【107】絆の力
「──いってらっしゃーい!!」
ムギたちの準備ができたので、私は思いっきり魔力を込めて魔法陣を石畳の地面に展開した。
「うあゃああぁぁぁああ──」
風魔法の方向や出力を調整し、二人は見事、塔の屋上まで飛んでいった。
やっぱり私、魔法上手い! ムギも楽しそう! あとでまた一緒にやろっ!
「お、おいおい……ありえねぇだろ。今の魔法?」
ダーク……なんだっけ、この人達? その中の赤くて短い髪をした男の人がびっくりしていた。あ、違った。おっぱいあるから女の子だ。
すぐ隣の黄色い髪の女の子も目をまん丸にしている。
「お、おかしいのら! クロー様の話では邪神の復活はまだのはずなのら! 見た目だって子どものまんまだし!」
黄色い子が間違っているので教えてあげる。
「え、違うよ! 魔法は戻ったんだよ!」
「!?」
赤髪さんの顔が恐くなった。
「どういうこった……? 分かんねぇけど、こりゃ一筋縄じゃいかねぇぞ!? オレとパーズとディスカドラが前衛! 他は後方支援に徹しろ!」
コートの人たちが後ろに下がり、赤と黄とさっきのおじいちゃんが前に出てくる。
「ふむ……面白い。邪神が伝承通りの強さを有するのなら、わしの相手に不足なし。初代ソードギルド長および、元帝国軍女王直属騎士団長および、ダークテイル四剣豪が一人“剣王剣のディスカドラ”が全力を尽くして相手いたそう!」
いっぱいおしゃべりしてる。
おじいちゃんは、おっきな剣を両手で持ち、十秒以上かけてその体や剣に魔法をたくさん使った。
その術式から等級と効果を読み取ってみる。ちなみに普通はそんなことできない。私だからできる。
五等級『身体強化』
四等級『速度上昇』
四等級『切れ味上昇』
四等級『威力上昇』
一等級『光属性付与』
一等級『属性強化』
四等級『硬度上昇』
三等級『貫通』
二等級『結界無効』
二等級『毒付与』
二等級『毒強化』
四等級『魔力奪取』
二等級『全属性耐性付与』
三等級『多段斬撃』
わぁすごい。いろんな魔法使ってる。人間のくせに。
「どうだ!? 先ほどの斬撃が脆く見えるほどであろう!? 伝説の邪神でも、さすがにオヨビゴシか!?」
「オヨビゴ……? 何それ? むずかしい。あはは! ムギ~むずかし~!」
なんて言いながらも、私はおじいちゃんの剣の強さに気づいた。
エラーコードが教えたのか、それともたまたまか。剣にかけられた魔法の中に、私の弱点になるものがある。あれをもろに受けたら、私も死んじゃうかも。まぁ……受けたら、だけどね。
いつもみたく火属性魔法とかやれば終わりなんだけど、剣にいっぱい魔法かけるの楽しそうだから私もやってみたい。
前に魔界で、なんとかって名前の王様と戦った時、その人の無属性魔法のせいで私はピンチになった(負けたわけじゃないよ)。
無属性魔法なんて属性魔法の弱い版、才能の無い人がやる魔法だってずっとバカにしてたけど、あれと戦って意外とそんなことないかも、と思った。
それで実は……こっそり練習してた。モレットでムギが買っていた魔導書を読んで、最新の知識もつけたのだ。
私は魔法陣から銀の長剣を抜く。
「これがわしの全力だぁぁ!」
おじいちゃんは全身から白い湯気みたいな魔力を溢れさせ、地面をえぐるくらい蹴って突っ込んできた。確かにさっきよりずっと速い。
だけど、やっぱりこんなもんか。
おじいちゃんが来る前に、私も同じ魔法を使う。
六等級『身体強化』
六等級『速度上昇』
六等級『切れ味上昇』
六等級『威力上昇』
六等級『光属性付与』
六等級『属性強化』
六等級『硬度上昇』
六等級『貫通』
六等級『結界無効』
六等級『毒付与』
六等級『毒強化』
六等級『魔力奪取』
六等級『全属性耐性付与』
六等級『多段斬撃』
一秒とかからず全部かけ終わって、向かってきたおじいちゃんに振ろうとした瞬間、ムギの言葉を思い出す。
『──三等級くらいで上手くやれよ!?』
忘れてた。ムギに叱られる!
剣がおじいちゃんの鎧にぶつかる寸前、魔法を全部解き、改めてちょうどいい等級でかけ直す。余裕で間に合う。
「くはっ!?」
再びおじいちゃんを建物へ飛ばした。彼の持ってた剣の半分先が折れて、遥か彼方の海へと飛んでいった。
「わぁ! 鳥さんっ! 鳥さんみたい!」
他の人たちは少し遅れてから、おじいちゃんが吹っ飛んだ先に目を向けた。おじいちゃんはおねんねしていて、鎧もボロボロになってた。
もっと手加減してもよかったね。
「は? 嘘……だろ? あのディスカドラの全力だぞ……?」
「パ、パーズ見たのら……あいつ、ほんの一瞬わけわかんないくらいおっきな魔法陣展開してたのら! は、初めて見たのら……今のたぶん六等級なのら!」
あの子、目良いな。でも、魔法をかけ直したのは見えてなかったみたい。もしあのまま六等級で振ってたら、おじいちゃんはもちろん、この街ごと全部消し飛んじゃうよ。本当に見たことないんだろうな、六等級。
すると、赤い人が腰から真っ赤な剣を抜いて、それを上に掲げた。
「パーズ! 時間を稼げ! こうなったら……あれをやるしかない! こっちも六等級だ!」
「分かったのら!」
六等級? あの人が? 見たところそんな才能も魔力量もなさそうだけど。
すると、黄色い子が魔法で全身に雷を纏い、ふわふわだったくせっ毛が逆立つ。黒のコートがはためいて、へそ出しのファッションと、動きやすそうな黒のショートパンツが見える。
「はぁぁああああ……!!」
大きな声を出して、黄色の子が手をグーにした。そのグーに雷がどんどんたまってく。初めて見る魔法だ。どんな感じの──
「のらぁぁあああ!」
「わ──」
おなかをパンチされた。アッパーって言うのかな? ものすごい勢いで、私はお空へと吹き飛んだ。ちょっとビリビリした。
まだ吹っ飛んでる途中なのに、一瞬で黄色の子がやってきて今度は背中をキックされた。
速い。さっきのおじいちゃんよりさらに。速さだけなら、ゴルゾラで戦ったあの怪獣みたいなエラーコードより上かも。
「まだまだなのらぁぁ!」
私は斜めに落ちていき、もう地上に戻っている黄色い子にまたお腹をパンチされた。真横に吹っ飛んで、私の体は建物のレンガを貫く。
「いいぞパーズ! さすが、ダークテイル最速の女だぜ!」
「えっへん! スピードなら誰にも負けないのら!」
なんか言ってる。
受け身を取ってた私はすぐ立ち上がり、壊れた壁から姿を現す。
「良かったね。私に攻撃当てられて」
「な……」
「でもね、黄色ちゃんがすごいわけじゃないよ? どんな魔法するのか気になって、私が見てただけだよ?」
「み、見てた……? まさか……パーズの動きを目で追えるわけ──」
今度は私の番だ。一気に近づいて彼女をアッパーする。
「ァ──」
おんなじようにお空に飛ばして、私がそれを追いかける。まだ、彼女は自分がパンチされたことに気づいていないみたいだった。反応は遅いんだね。
「あのさ──」
「ァア、ぐ……!」
空中で二回パンチする。
「スピードより──」
「うっ、うあ、がぁ……!」
二回パンチ。一回キック。ここで初めて逃げようとしたので、吹っ飛ぶ前にコートをつかんでつかまえる。
「パワーのほうが大事だよ?」
「くっ、んあ、うう、あぁぁ……!」
パンチ、キック、キック。最後は地面に叩き落とす。地面がドカンと割れた。
「ま、私はパワーもスピードも何もかも、黄色ちゃんより上だけどね」
倒れた黄色ちゃんの隣に着地する。もう一回パンチしようと思ったら、彼女の体にあった雷はもう無くなっていた。髪の毛をつかんで頭を揺らしてみたけど、うんともすんとも言わない。
これ死んじゃった? やりすぎちゃったかも。
「パーズッ!?」
「ま、待って! 回復魔法かけるから! ムギに言わないで!」
慌てて魔法を使う。黄色ちゃんの呼吸が戻った。
「はい! セーフだね!?」
「ふざけやがって……! この邪神がぁぁ!!」
なんであんな怒ってるの? 回復したのに。いじわるなお姉さん。嫌い。
そういえばさっきからずっと赤い剣を掲げてると思ったら、周りのダークテイルたちがみんなでその剣に魔力を送っている。これまた知らない技だ。
「おめぇはぜってー殺す! オレの……オレたちの六等級魔法でな! みんな! 力を貸してくれ! オレの剣に魔力をッ!」
ダークテイルも気づけば百人以上この広場に集まっていて、その全員が白い魔力を送っていた。
普通では絶対絶対ありえないような、そんなたっくさんの魔力が一本の剣に集まっていく。
「邪神……確かにオレたち人間はよえーよ! 魔法も剣術もパワーもスピードも全部! オレたちの負けだ!」
「……」
「だがな、人間は力を合わせることができる! 一人じゃできねぇことも、みんなとならできる! たとえ一人では勝てなくても……みんなとなら! みんなと一緒なら! オレたちの剣は神をも斬る!!」
真っ赤な剣がさらに赤くなり、その刀身が燃え盛るみたいに伸びていく。火属性の魔法陣が、刃に何度も何度も重ね掛けされていく。
たくさんの人間たちが歯を食いしばり、みんなすごく頑張っていた。大声で叫ぶ人、体をぶるぶるさせて倒れる人、泣きながら最後の最後まで魔力を送る人──
「すごい……」
たぶん、初めてエアルスの人間をほめた。口にしてから悔しくなるくらい、心からの言葉だった。
「当然だぜっ! オレたちは固い絆で結ばれてんだからな────
オレたちの先祖はミラミス大陸南方にて、大規模な集落を形成し暮らしていた先住民族だった。狩猟採集社会を築き、武術や剣術、魔法の才覚まで有し、他所からの侵略者などものともしない。かと言って、他民族への侵略、略奪行為なんて決してしない。時には“ミラミスの番人”と呼ばれたこともあった。だが、およそ百年前、大陸北東部に首都を置く帝国によって、あっけなく“番人”は散った。今では、帝国民と先住民の間には明確な線引きがあるようで、その血を引くオレもパーズもサイアもこのアントワール辺境伯に飼われ、多くの同郷とともに非人道的な扱いを受けてきた。すべては帝国の安寧のため利益のため、オレたちはやつらの奴隷になり下がった。しかし、そんなクソッたれな世界をぶっ壊してくれたのが、スキルという不思議な力を持つクロー様で──」
「──待って待って? なんでいきなり昔の話始めたの?」
なんか意味不明なことをし始めた赤髪さんに、私は首を傾げる。
「今戦ってるんだよね? どうしたの? 六等級魔法やめるの?」
「や、やめねーよ! いいだろ、ちょっとくらい回想したって! そういうのあるだろうが!」
「そういうのって? というか、赤髪さんたちの昔話なんて誰も興味ないと思う!」
「な、なんだと……」
「だってあれでしょ? 塔の上にいるムギの知り合いに、助けてもらったとかそんな話でしょ? なんとなく分かるもん。ありきたりでつまんない話だよね?」
「殺す……!!」
赤髪さんが燃え盛る剣を両手で握り締め、脚を開いて踏ん張った。
「オレたちの力……とくと味わえ!」
「あれ? ちょっと──」
「六等級『ボルケーノ』!!」
赤髪さんが剣を地面に突き刺した。瞬間、私の足元から火炎が吹きだした。広場のほとんどを飲み込むくらいの火力で、その高さは塔の半分ほどあった。
「はぁぁああああ!!」
赤髪さんの声が聞こえてくる。その声と共に炎の強さは増していく。言うまでもなくすごい威力だった。人間の魔法とは思えないほどの威力で私はとても感心した。
感心したけど、それと同じくらい悲しい気持ちになった。私の大好きな属性魔法をバカにされた感じ。というか“神を斬る”とか言ってたくせに、やってることただの属性魔法だし。なんなの?
「はぁ……」
私は天空に五等級の魔法陣を展開する。夕焼け空に青い魔法陣を作り、そこから大量のお水を出した。
ろうそくの火に、バケツに汲んだ水をかけてるみたいだった。
「──ああああ! ああ……あ……あ?」
なんとかって魔法を消し、ドーム状に展開していた結界も解除する。
結局、私は一歩も動くことなく、赤髪さんたちの五等級魔法をやり過ごしてしまった。
「な、なんで? オレたちの六等級──」
「あんなの六等級じゃない。足りない……全然足りないよ」
「え……」
私はお空に手をかざす。
すると、赤髪さんが口をポカンと開け、魔力の失せた剣から手を離し、力尽きるみたいに尻もちをついた。
「なんだよ……これ……」
「これが六等級だよ。大きさも難しさも全然違うでしょ? おかしいと思ったんだ。だって、どう見てもまだ六等級の魔法陣になってないのに、魔法撃とうとしてんだもん」
私が展開したのは、この街を覆い尽くすような大きさの魔法陣だった。正真正銘、火属性の六等級だ。
「六等級の定義は、中心から同心円状に広がる術式の積層構造を六層以上組んで……で、なんだっけな? 本に書いてあったんだけど、私いつも感覚でやってるから忘れちゃった。とにかく、山が消し飛んで海は割れるくらいの威力だから。さっきの炎でそれができる? できないよね?」
「……」
お手本を消し、私は手を叩く。
「はい、もう一回」
「……!?」
「どうしたの? 見せたでしょ? やりなよ。絆の力で神を殺してみなよ? まさか、たったの一回でギブアップ?」
赤髪さんは口を震わせていた。ギブアップらしい。
「な、なんなんだよ……おまえ? ふざけんなよ……オレたちがどんな思いで『ボルケーノ』を完成させたと思ってんだ……? こんなのあんまりじゃねぇか……!?」
「えぇ?」
私は一歩一歩足を踏み出して、赤髪さんへ近づいていく。彼女は怯えた表情で、尻もちをついたまま逃げようとする。
「属性魔法ってそういうものでしょ? いちいち頑張っちゃってる時点で、お姉さんたちには才能無いんだよ。無属性魔法でも練習したら? あっちは頑張ればなんとか──」
その瞬間、さっき回復してあげた黄色ちゃんが、背後から猛スピードで殴りかかってきた。
振り向くことなく、私は後ろに土魔法を展開し、岩をぶつけて吹っ飛ばす。私の歩みは止まらない。
おじいちゃんも折れた大剣で私の首を斬ろうとしてくるが、闇の属性弾を放ってその腕ごと破壊した。おじいちゃんが苦しそうな声を上げて倒れてしまう。
その様子を見て、赤髪さんが涙を流して声を張り上げる。
「も、もうやめてくれっ……! 十分だろ!? これ以上仲間を傷つけないでくれ!」
傷つけるも何も、最後のはそっちが攻撃してきたんじゃん。
赤髪さんの近くまで来て立ち止まり、彼女が落とした剣を拾う。
「もうすぐムギがあの同級生をやっつけるから。みんな静かにしててね?」
「クロー様がやられる? あ、ありえない! それだけは絶対! あぁ……そうだ! オレたちにはまだクロー様がいる! おい邪神! おまえがいくら最強でも、クロー様のスキルの前では無力! オレたちダークテイルには勝てな──」
急に元気いっぱいになった彼女の前で剣を圧し折り、私は笑みを零す。
「そうだね。私の魔法でも、あれを倒すのはちょっと大変かも。でも……だからこそムギが行ったんだよ。ムギは魔法も剣も使えないけど、それでも絶対負けない。ムギは強いよ──」