【115】サプライズ
「あのハンターたちのように、肉体が腐って死ぬのは嫌でしょう? 李の居場所を答えてくだされば、楽に殺して差し上げますわ」
俺は地に這いつくばり、エラーコードに髪をつかまれそう問われる。彼女の光る瞳は、中枢部の火炎よりも深く濃い赤だった。
「ル、ルェンザ! 言うなよ!? 絶対にッ……死んでも言うな!!」
いつの間にか意識を取り戻していたクラウスが、息を切らして叫んできた。
9ueenが舌打ちして俺から手を離し、彼へと向き直る。またあのbac7eriaとかいうエラーコードの能力を使うつもりだろう。クラウスが殺される。
だが、どうしようもねぇ。さっきのナイフを使った騙し討ちを軽くいなされたのが決め手だった。あれで完全に実力差を思い知らされた。
地に落ちたナイフには、石化魔法の魔法陣がそのまま残っていた。不発に終わった俺の最後の魔法。無駄に魔力を消費してしまったな──
「……?」
いや、ちょっと待て。なぜ魔法陣が残っている? なぜ無効化されていない? 9ueenが能力を使わなかった? 俺の魔法なんて無効化するまでもないってことか? それとも──
「く……んあああああッ!?」
クラウスの右腕が腐敗し始める。彼が羽織っているローブごと燃え広がるように彼の体を蝕んでいく。
その瞬間、俺は密かにとある能力を使用した。
すると、たちまちクラウスの腐敗が止まり、続け様に彼の体は完治した。時が戻るように一瞬で治癒が行われたのだった。
「あら? bac7eriaさん? 殺菌……された?」
9ueenはただただ驚く素振りを見せ、クラウスの治癒が無効化されることもなかった。
見つけた。9ueenの決定的弱点。
こいつの無効化は、何も無差別に発動しているわけではないのだ。その発動には必ず、相手の能力を知覚する必要がある。石化魔法が無効化されなかったのは、俺が手元を隠しながら不意打ちしたせいで奴がその魔法に気づかなかったからだ。
異常な動体視力と反応速度を持つこいつはそう簡単に欺けないが、俺ならできる。俺ならこいつを欺ける──
「9ueen……李ちゃんの居場所を知りたいか? 教えてやるよ」
「は?」
「彼女は名も無き火山島に向かった。おまえらが今日そこで会議をするのを知って、ヴェノムギアを殺しに行ったんだ」
「!?」
俺はすべて洗いざらい白状した。クラウスは突如完治した自身の体に狼狽しながらも、そんな俺に怒鳴ってくる。
「ル……ルェンザ!? おまえ何を!?」
しかし、それを無視して、俺は膝に手をつき立ち上がる。落ちたハットも拾って被り、9ueenを睨みつける。
「俺たちが帝都を襲ったのはおまえを火山島から引き離すための陽動であり、おまえを狩るための強襲だ。ここに李ちゃんはいない」
「……な、なんてこと」
「だが、おまえがその島に戻ることはない。今ここで……俺がおまえを狩るからだ」
9ueenが息を荒げ、怒りを露わにしながら激高する。
「わたくしを狩る……!? ハンター風情が……さっさと腐れ死になさい!」
俺に感染させたbac7eriaの能力を使おうとしたのだろうが、クラウスよろしく俺にもそれは効かない。
「こ、これは一体? あぁそうですわ! 何か……何か魔法を使って──」
バカの一つ覚えのように9ueenがまた目を光らせた。
それにしても愉快だ。永らく帝国を治め、世界を裏から動かしていたらしい“ギア”の彼女が、たった一人のちっぽけな人間に欺かれ、口をポカンと開けてる様は実に。
やはり誰かを驚かすのは楽しい。
手品師で良かった。
ハンターで良かった。
俺が俺で本当に良かった。
数秒後、すべてのタネを仕掛け終えた俺は、慌てふためく観客に笑みで答える。
「サプラァイズッ!」
瞬間、彼女は全身の穴という穴から火を噴き出した。
彼女は驚嘆したような表情を浮かべながら、それでいて何の抵抗もできずに倒れてしまう。
「あが……!? あ……あぁぁぁ……!!」
火だるまになりながらも体はまだ原型を保っている。やはり常軌を逸した防御力だ。しかし、爆発が体内で起こって平気でいられるほど無敵でもないらしい。きっと全身の臓器を焼き焦がされただろう。さすがの彼女も十数秒と持たず火炎の中で力尽きた。
「ルェンザ……? 君、一体何をしたんだ?」
側まで歩いてきたクラウスが、燃え盛るエラーコードの死体を見てそう聞いてくる。
ジャケットの懐に手を入れて、そこから最高度数のアルコールを含む酒瓶を取り出す。ダメ押しにそれを放り投げ、9ueenを焼く火力をさらに強めた。
「俺の手品はつまらなかったか?」
「え……いや、もちろん凄いとは思ったけど……」
「なら拍手しろ。タネを明かせだなんて野暮なこと言ってんなよ。そんなの二流手品師のやることだ。俺が二流に見えるのか? そもそも手品のタネなんて大体拍子抜けだしな。それはエアルスでもチキュウでも同じことだ」
ジャケットの襟を直し、俺はクラウスに背を向けて広場を引き返す。
「ミラミス女王、暗殺完了だ」
「ちょ、ちょっと待て! 本当に説明しないつもりか!?」
「しない。さてと、せっかく帝国に来たんだ。街に行こう。今ならレストランも酒場ももぬけの殻だろうし、全品百パーオフの大特価だぜ?」
※ ※ ※
ルェンザさんたちと別れ、私は龍に乗ったまま裏世界を移動した。裏世界は自身から半径百メートル圏内で生成し、間違ってもその空間内に9ueenが入ってこないよう細心の注意を払って火山島に向かった。
そうしてニ十分強。ついに大陸南東部の海に浮かぶ火山島が見えてくる。『第六感』で危険予知をするが、このまま進んでも特に問題はなさそうだ。計画通り、9ueenは帝国に戻ったらしい。今この島に奴はいない。
龍を降下させ、私は島に上陸した。
以前、連中と戦った無人島に似ているがそれよりも禍々しいところだった。島の中央には地面が膨れ上がったような形の標高二百メートルほどの火山があり、冷えて固まった黒い溶岩がその周りを覆っている。そして、その隣に漆黒の塔がそびえていた。前の無人島にあったものと同じものだ。窓や装飾が一切ない、悪趣味で細長い塊。
『第六感』で魔力を感知する。間違いない。あそこだ。あそこにヴェノムギアがいる。しかも、あいつだけ。9ueenだけでなく、他のエラーコードも不在らしい。会議の出席率が悪いことは事前の調べで分かっていたことだが、まさかここまでとは。
「……!!」
そのとき、塔の根元辺りに人影を見た。ちょうど感知で引っかかったところだった。
真っ黒のローブで全身を包み、フードまで被った死神。魔法陣のような幾何学模様が入った仮面を被り、そいつは空を見上げている。
ヴェノムギアだ。
今すぐ殺してやりたいが、まずはこいつを裏世界に引き入れなければ攻撃も通らない。
息を飲み、高鳴る心臓と溢れ出す憎悪を抑えながら、私はそいつを裏世界に招いた──
「──おや? これは?」
身の毛がよだつような低い声を出し、そいつは辺りを見回し私に気づいた。
「あぁ……これはこれは。李知華子さんではありませんか? どうも。お久しぶりですね」