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【110】星明かりのビーチ

 黒尾が死んだ。


 帰路につく俺と七原さんの間に会話は無かった。七デシベルの世界を味わったときの如く、静かに俺たちは塔の昇降機で地上に降りた。


 広場にはボコされたダークテイルがいて、そこのベンチにエリーゼが座っていた。

 2ana(ラーナ)の死亡を感知した彼女は、俺たちの勝利を確信し、ここで休憩していたのだという。タコのエラーコードに関しては、なぜか感知できなかったようだ。それもあいつの能力だろうか。


 ダークテイルらは、黒尾の死亡を聞いてもそれを素直に信じることはなかった。赤髪女を始めとする軽症の者たちが急いで塔の屋上へと向かった。中には、俺たちに罵詈雑言を浴びせる者もいたが、エリーゼが前に出ただけで彼らは黙った。


 そうして俺たちは街を出た。とうに日は暮れていた。

 アダムのいるダークテイルアジトへ戻ると、彼はまだ蘇生魔法の最中だった。手の施しようがない人もいるとのことだ。バラバラ死体の桃山さんはもちろん、頭を打ちつけて自殺した六人も損傷がひどく、蘇生は不可能だという。

 一方で雲藤さん、茂田君、桐谷君は問題ないようだ。それだけでも俺は安堵した。


 俺たちがアジトに戻ってしばらくしたのち、一人残された信号機ガールズの“青”が目を覚ました。状況を伝えると、彼女は涙を流し、おぼつかない足取りでアジトを出て行った。以降、その足取りはつかめていない。

 また、別館でアダムがカエル化させたbeet1e(ビートル)raffl3sia(ラフレシア)の行方も分からなくなっていた。エリーゼの感知にも引っかからない。あのタコが回収したのかもしれない。


 蘇生開始からおよそ三十時間──


 雲藤さんが最初に目を覚ました。その一時間後に茂田君と桐谷君も覚醒し、彼らは五体満足で復活した。まさに奇跡だった。


 黒尾の死亡を知り、三人は初めこそ驚いていたが、男子二名はむしろ清々したといった感じで、俺と七原さんに感謝の言葉まで述べる始末だった。対して、雲藤さんからは冷たい視線を向けられた。それが敵意なのか失望なのか俺には分からなかったが、彼女はそれ以上の感情を表に出さず、一人で部屋に戻ってしまった。

 それから彼女は俺と言葉を交わしてくれなくなった……というか、俺もどう声をかけていいのか分からず、自然と距離を置いてしまった。


 それからさらに二日後──


 茉莉也ちゃんたちがアジトに到着した。

 昨日、例の船でミラミスのとある港に着き、そこから瀬古(せこ)君が前に作った装甲車で荒野を走り抜けてきたという。彼の『工匠(ブロック)』で作った物は、カードの中に保管していつでも出し入れできるらしい。


 ずっとアジトに籠っていて外の状況を知らなかったが、月咲(つきさき)さんが来たことで『知恵の実(スマホ)』で世界情勢を調べることができた。


 ダークテイルは、ミラミス帝国軍によって今まさに崩壊寸前まで追い込まれていた。明日か明後日には、アントワール辺境伯領の中心都市は帝国が奪還し、このアジトも直に包囲されるという。

 今このアジト近辺にはエリーゼが結界を張ってくれているが、雲藤さんたちの蘇生や茉莉也ちゃんたちとの合流も済ませたし、食料も尽きてきたので、明日の朝ここを離れようという話になった。


 そして、ここでの最後の夜──


 俺は一人、アジトの洞窟前にあるビーチにて腰を下ろし、わけもなくさざ波を眺めていた。と言っても、すでに辺りは真っ暗で、景色なんてほとんど見えていなかった。


「──(いさむ)?」


 ボーっとしてたら背後から呼びかけられた。振り返らずとも分かる。茉莉也ちゃんだ。


「何してるの?」

「別に何も」

「そっか」


 本当に何もしていなかったので即答したが、それがむしろぶっきらぼうな感じになってしまって申し訳なく感じた。まるで彼女に八つ当たりしているようだった。

 気まずくて、適当な話題を出す。


「……そういえばouro6oros(ウロボロス)ってどうしたの?」

「え?」

「あ、いや、あいつ途中からずっと見てなくて……茉莉也ちゃんのほう行ったって聞いたから」

「あー分かんない。ちょっと悩んでる風だったから話聞こうかと思ったんだけど、相手にされなくてさ。気づいたら、船からもいなくなってた」


 あんな奴にも悩みがあるのか。それにしてもこの子凄いな。エラーコードの悩み聞こうとしたのか。相変わらず女神してんな。

 そんなことを考えたら、ふと格の違いみたいなものを感じた。前に七原さんが彼女のことを苦手と言っていたが、その気持ちが少し分かってしまった。


 海に向けていた目線を落とし、砂浜に放り出した自身の脚を見る。


「ごめん、茉莉也ちゃん」

「え? 何が?」

「君は誰も死なせず丸く収めたのに、俺は君の友達を助けらんなかったよ。本当にごめん」

「……」


 せめて顔を上げて謝れば良かったと後悔した刹那、砂を踏みしめる足音が聞こえてきて、すぐ隣に彼女が腰を下ろした。


「何謝ってんの? 意味分かんないんだけど」


 高い崖に囲まれた小ぢんまりとしたビーチで、光源は淡い星明かりくらいしかなく、至近距離でも彼女の顔はよく見えなかった。それでもなんとなくムッとしているのは伝わった。


「勇は雲藤さんたちを救ったじゃん? それをもっと誇りなよ」


 ポジティブだな。それでいて一理ある。真っ暗なのに彼女は眩しい。


「もちろん、クラスメイトがたくさん死んだのは少し……というか凄く悲しいしまだ受け入れらんないけど、勇が謝るのはホント意味わかんないから!」

「……」

「人がたくさん死んで、すぐ切り替えろってほうが無理だけど……でも前向いてくしかなくない? 大丈夫だよ、私も一緒にいるから。ね?」


 いい子過ぎる。最近、七原さんとばっか話してたから、同年代との嫌味の無いコミュニケーションが逆にこそばゆく感じる。でも幾分か気が楽になった。


「はぁ……茉莉也ちゃんと結婚したい」

「ん? え? えぇ!?」


 我ながら何言ってんだろうと思った。

 訂正しようと思ったが、さっき謝るなと言われたせいで“ごめん”という言葉が喉でつっかえた。それとこれとは別問題だと分かっていながらも言葉が詰まった。ただ割と本心な気もしたので、無理して訂正しなくてもいいとさえ思った。


「きゅ、急に何!? そんな……キ、キモいんだけどっ!」

「キモいか。そりゃそうだ」

「あ、違う! 今のキモいは嬉しいって意味で──」

「嬉しいの?」

「は!? 嬉しくないし、キモ!」

「どっちだよ」


 相も変わらず辺りは暗くてその表情は見えないが、明らかに動揺している様子の彼女はとても可愛かった。

 気づけば俺は、隣に座る彼女の手にそっと触れていた。つまむでも握るでもなく、ただ手を添えた。キモいと言われようと、振り払われようと構わないと思った。

 しかし、彼女はこれといったアクションを起こさず、俺も情けないことにその後どうすればいいのか分からなくて、二人揃って硬直した。


 一定間隔でこだまする波音と連動し、心臓が高鳴っていく。そんな必要はないのに五感が冴えて、淡い星明かりすら感じ、顔を真っ赤にした彼女が俯いているのが見えた。

 今朝再会してからずっと思っていたことだが、彼女の髪型は前見た時とはまた変わっていて、それがすごく似合っていた。ぽこぽこと丸い玉ねぎを並べたようなシルエットの、一風変わったポニーテールである。


 その横顔を見つめていたら目が合って、彼女はそれをすぐ逸らし、代わりに手を握ってきた。なんだか負けたような、先を越されたような気がして、こちらもすぐ握り返す。華奢な手だが俺よりも温かい。

 今の俺たちは、遠目で見ればきっと一つの影法師になっている。

 いつしか彼女とは住む世界が違うと思ったが、決してそんなことはない。間違いなく俺と彼女は同じ世界にいる。


 そうして彼女が顔を上げ、何かを言いかけたそのとき、どこからかしゃっくりみたいな音がした。これはくしゃみだ。音を出さないよう変に我慢して、鼻の奥で詰まったようなくしゃみ。


 耳を澄ますと、浜の隅に打ち上げられた小舟の陰から声がした。

 最悪だ、と思った。


「……気づかれた。あーあ、雲藤のせいだ」

「……し、仕方ないでしょ。我慢できなかったんだから」


 舟の陰から七原さんが出てきた。

 よりにもよっておまえか。本当に最悪だ。


 ちなみに彼女の体はまだ小さいままである。雲藤さんら三名の蘇生を終えたアダムが、続けて解毒薬を作っており、まだ少し時間がかかるとのこと。とはいえ、ここを出発するまでにはなんとかなるようだ。

 後から雲藤さんも出てきた。気まずい。そんな彼女に七原さんが文句を垂れる。


「せっかく面白かったのに。本当空気読めないよね」

「ちょっと……その発言、私的にはライン越えだからねッ!?」


 喧嘩すんな。

 茉莉也ちゃんが慌てて俺から手を離し、俺も平静を装って立ち上がる。


「……いたんだ。気づかなかった」


 七原さんが鼻で笑う。


「ふっ、麦嶋惜しかったね」


 こいつっ!


「なんだよ……!? 何しに来たんだよ!?」


 彼女を指さし怒鳴ると、小舟の陰からまた人が出てきた。電車大好き桐谷君と、ラジコンマニアの茂田君だ。


「う、雲藤さんが、君と話したいみたいで……」

「そうそう! 俺らはその付き添い。そんでタイミングを窺ってたら新妻ちゃんが来て……んで、面白いもの見れちゃったってわけさ!」


 うぜぇ……怪しい雰囲気の男女を陰から監視とか、中学生みたいなことしやがって。

 こみ上げる羞恥心を抑え、雲藤さんに向き直る。


「話って……何?」


 俺が強引に話題を逸らしたことに気づいたのか、七原さんがクスクス笑った。

 彼女が前に俺を“お兄ちゃん”と呼んだこと、あとで全員に言いふらしてやる。


 雲藤さんは指をいじりながら、もじもじと言葉を発する。


「えっと……私ずっと態度悪かったよね。ごめんなさい」

「え、あ、いや」


 思っていた言葉と全然違ったので動揺してしまう。


「直人君が死んだって聞いて私凄いショックで……どうして助けてくれなかったのって、最初は麦嶋のこと恨んでた」

「あ……」

「でも! そんなの麦嶋のせいじゃないってすぐ分かったから! それに彼がずっと酷いことしてるのも知ってた。でも私じゃ止められなくて……彼のこと一番分かってるつもりだったのに何もできなくて。だから、結果はどうであれ、彼を止めようとしてくれたことは凄く感謝してる。ありがとう」

「……」


 ありがとう、か。

 もっと上手くやれたんじゃないかって、俺はずっと思っていたのに。無論、なんでもかんでも思い通りになんて、そう都合よくいかないのが世の常だが。でもそうか……感謝されるとは思わなかったな。


 彼女は真剣な眼差しで俺を真っすぐ見つめてきて、その後ろから桐谷君と茂田君も出てくる。


「だから、私たちも協力させて。一緒にヴェノムギアを倒したい。もちろん勝手なこと言ってるのは分かる。前まで私たちも直人君の復讐を見て見ぬふりしてたんだから。けど──」

「ふっ……まぁ確かに君らも酷いよな。本当、このクラスはろくでもない奴らばかりだ」


 毒づきながらも、俺は笑みを抑えられなかった。単純に嬉しかったからだ。


「いじめっ子だの、同級生を殺す奴だの、一人でラスボスに挑んじゃう委員長だの、七原さんだの──」

「なんで私だけ名指しなの」

「──俺だってそうだ。ろくでもない。でも、そんなろくでなしの集まりなら、これまでのことを水に流そうなんて、そんな陳腐な和解も必要ない気がする。仲良く仲悪くヴェノムギアをぶっ倒せればそれでいい。てことで、まぁ……よろしく」


 俺は拳を突き出した。握手が無難な気もしたが、いささか俺たちには上品すぎる。

 雲藤さんは微笑んで、ぎこちなく俺と拳を合わせた。他二人とも順番に拳を合わせ、俺たちは互いを認め合った。

 

 すると、雲藤さんが思い出したようにスカートのポケットからカードを出した。


「そうだ。麦嶋に言ってなかったけど……私今八個スキル持ってて、たぶん相当戦力になると思うから。頑張るね」


 八?


「ん? え?」

「私って死ぬ直前に桃山たちのスキルを譲渡されてたから、それも一緒に復活したみたい」

「あぁ……」


 そうなるのか。

 黒尾が復活したら俺に譲渡された十一のスキルが彼に戻るように、雲藤さんが復活したら()()()()()()()()()()()()()()()も復活するってことか。


「となると、つまり? 俺に譲渡されたのは……黒尾の『復讐者(リベンジャー)』だけ?」

「そういうこと」


 彼女は自身のカードをスクロールした。そこには彼女の『空気(エアー)』はもちろん、桃山さんの『愛憎劇(バッドロマンス)』を始めとする、地下にいた七人のスキルがあった。凄い。本当に八個ある。


 あのタコはこうなることを分かっていなかったのか? いや、むしろそれを分かっていたから俺を懐柔しにきたのか。油断も隙もありゃしないな。


 すると、アジトのある洞窟から誰かが走ってきた。


「大変大変大変~」


 月咲さんだ。暗くてその姿は見にくいが、のほほんとしたその声と、手にある『知恵の実(スマホ)』の光ですぐ分かった。

 彼女はこちらに駆けてくるなり、なぜか勢いよくスライディングしてきた。足から滑り込んできたので、案の定スカートがめくれ上がり、すかさず茉莉也ちゃんが覆いかぶさってそれを隠す。


「ちょっとツッキー!?」

「ふぅ! 待たせたね!」

「別に待ってないし! 何してんのもう!?」

「だって大変だからッ!!」


 彼女は茉莉也ちゃんの手を取って立ち上がり、『知恵の実(スマホ)』の画面をこちらに向けた。


「委員長が見つかったの!」

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