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【109】暴力

「黒尾が所持していた十一のスキルは、すべて麦嶋に譲渡された。おめでとう」


 少女の姿だが、こいつはエラーコードだ。見た目と声の調子が合っていないので気味が悪い。


「急に出てきてどういうつもりだ?」

「結論から言うと、麦嶋に可能な限りスキルを譲渡する……これこそ、まさに今回ヴェノムギア様が狙っていた真の目的だ」

「は?」


 そいつが眼光を強めると、2ana(ラーナ)の死体近くの床がドロドロに溶け出した。そこから触手が生えて彼女の死体を搦めとり、沼のようになった床の底へと沈ませた。そうして床は元の金ぴかに戻る。


「今回のロワイアルゲーム、やけに凶悪なスキルが多くてな。間違いなく歴代最強だ。『餓鬼大将(ビッグジー)』や『愛憎劇(バッドロマンス)』、『復讐者(リベンジャー)』、『7(セヴン)』が良い例だ」

「……」

「にもかかわらず、黒尾はクラスメイトを殺そうとしていて、このままだと奴がそれらスキルの大半を独占しかねない。そこで麦嶋……おまえが鍵となる」


 そいつは俺を指さしそう言った。


「おまえにスキルが譲渡されりゃ、それはあってないようなもんだろ? なんせおまえはカードを持ってねぇ。カードが無けりゃスキルも発動しねぇ」


 そうか。そういうこともできるのか。

 黒尾と休戦協定を結んだのも、蛇どもが俺を保護すると言っていたのも、すべてはこのときのため。黒尾の復讐に区切りがついたら彼を俺の近くで殺し、数多のスキルを除外しようという企みだったわけだ。


「なるほど……でも、だとしたら動くのが遅くないか? 俺が黒尾を無力化できなかったらどうするつもりだった?」


 素朴な疑問を投げかける。


「ありえない。黒尾はここで死ぬ運命(さだめ)だった。僕はそれを予見していた」

「……?」

「それに、ヴェノムギア様は転移者(プレイヤー)の殺し合いを見んのが好きだからな。時が来るまで泳がせた。おかげでいいもんが見られたぜ。ヴェノムギア様もお喜びになっていた」


 まったく、どこまでもふざけた連中だ。

 話し終えた様子のそいつは眼光を弱め、後ろで手を組む。


「さて麦嶋、おまえに聞かなきゃいけねぇことがある。黒尾を……生き返らせるか? 何やら死体の状態が良けりゃ、アダムって猿の魔法で蘇生できるみてぇじゃん?」


 なんでそのことを? こいつの能力か?

 七原さんに目配せし、正直に答えることにした。


「そうだな……蘇生させる。彼が生き返れば、俺に譲渡されたスキルもきっと戻るだろ? ろくでもない奴だけど、それだけでも蘇生させる価値はあるな」

「そうか。じゃ、そうしろ」

「え?」


 邪魔してくるかと思って、いつでも黒尾の死体を避難させられるよう身構えていたのだが、そいつはあっさりとそう答えた。


「ヴェノムギア様から言われたんだ。麦嶋の選択を尊重しろと。ここまでゲームを盛り上げてくれたおまえにサービスらしい」

「何……?」

「ただ、黒尾直人という転移者(プレイヤー)がどういう人間か、それを知った上で選択するんだな──」


 そのエラーコードは目を瞑り、物思いに耽るように顔を上げた。


「確か五十七だった」

「は?」

「五十七人。この異世界で黒尾が殺めた人間の数だ。アントワール辺境伯とその一族、加えて自身に歯向かってきた奴も全員()っちまってる。でたらめじゃねーぜ? 調べりゃすぐ分かるこった。なんの罪もない子どももいた。双子を身籠った婦人もいた。胎児含めりゃ五十九だな? 黒尾が囲ってたカラフルな女どもや、ダークテイルの連中が()った数を足せばさらに多い。ちなみに雲藤たちは手を貸してねぇ。黒尾とダークテイルどもが中心になってしたことだ」


 黒尾のあまりの陰惨さに、俺も七原さんも絶句した。

 エラーコードが赤い瞳を向けてくる。


「けどまぁ、選択はおまえの自由だ。ヴェノムギア様の言いつけ通り、僕はそれを尊重すると誓うぜ。おまえは……黒尾を生き返らせるか?」

「……」


 きっとこいつは嘘をついてない。根拠はないが、相応の説得力があった。俺の選択だけで彼を助けられる……失ったスキルを取り戻せるのだ。こんな奴の言葉に惑わされるな。俺たちの目的はヴェノムギアを倒すこと。そして、それは知華子ちゃんを助けることにもつながる。迷うことはない。だから──


「…………」


 しかし、俺は口を噤んだ。

 地下牢で死んでいた桐谷君や茂田君の顔が過ったからだ。

 黒尾は私利私欲で簡単に他者を傷つけられる人間だ。その五十七人の中に、一体どれだけ罪なき犠牲者がいただろう?


 そう思ったら選択に躊躇した。

 躊躇してしまった。

 動きかけていた口が、どうしようもなく固く閉ざされる。


 すると、黒尾の体に赤黒いタコの触手がまとわりついて、みるみるうちに彼は腐敗した。ものの数秒で、彼の死体は灰のように崩れ去り、跡形もなく風に乗って消えていく。


「……おまえの選択で、五十七人の無念が晴らされた。それでいい。それでいいんだぜ、麦嶋」


 エラーコードは音も無く今出した触手を消す。


「おまえは何度も平和的に事を片付けてきた。多くの者に手を差し伸べ、やむを得ないときに限り暴力を行使した。まるでトラウマでもあるみたいに、おまえはそれにこだわってきた。だがな、そんなもん甘ちゃんのすることだぜ」

「……」

「暴力を否定するな。無慈悲になれ。それがロワイアルゲームで生き残るコツだ。かつてただ一人生存した小娘のようにな」


 エラーコードが嘲笑うかのような不敵な笑みを浮かべる。


「そこで提案だ。麦嶋、僕ら“ギア”につけよ?」

「……は?」


 長々と喋った挙句、意味不明な提案をしてきたそいつに眉をひそめる。


「自身の選択でクラスメイトを殺し、スキルを大量に失い、死者数は絶望的……平和的解決とは程遠い。結局おまえはその程度の器ってこった。抵抗を続けても犬死するのは目に見えてるぜ。だったら僕らのために働けよ?」

「働く……?」

「つまりだ。僕らと手を組んで転移者(プレイヤー)を殺すんだよぉ。上手くいきゃ、おまえだけ生かしてやってもいいぜ?」


 言ってることはめちゃくちゃだが、少し話が見えてきた。

 差し詰め、俺と一緒に残りの転移者(プレイヤー)を殺すことで、効率よく俺にスキルを譲渡し、ゲームを有利に進めようって魂胆だろう。


「……それもヴェノムギアの言いつけか?」

「まぁな」

「……」


 すると、七原さんが怒りを語気に滲ませ、話に割って入ってくる。


「そんな適当許されるわけないっ! 麦嶋が“ギア”につくなんて──」

「そうか? 元々麦嶋は特別参加みたいな存在だぜ? 多少のイレギュラーはあってもいいんじゃねぇか?」

「い、いいわけないでしょ! だって! だって麦嶋は……」


 彼女は声を震わせ、言葉に詰まる。

 そのとき俺の脳裏には、奴が先ほど口にした言葉が反芻していた。


 ──暴力を否定するな。無慈悲になれ。


「…………ごめん、七原さん」

「え?」


 謝罪の言葉を述べ、そそくさと彼女に背を向ける。


「本当に……ごめん……」

「嘘でしょ? ま、待ってよ……! 行かないで麦──」


 その様子を静観し、タコのエラーコードはほくそ笑んだ。

 しかし、俺が歩き出した刹那、そいつは表情を一変させて目を見開いたのだった。


「は? ちょ、ちょっと待て! それ以上近づくな!」

「……ん?」

「な、なんだおまえ……? どういうつもりだ!?」


 急に取り乱し始めたエラーコードを宥めるよう、冷静に言葉を返す。


「どういうつもりって…… おまえらについたら助けてくれんだろ? 俺も死にたくない。だから、一緒に転移者(プレイヤー)を──」

「何をいけしゃあしゃあと! このペテン野郎が!」


 あれ、なんでバレたんだ?


「近づくんじゃねぇって言ってんだろ!? 隙をついて僕を殴ろうなんて、そうはいかねぇぞ!?」


 なんだこいつ? 心でも読んでんのか?

 試しに俺は、思いつく限りの卑猥な言葉を脳内で連呼してみた。


「や、やめろぉぉぉ……!? この状況でおまえ……何考えてッ……!?」

「ふーん」


 エラーコードは目の光を弱めて後ずさりする。


「なんだおまえ……? なんで絶望しねぇんだ!? おまえは自分の選択で黒尾を殺したんだぞ!?」

「は~? 殺したのおまえだろ? 俺が選択した~ってめっちゃ言ってくるけど、俺さっきなんも言ってねぇだろ。責任転嫁すんなバカが。タコ焼きにするぞ」


 仲間になるふりして近づき、ボコボコに殴って「これがホントのタコ殴りだ!」って言いたかったのに、なんかもうバレちゃってるので引き返す。

 七原さんが、服の袖で目元を拭いていた。


「心配させてごめん。泣いちゃった?」

「……泣いてない。なんなのあんた? どういうこと?」

「ま、裏切ったりなんかしないってこと。だって、俺たち友達だもんなっ!」

「……」


 グッドマークをして、さきほど彼女が言いかけていたであろう言葉を代弁した。

 彼女は目を逸らし、満更でもないような表情をするが、照れ臭かったのかすぐにいつものクールな感じに戻ってしまう。


「……は? 私許可してないけど?」

「しゃらくせぇな。そんなこと言ってるから友達一人しかいねぇんだよ」


 振り返って、エラーコードの方を見る。そいつは苛立ちで頬をぴくつかせていた。


「エラーコードとヴェノムギアの視界は繋がってんだよな? 聴覚も繋がってるか? その辺の仕様が分からんがまぁいい……おい、ヴェノムギア! おまえ意外と(こす)いことするな? ラスボスがやることじゃねぇだろ!?」

「く! おまえ──」

「なんだやんのか、タコ? 今俺が死んだら、七原姉さんに全部スキル譲渡されるぞ!? いいのか!? うちの姉さんクソ強いぞっ!?」


 やや腰を屈め、子ども化している彼女と肩を組む。振り払われる。

 続けて俺は、さっき爆散した魔法銃の破片を拾って、そのエラーコードにぶん投げた。身体強化のおかげで、日本が誇る某二刀流プロ野球選手を彷彿とさせる剛速球を投げられた。


「おらぁッ!」

「いっ……!」


 右肩へのデッドボールで、エラーコードは苦悶の表情を浮かべ片膝をつく。


「ヴェノムギア……おまえは必ず殺す。みんなが死んだのはおまえが悪いし、黒尾の大量殺人もおまえが悪い。おまえが全部悪い。だから殺す。圧倒的暴力で無慈悲に殺してやるよ」

「……っ! 後悔するぞ、麦嶋!」


 エラーコードは鋭い眼光を向けながらも、足元の床をドロドロにして、そこから数本の触手を生やし、自身をその中に沈めた。


 だだっ広い塔の屋上にはもう、黒尾もエラーコードもいない。

 寒気がするほどの静寂の中でたったの二人。俺と七原さんだけが取り残されていた。

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