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【106】しもべ

 市街地の建物をパルクールみたいに飛び移り、俺たちは巨塔へと向かった。広く大きな街とはいえ、直線距離で進めばすぐだった。七原さんが何度も足を踏み外し、建物から落ちかけたことを除けばおよそ順調だった。意外と運動音痴である。それをいじると蹴られた。蹴りは上手い。


「たか……どうやって登る?」


 街の中心付近に位置する円形の広場まで来た。あとはそこを抜け、堀を越えたら例の巨塔に辿り着く。

 広場を囲む建物の屋根から塔を見上げ、七原さんがそう呟いた。


「とりあえず中入るか。さすがにエレベーター的なのあるだろうし」

「確かに私、強行突破しようって言ったけど、さすがに適当すぎるでしょ。とっくに敵の本陣なわけだし、もう少し慎重に行くべきだと思うけど」

「じゃあよじ登る? もしくは外階段とか──」

「面倒くさい。エレベーター探そ」

「だろ」


 すると、塔の上から何かが落っこちてきて、轟音と共に広場の真ん中に着地した。

 それとほぼ同時に、エリーゼが俺たちの前に出て、屋根の際に立つ。


「──この都市が賊徒の侵入をここまで許したのは、クロー様がアントワール伯を討った時以来だな」


 それは、背丈二メートルはありそうなお爺さんだった。そんな巨躯を軽々包む白銀の鎧は仰々しく、遠目から見たら重機と見間違うほどだろう。例の黒いコートはマントみたいにしていて風になびいている。白い髪を上げておでこを出してはいるが、その毛量に退化など微塵も感じない。顎髭も口髭も綺麗に切り揃えられていて、若者に負けず劣らずの快闊さだった。


「あいつちょっと強いかも……」


 前に立つエリーゼがぼそっと呟いた。

 爺さんは、担いでいた大剣を片手で振るいこちらに向ける。龍の上顎をそのまま使ったかのような、あまりにデカい剣だった。


「ガキども降りてこい。見下ろされるのは慣れんからな。なぁ~に、ひとまず攻撃の意思はないさ。少し話そうではないか」

「……」


 エリーゼが広場へと降りた。俺も同じく後を追う。七原さんは建物のベランダを何回か中継して降りてくる。


「話って?」


 エリーゼが前に立ち、怯まず堂々と問いかける。

 どことなくいつもの威厳を感じた。魔法だけでなく、精神年齢も多少戻ったのではないだろうか。


「結論から言おう。直ちに降伏しろ」


 広場の向こう側。巨塔前の落とし門が上がり、堀に架かる石造りの橋を渡って、黒コートの者たちが続々とやってくる。その中には信号機ガールズの赤と黄もいる。


「貴様らどうせクロー様を殺しに来たのだろう? だがな、貴様らではクロー様には遠く及ばない。これ以上進むのは自殺行為と言っていい」

「……じさつこうい」

「しかし、クロー様の恩情で、貴様らの態度次第では生かしてやっても構わないとのことだ。さぁ今すぐ降伏し、クロー様のしもべとなれ!」

「しも……しもばしら?」

「しもべだ」

「……」


 さっきまで格好良かったエリーゼが振り向いて俺の腰に抱きついてくる。


「ムギ~。しもべってなに? むずかしい~」

「難しいかぁ」

「えへへっ! むずかしいのぉ!」


 あー可愛いねぇ。


 すると、ダークテイルたちが小馬鹿にするように笑い出した。黄色ちゃんも口を押さえてクスクスしており、男っぽい赤髪女も口角を上げる。


「ぷぷ! 邪神、やっぱりガキのまんまなのら! あれなら、パーズだけでもお茶の子さいさいなのらっ!」

「ナナハラの『7(セヴン)』だけでここまで来たみたいだな~! それはそれで褒めてやっけど、さすがにオレらのこと舐めすぎだっつーの!」


 エリーゼが一部復活したことはバレていないようだが、だとしたら、俺たちがどうやって結界を脱出したと思っているのだろう? まぁいいか。なんか勝手に勘違いしてくれてるし、勘違いさせたままにしておこう。沈黙は金である。

 どうやら七原さんも同じことを考えたようだ。俺たちはアイコンタクトを取り、その意思を密かに疎通した。

 

 エリーゼがいらんことを言う前に、見た目は子供、頭脳は大人の七原さんが、動揺をまったく感じさせない口調で爺さんに聞き返す。


「ねぇ、しもべってどういうこと? 私を捕まえるとか聞いたけど」

「はっきり言って、ムギシマと邪神はどうでもいいのだ。おまえを捕まえてしもべにするのが、クロー様の目的だ」

「は?」

「クロー様はおまえを甚く気に入っているようだからな。スキル『愛憎劇(バッドロマンス)』をかけてでも、おまえを側室に迎えたいようだ」

「……」


 側室て。しかもスキルで無理やりなんて……もう下衆じゃん。

 案の定、七原さんは舌打ちし、これでもかというほど顔をしかめた。


「……死ね」

「なんだ? しもべにならないのか?」

「なるわけないっ! あぁぁ気持ち悪いっ! 最低っ! 本当死ね!」

「そうか。ならば強硬手段を取る他ないな──」


 爺さんが剣を構えて重心を下げたそのとき……爺さんが消えた。同時に、空に雨雲ができたかと思うほど、俺たちのいる場所に大きな陰ができた。後ろだ──


 俺と七原さんが振り向くより早く、エリーゼがドーム状の結界を張る。青く半透明の結界で、鋼鉄がぶつかりあうような甲高い音が響いた。その後も立て続けに重火器を連射されているかのような衝撃が走った。ただ、他のダークテイルは動いておらず、これがすべてあの爺さんの攻撃であると察するのにそう時間はかからなかった。


 あまりに速く重い剣だ。あれだけ巨大な武器とゴツイ鎧を纏ってこの動きができるとは。たぶん魔法を使っているのだろうが、素人目にも彼が異常な強さを有していると分かった。


 そんな中、エリーゼは棒立ちでありながらも、しっかりと金色の瞳は動かしていて、嵐のような攻撃を見切っているようだった。こいつもこいつで異常だ。


「先、行ってていいよ」


 彼女は空中に出した魔法陣に手を突っ込み、そこから例の魔法銃を出す。さっきアダムに改良してもらったやつだ。形は変わってないが、銃身を黒く塗ったので以前よりも禍々しい。


「なんとかって奴やっつけるんでしょ? 他のよく分かんない人たちは私が全部やっつけるから。先行って。守りながら戦うのも大変だし。それにこいつら、セヴンちゃんの対策はバッチリみたい。だから私がやる」


 『7(セヴン)』の対象にできるのは、まず視界内にあるものにのみ限定され、しかもそれが七メートル以内になくてはならない。これを七キロメートルに変えるなど、『7(セヴン)』で上書きするようなことは決してできない。

 したがって、間合いを徹底されたり、今の爺さんみたいに肉眼で捉えられないレベルの超高速移動などをされたら、『7(セヴン)』は発動できない。

 七原さんもその現状を察したようだ。


「……ここは任せよう」

「それがよさそうだな」


 エリーゼが結界外に黒い魔法陣を出し、闇の属性弾を射出した。そして、広場を囲う建物の一つに何かがぶっ飛ばされた。飛ばされたのは、あの爺さんだった。瓦礫の中から這い出て、大剣を杖みたいにして立ちあがる。


「……な、なんだこの威力!? 邪神は弱体化したのではなかったのか!?」

「ふふっ」


 エリーゼが笑った。

 こいつ、戦いになるとたまに笑うんだよな。頼もしいけど、このときの彼女はちょっと恐い。


「ムギ! セヴンちゃん! ちょっとそこ並んで!」

「並ぶ? え、こう?」

「うん! いってらっしゃーい!!」


 言われた通り、七原さんと並んで立った瞬間、足元に緑の魔法陣が出てきて、彼女が魔法を発動した。

 結界は解除されて、背中とお尻を押し上げるような暴風が吹きすさび、俺たちは空高くぶっ飛ぶ。


「うあゃああぁぁぁああ!?」

「んんっ……!?」


 表現が難しいが、なんかこう天空に落ちていく感じだった。身体強化魔法が無かったら、背骨がいかれたであろう勢いだった。

 一応はぐれないよう七原さんと手を繋ぎ、そうして上下左右の感覚が無くなった頃、速度が低下してきて、放物線を描きながら俺たちはどっかに落ちた。


「いっ……たくないけど、雑なんだよっ! いつもいつも!」


 でも、塔の頂上にはついたらしい。

 尻もちをついた俺は嘆きながらも辺りを見渡す。手を繋いでいた七原さんが、金色の床でうつ伏せに倒れている。


「七原さん? 大丈夫?」

「だ、大丈夫なわけないでしょっ! ぐすっ……」


 相当怖かったらしく、彼女は涙目で俺の手をさらに強く握った。


「──あれぇ? 麦嶋と七原じゃ~ん?」


 円形のだだっ広い屋上にて、黒コートを着た二人のダークテイルがいた。

 エラーコードの2ana(ラーナ)、そして、このふざけた組織の首領(ドン)……黒尾君だった。

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