【11】チュウチュウパニック
エントランスを埋め尽くさんばかりのネズミたちを前に、俺は呆気にとられ笑ってしまう。
「不死と無限か。まともにやり合ったら大分厄介な能力だな。はぁ……全く何なんだよ? 俺はただの中学生だぜ? 殺される筋合いなんてないぞ?」
「黙れ……さっさと死ね」
「やだ」
俺は背を向け、エントランス奥の回廊を走り出す。
「逃がすか! 奴を噛み殺せぇ!」
奴の掛け声とともに、ネズミ達が一斉に動き出し、荒波のように襲い掛かってきた。
「スキルの時間制限まで逃げる気だな!? 愚か者めが! この数相手に逃げ切れると思っているのかっ!」
蛇の言うことはもっともだった。おそらく、あと十秒と持たず俺は波に飲まれるだろう。生き残るには、限られた時間の中でネズミらを無力化するしかない。
迫りくるネズミ達の甲高い鳴き声が反響する中、なりふり構わず回廊を全速力で駆け抜ける。
そうして、命からがら螺旋階段まで辿り着いた。階段の内側を数段飛ばしで上りつつ、一瞬だけ下を見る。既に連中も階段に着いていた。黒蛇はサーファーのようにネズミらの波に乗っている。
「おい蛇っ! 俺がなんの考えも無しに逃げてると思ったか? 今から面白いもん見せてやるよ!」
「何っ……!?」
内側の手すりに両肘を通して体を固定し、指パッチンをする。
すると、螺旋階段は動き出し、加速を始める。
「こ、これは……!?」
竜巻を彷彿とさせる高速回転により、 群れの先頭にいたネズミらは、あえなく飛ばされていった。
「くっ貴様っ……!」
黒蛇は内側の手すりへ体を絡ませるが、ネズミは踏ん張ることができず外側の壁へと叩きつけられる。
「どこでもいいからしがみつけぇ……! 回転はいずれ止まる! それまで死ぬ気で耐えろっ!」
しかし、蛇の号令空しく、ネズミらの小さな手や牙ではその遠心力に耐えることは到底叶わない。彼らは無意味に飛ばされていく。
「む……麦嶋勇ッ!」
蛇は器用に身をよじりながら手すりを伝ってきて、そのまま俺の首に巻きついた。
「ならば……絞め殺してやるわっ!」
「あがっ!」
息ができない。蛇を引き剥がすには両手を使わないと無理だ。でも、指パッチンを一時中断すれば、ネズミに食い殺される。
あぁ、もうどうだっていい。何だかハイになってきた。このまま死ぬまで指パッチンし続けてやろう。俺が絞殺されるか、ネズミが全滅するか……競争だ。
意識がぼんやりし始めた頃、俺は蛇を見て笑った。
「な、何だ……!? なぜ笑う!? いかれてるのか、貴様ぁ!?」
いかれてるかだって? んなもん、いかれてるに決まってんだろ。
李ちゃん達は無事だろうか、家族は心配していないだろうか、高校受験はどうなるんだ、もう一生戻れないのか──
ここに来てからずっと、ふとした時にそんな思いがよぎった。
異世界もののライトノベルは好きだが実際それを体験してみると、今までの人生を捨てるという割とハードな代償に戸惑った。
だからこそ異世界は楽しくて、明るくて、満たされていなきゃいけないんだ。
俺に惚れている可愛いヒロインを出せ。俺だけの最強パワーをよこせ。こんな殺伐とした異世界なんぞ……俺は認めない。正気でいられる道理がどこにある?
「早く死ね……さっさと死ねぇぇ!」
「う……あ……」
摩擦で指先が熱くなり、手すりに回した肘に激痛を覚えながらも、螺旋階段の回転だけは絶対に止めなかった。
そうして階段は天井を抜けた。雲海へと伸び、ネズミ達も残らず一掃された。
「き、貴様ぁ……」
俺はそこで初めて指パッチンを止め、フリーになった両手で蛇を剥がそうとする。
「ゴホッゴホッ! へへ……あのネズミ達、不死身なんだよな? おまえの能力で」
「……」
「でも、下にいる虫や草花はどうだろうな? 落ちてきたネズミに潰されて死ぬかもしれない。言っとくけど、仮にそうなっても俺は全部おまえがやったと言う。それで押し通す」
「ふ、ふざけるな! そんな虚言すぐバレるぞ!?」
「かもな。でも多分、あの神は俺たち二人を両方殺すぞ。何ならお仲間さんもまとめて……ってことも考えられる。連帯責任よ、とか言ってな」
「……」
蛇が一瞬脱力したのを見逃さず、完全に首から剥がした。
そして蛇の首を持ち、減速し始めている階段で徐に立ち上がる。
「だから、今すぐここから降りろよ。おまえなら助けられるんだろ? 俺だってここの生き物を殺したくない」
「くっ……勝ったなどと思うなよ? あくまで一時休戦だ……すぐにまた殺しに……っておい! まだ話は終わ──」
黒蛇を放り投げる。蛇はごちゃごちゃ言いながら階段の外へと投げ出され落ちていった。
それとほぼ同時に螺旋階段が停止し、最上階間近まで来ていた。十段ほど階段を昇って、階上へと足を踏み入れる。
黒蛇は、俺が隠れるために城へ来たと予想していたが、実はそうではない。
雲でできた最上階の床を進み、本来の目的地へと向かっていった。