【108】すばらしきかなチーレム
「──あれぇ? 麦嶋と七原じゃ~ん?」
塔の屋上は真っ金々で、床もなんか魔法陣みたいな模様があった。そんな中二心くすぐる場所で(中三だけど)、俺たちは再会した。
七原さんが繋いでいた手を即座に離し、俺も膝に手をついて立ちあがる。
「どうやってここまで来たの? 高かっただろ、ここ?」
「エリーゼの風魔法でひとっ飛び」
「邪神? でも、あいつは──」
「一部解毒した。魔法だけ元の強さに戻った。それで結界も解いたし、今はダークテイルの足止めをしてもらってる」
「……!?」
黒尾君の隣にいる2anaが狼狽える。
「まさか! 私の毒がそんな──」
七原さんも立ち上がって、服の袖で涙をサッと拭く。
「……それより黒尾! サイアって人から地下でのこと聞いたよ! とんでもないことしてくれたね!?」
「ふん、僕のせいじゃないし。悪いのは桃山だろ」
彼がカードを出した。『復讐者』の説明欄を指でスクロールし、それを含めた計十一のスキルを彼は得意気に披露する。そこには『空気』や『愛憎劇』もあった。
「ところで君、そのゴスロリみたいな服いいね? でも、僕はいつものセーラー服の方が好みかな。それで聞いた? ルビロネたちに伝えるよう言ったんだけど──」
「しもべになれとかいうやつでしょ? 答えはノー。死ね黒尾」
七原さんがそう吐き捨てる。心の底からドン引きした女子の顔。ゴミ以下の存在を見るような目だった。
「……とまぁ、こんな感じで七原さんは君のこと殺す気満々なんだけど、その前に一応改めて言わせてくれ……俺たちと協力しない? 協力してヴェノムギアを倒そう」
「は? 君まだそんなこと言ってんの? 呆れたなぁ」
そういう反応になるよな。七原さんも「バカなの?」みたいな目線を向けてくる。
「いや、なんか俺もうよく分かんなくなっちゃって」
「何が」
「元々クラスメイト集めようって息巻いてたのに、君ら想像絶する仲の悪さだし、いじめの内容もその復讐も陰湿だし、挙句の果てに殺し合い始めてたった一晩で十人死ぬし。手がつけられない。こんなこと言ったらあれだけど、君らと協力しようって考えが途中からアホらしく感じた。だから、桃山さんたちが酷い死に方したってのに、俺全然悲しくなくて……もちろん痛ましい事件だとは思うし、やるせない気持ちにもなったけど、どこか他人事って感じでさ。たとえて言うなら、夕方のニュースで取り上げられるような遠い地の殺人事件をテレビでぼんやり眺めているような、そんな感じだったんだ」
ずっと秘めていた正直な気持ちを吐露すると、重荷が少し降りたような感じがした。状況は相も変わらず最悪だが。
「なんだよ長々と……つまり何が言いたいんだよ!?」
あまりに独りよがりなモノローグをした自覚はある。だから、最後は簡潔に伝えることにした。
「カードよこせ」
「はぁ?」
「なんか“新たなステージ”とか、わけわからんこと企んでるみたいだけど、もう余計なことすんなよ。特に黒尾君……君が動くとどうも状況が悪化する。だから、カードよこせ。没収だ」
俺は持っていた黒い魔法銃を両手で構え、十メートルほど離れた位置にいる彼へ向ける。
「へぇ格好いい銃持ってるじゃん……でも、そんなんで僕を倒せるとでも?」
一度銃を天空に向けて引き金を引く。一瞬で大きな魔法陣が銃口に展開され、この屋上の直径とほぼ同程度の規模を誇る、火の属性弾が放たれた。赤く巨大な熱線が、夕焼け空の彼方に射出される。
「倒せるだろ? 即死させれば」
「ん?」
「君の『復讐者』は、受けた攻撃を相手に返す能力。すなわち後出し。なら、こちらの先手で勝負を決めればいい。わざわざエリーゼを弱体化したのがいい証拠だ」
「……」
リボルバーをスイングアウトし、ズボンのポケットから細長いガラス容器を取り出す。アダムからもらった魔力補給用のアンプルである。アンプル頭部を親指で弾いて開封すると、モクモクと煙みたいな魔力が発生し、銃が自動でそれを吸収し始める。
「『復讐者』が完全無敵なら、あいつを弱体化する必要なんてない。でも君はそれをした。つまり、即死級の魔法を扱うエリーゼを恐れたんだ。それが『復讐者』の弱点だから。そして、この銃から放たれる属性弾は、どんな肉体も鎧も結界も貫通する。当たれば即死の魔法銃だ」
魔力の補給が終わった。アンプルを捨て、リボルバーを戻し、彼にまた銃を向ける。
「この銃で君を殺す作戦だったけど、俺だって人殺しはしたくない。ましてや同級生を手にかけるなんてイカれてる。君も死にたくないだろ? だから、カードを──」
「ふ……ふふ、フハハハハハ!」
彼は突然大笑いし始めた。そして、両手を広げ、堂々とこちらに歩いてきたのだった。
「即死の魔法銃かぁ……ますますいいね! で~? 撃たないの~?」
「……」
「ふん、『空気』──」
瞬間、強い追い風が吹き荒れて、七原さんが吹き飛ばされてしまう。
「あっ……」
小さな体が少しばかり宙に浮き、彼女は黒尾君の足元まで転がっていってしまう。すぐさま彼女はスキルを発動しようとするが──
「『泥棒猫』、『愛憎劇』」
「!?」
七原さんが持っていたカードが消え、黒尾君の手元に現れた。スキルで盗まれたようだ。しかも、『愛憎劇』まで使われてしまった。
すぐさま2anaがやってきて、七原さんは床にうつ伏せの状態で押さえつけられる。
「は~い捕まえたぁ~」
「く……」
「どうかしら? 七原ちゃんもクロー様のこと好きに──」
「なるわけないでしょ! こんな……クズ!」
黒尾君がカードを見ながら屈みこみ、暴れる彼女の頭を撫でた。
「その威勢も時間の問題だ。君の精神はじわじわと僕に染められる。もっともキスで一発らしいけど……この説明によると廃人になるらしい。それはちょっと違うんだよな」
「触んなっ……!」
「まったくもう。これは時間かかりそうだな。2ana、ちゃんと押さえとけ」
彼は立ち上がって、自身のカードと七原さんのカードを見せつけてくる。
「それにしても全然撃ってこないね? でも賢明だよ。だって、『復讐者』は即死も跳ね返せるんだから……フハハ! 残念だったね~? 邪神を弱体化したのは2anaたちが勝手にやったことさ! あれを弱体化して損はないからね! 君の推理ハズレ~! 『復讐者』に弱点はないんだよ!」
彼が二枚のカードをポケットに突っ込み、黒いコートをなびかせながらこちらに走ってきた。
「君はこの異世界で、いろいろな奴と戦ってきたみたいだね!?」
彼の殴りを腕で受けた。重い。『素手殺』というスキルだ。福山というヤンキーのもので、殴り合いの喧嘩が強くなる能力だ。前に七原さんから聞いた。
「その度に様々な作戦やペテンで相手を嵌め、勝利を勝ち取ってきたみたいだけど──」
今度はその手に釘バットを出して殴りかかってきた。これは別のヤンキーのスキルだ。脇腹に直撃するが、エリーゼの身体強化のおかげで大したダメージにはならない。
「──圧倒的な強さを持つ僕にはそんなの通じない! 真の強者に小細工は通じないッ!」
その後もなんとか攻撃を防御、回避していくが、防戦一方だった。
上手くバットをつかんで動きを止めると、もう片方の手に今度はピストルを出してくる。持ち手の部分が少し長い。
『FPS』。これは……誰のだっけな。とあるFPSゲームに出てくる銃を扱えるスキルだ。
引き金が引かれ、発砲音が鳴った。弾は俺の胸部に直撃する。少しよろめくがやはり耐えられる。やはりエリーゼの魔法は優秀だ。
俺はすぐ後ろに跳躍し、一旦距離を取る。
「ん~なんか魔法使ってるね? めんどくさい。さっさと殺したいのに」
「七原さんはしもべにするのに、俺は殺すのかよ?」
「当たり前だろ? チーレムに男はいらないもん」
「チーレムって……」
嘲笑する。しかし、黒尾君はもう勝利を確信しているようで、どこか誇らしげだった。
「そうさ! そもそも君は一つ大きな思い違いをしている! これまでやってた復讐は暇つぶしに過ぎないのさ! 僕が真に求めているのは……そう! チーレムッ! 僕は異世界でチーレムを謳歌したいんだっ!」
この開放的な屋上で、クソ下らないことを高らかに宣言した彼に心底呆れた。
「……何言ってんの、おまえ」
「だから! チートスキルで無双して、可愛いヒロインたちとこの異世界を生きるんだよ! 君は協力だなんだとうるさいけど、僕はロワイアルゲームなんかどうだっていい! はなっから地球に戻る気なんてないんだからッ! それだけじゃないぞ! ヴェノムギアたちも僕のしもべにして、ダークテイルがエアルスを支配するんだ! それが僕らの目指す“新たなステージ”だ!」
これはダメだな。想像以上に期待外れだ。
ずっと俺は心のどこかで、黒尾直人という男子は不憫なやつだと思っていた。神白たちにいじめられて、苦しい青春を生き、精神的に追い込まれた結果、行き過ぎた復讐に手を染めてしまった不憫なやつ。
だから、救えるなら救いたいと思っていた。これまでの悪事や、七原さんを狙っているのも、何か止むに止まれぬ事情があってのことで、話くらいは一応聞くべきだと考えていた。
暴力ではなく、平和的な解決策を模索していたのだ。
だがそれは間違いだったようだ。
別にチーレムを求めるのが悪いと言っているんじゃない。それは好きにすればいい。俺も正直憧れる。だが、もしその野望を追い求めるというのなら、自分を“主人公”と言い張りたいのなら、絶対に踏み外してはならない人道があるはずだ──
「──だったら、どうして仲間であるはずの桐谷君や茂田君まで殺した? それもその“ステージ”のためなのか?」
「もちろん! 言ったろ? チーレムに男はいらな~い! それにあいつら、事あるごとに歯向かってきてウザかったし! ハハハ!」
「はぁ……君を守って死んだ雲藤さんが可哀想だな」
「え? なんで? あいつ僕のこと好きだったらしいし、幸せなんじゃない? 僕が元気に生きてて」
「そうか……知性の欠片も無いな」
「は?」
俺は再び魔法銃を構えて、リロードをする。
「ねー何してんの? そんなの効かないって」
「……」
すると、彼も持っていたピストルを構えた。
「僕の銃見てよ。ダサいでしょ? 一応マシンガンとか、エネルギー弾撃つやつとかあるんだけど、構えるだけでも超ムズくてさ。ただの中学生には到底扱えない。その点、君のは簡単そうで強そうで最高だね! 欲しいなぁ……はい『泥棒猫』!」
魔法銃が奪われた。
「伊室のスキル、忘れてた? 『泥棒猫』は一定距離にある物体を盗めちゃうんだ! ふん、何が知性の欠片も無いだよ! それ、おまえじゃん! だせ~!」
彼はこちらを煽り散らしながらピストルを消し、俺の黒い魔法銃を両手で構えたのだった。
「これなら魔法で強化された君も殺せるよね!? だって、即死の魔法銃なんでしょ~?」
「……」
「ほ~ら。君の武器も七原も、全部盗っちゃったよ? もっと悔しそうな顔しろ!」
武器はともかく七原さんは俺のじゃない。彼女には先約がいる。同性の。
空いた両手をポケットに突っ込み、空を見上げた。なんかめちゃくちゃデカい魔法陣が出てきたからだ。しかし、それは発動することなく即消えた。
この速度であの規模の魔法陣を組めるのはエリーゼだけだ。何やってんだあいつ? 撃つなよそれ?
一方、知性のない黒尾は、それに気づいていないようだった。
「何か言い残したいことでも──」
「黒尾……おまえって元からそういう性格なのか? それともいじめられてそうなったのか?」
「ん?」
「雲藤さんが言うには、昔は優しかったらしいけど、なんかそれも怪しいな。思い出補正なんじゃない?」
黒尾は銃を構え直し、引き金に指を入れる。
「ちっ……余裕ぶりやがって! でもいいさ! 僕の勝ちだから! 死ね、麦嶋ぁぁ!」
彼が引き金を引いた。
黒く太いバレルが熱を持って赤くなり、膨張し、そして──
「あ──」
魔法銃は大爆発を起こし、黒尾はその爆風とともに宙に浮いた。
「クロー様……!?」
2anaが七原さんを取り押さえながら呼びかける。床に落ちた彼から返ってきたのは絶叫だった。
「あ……うぁああああああ!?」
黒尾は全身に火傷を負い、顔面も一部損傷。黒いコートも焼け焦げ、燃えていて、両肘から先に関しては吹っ飛んで無くなっていた。
2anaが七原さんを置いて走り出す。そして、彼の燃えているコートを剥がすように脱がせ、赤い目を光らせた。
「させるかぁ!!」
「やんっ……」
痴女にドロップキックをぶちかます。
こいつに回復魔法的なことができるのか知らないが、エラーコードにはやはり能力を使わせないに限る。彼女は数メートル先まで吹っ飛んで倒れた。
すぐさま俺は床に落ちた黒尾のコートを漁り、そこから二枚のカードを盗む。黒尾と七原さんのカードだ。
「七原さん!」
フリスビーみたいにして、彼女に『7』を返す。コントロールはバッチリだ。でも彼女はキャッチできず、床に落ちたそれを拾う。相変わらずどんくさい。
すると、足元で黒尾が呻き声を上げた。
「な、なんでっ……!? 『復讐者』がぁぁ……」
バレルが花みたく広がった魔法銃を拾い上げる。めちゃくちゃ熱い。やっぱ離す。
「……銃に細工をした。ある特定の薬室に込められた魔力を使わないと死なない程度の爆発を起こし、今の君みたくなる」
「……!」
「『復讐者』はやられたことを“相手”にやり返す能力だ。でもその“相手”が“自分”ならどうなる? 自分で引き金を引いて、自分が爆発に巻き込まれた場合は? 当然スキルは発動しない。発動したとて自分に返ってくるだけ」
2anaが床に手をつきながら睨んでくる。
「クロー様がその銃を盗み、引き金を引くと……そこまで全部読んでたって言うの?」
「まぁ、エリーゼの身体強化もあって生半可な攻撃じゃあ俺は殺せないし、黒尾ってこういう黒くて中二っぽいの好きじゃん? 『泥棒猫』があるのも知ってたし、十中八九銃は盗まれる」
この魔法銃を使うには、七原さんの『7』が必要不可欠である。
元よりこれは七大属性それぞれの薬室があり、その数はもちろん七つ。そこで俺はその側面に通し番号を刻印した。七番の薬室を使えば即死級の属性弾が放てるが、それ以外を使うと爆発する。しかも、力づくで操作しても七番は使えないので、『7』で指定して初めてまともに使える銃なのだ。
もし黒尾が即死攻撃も跳ね返せるなら銃による脅しは通用しない。その場合を考慮しての細工だった。
「こ、この僕が……おまえみたいなやつに……!」
奪ったカードを読んでみる。『復讐者』。自分が受けた攻撃を相手にやり返せる……その下に細かい仕様も記されていた。
受けた攻撃は全て自動でカードに表示され、それをタップで選んで発動する仕組みらしい。
また黒尾が使えば、即死攻撃もカウンターできる。その場合は自動かつ即座に発動する。いわゆるパッシブスキルかと思ったが、一応カードが手元にないと発動しないアクティブスキルらしい。
つまり、カードを奪いさえすれば隙だらけで、無敵とは程遠いスキルだ。
「腕吹っ飛ばされてんのに根性あるな。でも、今まで戦ってきた奴らの中で、おまえが断トツで弱かったよ」
「な……なに……」
「なんて言うか、やっぱ知性が無いんだよ。知性が。エアルスを支配するとか言ってたけど、やめたほうがいいな。バカなんだから」
「こ、こっ……!!」
すると、2anaが手のひらに透明な粘性の液体を出し、腕を思いっきり振った。おそらく例の毒が飛んでくるが、それは空中で動きを止める。いや、速度がゆっくりになったという方が正しい。
「う!? うぁ……ぁ!? ク、クロー様ぁぁ──」
2anaが胸を押さえて倒れた。目が虚ろになり息も止まった。
七原さんのスキルだ。片膝をついた彼女がカードをこちらに向けている。そして、彼女はポケットから小型の注射器のような物を出し、2anaのもとへ近づいてその首筋に針を突き刺した。アダムからもらった採血用の注射器である。これであの毒も解毒できる。
「2anaまで……!? だ、誰か! 誰か助けろ……!! みんな何してんだよぉぉ!!」
その悲痛な呼びかけに、反応する者はいない。開放的な屋上で反響することもなく、声は虚しく散っていく。黒尾の顔色がサーッと青くなった。
「麦嶋……わ、分かった……協力する! カードもやる! なんだってする! だから……助けて!」
今さら遅い、と言って切り捨てたいところだが、カードも没収したし、これ以上悪さもできないだろう。助けてやってもいいような気がするが……さすがに甘すぎるか? 他人の処遇を決められるほど、俺は偉いわけでもない。
──その時だった。
突如、黒尾の首が飛んで、血が噴き出した。断末魔を上げる間もなく彼は絶命した。
よく見たら、そのすぐ側の床から、赤紫色をしたタコの触手が伸びていた。
「──終わったか」
屋上の中央あたりから青年の声がした。しかし、そこに立っていたのは少女だった。
セミロングの紫髪で、その両サイドに吸盤みたいな飾りをつけている。両眼は赤く光っていた。
初対面だが、俺はこいつを知っている。迷宮の最深部で見た映像の中で、過去のプレイヤーたちと戦っていたやつだ。
俺の手にあった黒尾のカードから、彼の名前とスキル表記が消え去った。