【112】イカれた作戦
大柄で焼けた肌を持つ、極彩色のヒッピー風ハンターことツベルクさんが唇をわなわな震わせながら怒鳴り散らす。時の止まった色の無い夜の森に、彼の声が轟いた。
「正気っすか、ルェンザさん!? ミラミス女王の暗殺なんて!?」
ハンターギルドはそのランクで上下関係が決まるようで、向こうの方が見るからに年上なのに、ルェンザさんがタメ口で言葉を返す。
「逆におまえは正気のままハンターやってんのか? すげぇなぁ? まるで計算問題をおかずに──」
また下品なことを言いそうな気がして、私はそのすねを蹴っ飛ばす。『超人』で身体機能が上がっているので、骨を折らないよう手加減しながら蹴った。
「ルェンザさん」
「いっ……!? く、くぅぅぅ……! 効いたぜぃぃ!!」
彼は屈んで、すねを押さえながら私を見上げる。たぶんこの人が一番イカれてる。
すると、ツベルクさんたちが私を睨んだ。
「てめぇ……よくもルェンザさんを! しかも、ブレヒャーさんまでおまえが殺したんだってな!?」
ジェリー・ブレヒャー。ハンターギルドの長であり“ギア”の一員だ。私がやったというのは、さっきルェンザさんが説明した。ロワイアルゲームのことやスキルのこともざっと話している。
「はい。拷問してヴェノムギアの情報を吐かせました」
「ふ、ふざけやがってヨ! 大体な、秘密結社“ギア”なんて都市伝説──」
その言葉を遮るように、マジックギルドのお兄さんことクラウスさんが口を開く。
「いいや。あれは実在する組織だ」
「あ……?」
「奴らはエアルスを裏から牛耳り、事実上の世界征服を成し遂げている。魔王一族を除けば、この世の要人は一人残らずヴェノムギアの配下だ。帝都中枢に居座る殿上人はもちろん、各地に点在する大国も小国も連中の息がかかった奴が統治している」
「……な、なぜ言い切れる?」
彼はその答えをヒッピーさんたちに明示した。
どうやら彼は魔界のゴルゾラで麦嶋君たちと会っていたらしい。そこでmon5terと戦い、フォルトレットというエージェントが魔王城に隠していた機密文書を見たのだという。その文書は私も知っている。確かmon5terや“ギア”の情報が記されていて、エリーゼさんが見つけたのだ。そんな話を麦嶋君から聞いた。
「──と、いうわけだ。エラーコードの危険性を目の当たりにした僕らマジックギルドは“ギア”の調査を始めた。おかげでエラーコードについては詳しく知れたし、そのうちの一体……9ueenがミラミス女王の座についていることも分かった」
クラウスさんは俯いて、両の拳を固く握り締めた。
「けど……マジックギルドはほぼ壊滅状態だ。S級に関して言えば、たぶんもう僕しかいない」
「なんだって……?」
「みんな9ueenとその軍部に捕まって殺された。方法は謎だけど僕らの動向は筒抜けだったみたいで、帝都中枢に侵入しようとしたところを呆気なく……たぶん感知魔法的なものを使って監視してたんだろうが、まったく気づけなかった──」
確か、帝都とその周辺には小さなタコ足が無数に生えていて、それが監視カメラの役割をしている。以前のロワイアルゲームでもそうだった。octo8usというエラーコードの能力だ。
「──僕も殺される寸前だった。それをルェンザが助けてくれたんだ。まさか悪名高いハンターギルドの、しかもあのルェンザに助けられるとはね。一生の不覚だ」
クラウスさんは私に真っすぐ目を向けた。そこにはまだ闘志が宿っていた。
「スモモって言ったか? 君に協力すれば、あの9ueenを倒せるのか!?」
「私の目的はヴェノムギアの抹殺です。9ueenは無視するつもりでしたが、ルェンザさんが──」
すねを押さえていた彼が勢いよく立ち上がる。少しよろめいて、私の肩に手を乗せる。
「俺は狩るぜ。暗殺対象が誰だろうが忖度はしねぇ」
「乗った。協力しよう」
「いいねぇ~。あの生真面目でアカデミックなマジックギルドさんが、俺たちハンターと共闘なんて──」
彼の言葉に、ツベルクさんが突っかかる。
「ちょっとちょっと! 俺たちはやるなんて一言も言ってませんヨ!?」
すると、ルェンザさんが右手を振り、ジャケットの袖からビー玉を出した。昨日私が用意したものだ。
彼は四つの青いビー玉を指の間にそれぞれ挟んで見せつける。見事な手さばきで、普通の動体視力なら魔法で出したと見間違うほどだろう。
「安心しろ。暗殺対象を仕留めるのはあくまで俺だ。あとクラウスにも手伝ってもらうかもだが、とにかくおまえらにはちょっとしたお使いを頼みたい。それさえやってくれれば、あとは最悪逃げてもらって構わない」
「お使い……?」
ルェンザさんは私に目配せし、「残り五秒にしてくれ」と口にする。
言われた通り、『花火師』を再発動し、そのビー玉……もとい時限爆弾の時間を修正する。
そして、彼は子どものような笑みを浮かべながらそれらを天高く放り投げた。ビー玉は最高地点に達すると花火のように爆散し、轟音と共に森を光で満たした。
「想像以上のド迫力だな~! というわけで、おまえらにはこれを帝都中枢に仕掛けてもらう。たっぷりとな」
「は!? そ、そんなことしたら──」
「ああ! 中枢にふんぞり返る殿上人改め“ギア”どもに、とっておきのサプライズだ!」
「……」
絶句する彼らに、ルェンザさんは楽しそうに話すのだった。ツベルクさんのお仲間さんたちも同じく言葉を失っている。無理もない。私たちが話しているのは紛うことなきテロ計画だ。あのクラウスさんも苦い顔をしていた。
「待てよ……こんなの常軌を逸してるし、そもそも論仕掛けられるわけがない。帝都には監視が──」
「問題ありません。私の『亜空の使者』があれば掻い潜れます。裏世界で今の時限爆弾を帝都中枢に仕掛け、時が来たら私がその爆弾を現世に戻します」
クラウスさんが息を飲み、辺りがまた沈黙した。
「また、9ueenはスキルを無効化するような能力を持っていますが、明日の夕方六時以降であれば彼女は帝都にいません」
「え?」
「エラーコードとヴェノムギアは定期的に会議をしているようです。場所は帝都から遠く離れた火山島で、ちょうど明日が会議日です。そのタイミングを見計らって帝都の裏世界を作れば、無効化されることもなくノーリスクで爆弾の設置と起爆が可能です」
「……」
「帝都中枢で爆発を伴う大火事が起こったら当然彼女も戻ってくるでしょう……その隙に私は火山島に踏み入り、ヴェノムギアを仕留めます。そして、それまでルェンザさんには9ueenを帝都に引き留めてもらう。それが私の作戦です」
爆弾の設置はルェンザさんにまかせるつもりだったけど、確かに人手があったほうがよりたくさん仕掛けられる。中途半端な爆発で9ueenが帝都に戻らなかったら、私はヴェノムギアに手出しできず作戦は破綻する。ツベルクさんたちの力を借りて損はない。
「ま、待ってくれヨ。だとしても帝国に反旗を翻すことに変わりはない! それにそんなことしたら、たとい“ギア”でもたくさんの人が死ぬことに──」
お金のために人も魔族も殺してきた人たちが調子いいな。こんな人たちでも怖気づくんだ。
プレイヤーカードを彼らに提示して、とあるスキルを発動する。
『悪党証』。どんな悪事もこれを見せれば許される。
「いいから爆弾仕掛けてください」
「だから……って、あれ? ん? あぁそうか。別に爆弾仕掛けるくらいいいか。よしきた! やってやろうじゃねぇかヨ! なぁみんな!?」
急に態度を一変させ、やる気に満ち溢れるヒッピーさんたちを見て、クラウスさんが冷や汗をかいていた。ルェンザさんもドン引きしたような顔をして後ずさりする。
「李ちゃんよぉ……? 俺にはそれ使ってないだろうな?」
「使ってませんよ……使うつもりでしたけど。でも、ルェンザさんは私の作戦にノリノリだったんで」
「へ、へへ……へへへへへへッ!」
ルェンザさんは笑い出し、私の肩を揉み始めた。くすぐったいのでやめてほしい。