“動かない”と言っていたので簡単な説明くらいはしてもいいと思った。
「爆弾。でも、ただの爆弾じゃない。地球における人類史上最強最悪の爆弾……通称“水素爆弾”」
それを聞いたヴェノムギアの仮面の奥から、小ばかにするような笑い声がした。
「ふっ、水素? 水素の爆発を使うのですか? エアルスの学校でも子どもたちが理科の実験でやりますよ?」
「その程度の科学技術はあるんだ。でも、それはただの燃焼反応でしょ? 私がやるのは重水素と三重水素を使った核分裂反応と核融合反応だから」
「カク……? 何やら知らない単語が出てきましたねぇ。一体どのような──」
やはり普通に会話しているのがバカらしく感じ、加えて不意打ちになるとも思ったので、さっさと起爆した。
容赦はしない。どれだけ卑怯でも不格好でも殺せればそれでいい。殺す。絶対に殺す。死んでも絶対こいつだけは殺すと決めていたから、もはや躊躇も何も無かった。
一瞬で辺りは光に包まれ、私は死んだ。死んだことすら自覚できない内に即死した。
水爆はお姉ちゃんの『夢想家』で作った。これがあれば想像した物をなんでも具現化できる。お姉ちゃんなら一度設計図を見ただけで水爆も大量生産できただろうが、生憎私はそこまで天才ではない。夜な夜なそれらをカンニングしながら一週間以上時間を費やし、かつて某国が開発した百メガトン級の破壊力を持つ水爆を再現したのだ。
機密情報であるはずの設計図は、月咲さんの『知恵の実』をこっそり拝借し、それで入手した。あれは使いようによっては、簡単に国家のトップシークレット情報にもアクセスできる極めて強力なスキルだ。当人は決してそんな使い方はしないだろうが。
元々の作戦では、これで私もヴェノムギアも死んで終わりだったけど、私には『7』による復活が残っている。しばらくして復活したのち、即座に『順応灯』を使用。火球、熱波、放射線……生存を阻害するあらゆる要素に耐性を付け、水爆の爆心地でも平気な体を手に入れる。
しかし、爆風で空高く吹っ飛んでいたことに気づき、『幻獣召喚』で龍を召喚、それに乗ってさらに上空へと避難した。
おびただしい量の煙の中を数十キロほど進んで抜け出し、眼下を見下ろす。
煙の量が多すぎて火山島は見えないが、まず間違いなく消滅しただろう。とはいえ、ここは裏世界であり現世にはなんら影響はない。水爆の用意があればあと二、三個投下したっていい。
「……え」
作戦は完璧だったはず。だがしかし、『第六感』では変わらずヴェノムギアの反応があった。死んでない。あの爆発を至近距離でくらってまだ──
「──死にかけましたよ、李知華子さん」
「!?」
空間の一部がねじれ、ヴェノムギアが出てきた。そして、そいつは当然のように空中に立つ。
「水素爆弾……でしたっけ? 地球人は面白い物を作りますね。これってエアルスでも作れます?」
「う、嘘……でしょ? このっ!」
瞬間、私は『美魔女』で闇の属性魔法を連射した。しかし、属性弾はヴェノムギアの直前ですべて霧消してしまう。何か半透明の青い球体が、あいつの周りを覆っていた。
「六等級の結界魔法です。最高硬度の防御魔法ですよ。その程度の等級では私に攻撃は通りません」
「ま、まさかそれで水爆も──」
「はい……と強がりたいところですが、水素爆弾の圧勝でしたね」
「水爆の圧勝……?」
聞き捨てならない言葉をヴェノムギアが発し、また何か別の魔法を発動した。すると、あいつの周囲にもやのようなものがかかった。
「ええ。エアルス最強の結界は見るも無残に破られたのです。ですので、別の防御魔法を併用しました。これは『リフレクト』。とあるエージェントの一人が得意としていた魔法です」
「……」
「あらゆる魔法や魔力を反射し、あらぬ方向へ屈折させるという防御魔法です。私はその最高等級を扱えます。先ほどの爆発のような物理的な衝撃もすべていなすことができるのです」
「そ、そんな……ずるい! ずるいずるい! 動かないって言ったのに!」
「動いてはいませんよ。私は椅子に腰かけたまま『リフレクト』を使いましたからね」
すると、ヴェノムギアはどこか呆れるように溜息をついて、眼下のきのこ雲に目を向ける。
「しかし、これは……いち生物が持っていい代物ではないですね。あなた、どれだけ私を殺したいのですか? さすがにショックですよ。さて、今帝国にいる9ueenさんを呼び戻しましょうかね。向こうもそろそろ終わりそうですし」
「……っ!」
そのとき、ルェンザさんたちも窮地に陥っていた。9ueenが私の想像を超えるレベルで無敵だった。しかも、bac7eriaというエラーコードまで使われている。もう無理だ。直に彼らも殺される。時間がない。なんとか次の手を考えなければ。
「ふふ……ハハハハハ!! 水素爆弾を使った人がそのような怯えた顔をしないでくださいよ! 現状あなたの方がよっぽど恐いことしてますからね?」
そうだ。水素爆弾。もう一度作ろう。ここは一旦避難して、次は用意できる限りの──
その瞬間、空が暗くなった。
これは……巨岩。隕石だ。先ほどまで存在しなかったはずの巨大な隕石が空を覆いつくし、今まさにこちらに迫ってきていた。
「せっかくです。9ueenさんを呼ぶ前に、こちらもお見せいたしましょう……私の魔法の最高火力をね」