【103】ほめて
黒尾君率いるダークテイルに攫われ、なんかエラーコードがいて、エリーゼをロリーゼにされ、七原さんが七歳になり、クラスメイトが飛び降りをし、俺は別館のある空間に隔離された。
すべて昨日の出来事である。
「ねぇぇ!? ouro6oros遅すぎるんだけどぉ!?」
別館の庭の芝生でうつ伏せになり、ゴロゴロしているraffl3siaが地面を叩きそう嘆いた。
同じ庭に置かれた木製の椅子に腰掛けながら、彼女のマネをしてみる。
「ねぇー!? うろぼろすおそすぎるんだけどぉぉおおお!?」
「マネすんな麦嶋ッ!」
備蓄倉庫から持ってきた缶入りの乾パンを数個頬張り、丸テーブルを挟んだ向かいの椅子に座っている七原さんに缶を向けると、彼女も一つ取って口に入れた。
例の蛇は今朝から姿を見せていない。おかげで本館へと繋がる通路に結界が張られたままで、俺たちが出られないのはもちろん、raffl3siaとbeet1eも閉じ込められていた。こいつらもあの蛇がいないと自由に出入りできないようだ。
おおよその状況はraffl3siaたちから聞いていた。なんでも、名波という女子が茉莉也ちゃんと朝吹君を狙っているんだとか。それで、あの蛇とアジトを離れたらしい。
「でも、帰ってこないってことは負けちゃったんじゃない?」
「だから、そんなわけないって言ってんでしょ!? ouro6oros死なないもん! てか、名波のスキルだって、近づいただけで死ぬくらい激ヤバだからね!」
取り乱す彼女とは裏腹に、beet1eはこのドーム状の空間の壁際に腰を下ろしていて、四本ある腕を組みながらこっくりこっくり頭を揺らし眠っていた。
「そうだ……邪神ってまだ部屋で遊んでんの? あいつも半日くらい見てないけど?」
raffl3siaが芝生から体を起こし、思い出したようにそう聞いてくる。
無論、遊んでいるというのはでっち上げだ。今朝、突如として現れた医者兼チンパンジー兼女神の側近ことアダムが、今も別館の一室で彼女の解毒にあたっている。
「まだ遊んでるよ。娯楽室にあった積み木がお気に入りみたい」
七原さんが堂々と嘘をつく。
「ずっと? 一人で?」
「うん。子どもの集中力って凄いよね」
「……怪しい」
raffl3siaが立ち上がった。俺は慌てて卓上にあった“トランプ”をシャッフルする。この“トランプ”も娯楽室にあったもので、地球のそれとは微妙にマーク(〇、△、◇、×)が違う。ただ、ほとんど同じなので勝手にそう呼称している。
「座れよ。大富豪するぞ」
「もういいよ! 何回もやったじゃん!」
「ババ抜きでもいいけど」
「だからしないって! やっぱ怪しい! あの邪神、今何やってんの!?」
彼女がずかずかと歩き出したそのとき、ちょうど館の方から声がした。
「ムギ~!」
「あ、エリーゼ」
彼女はこちらへ駆けてきて、椅子に座る俺へ抱きついてくる。その体は変わらず子どものままである。
「あのね、あのね、アダムがね! 途中まではいけたけど──」
「あぁ! ちょっとちょっと!」
エリーゼの失言に、raffl3siaが眉をひそめる。beet1eも起床して、体をゆっくりと起こす。
「む……今“アダム”と言ったな? 確かムゥにいたあの猿のことじゃったか? なぜその名が出てくる?」
「アダムがいるからっ!」
「なんじゃと!?」
彼女の口を塞ごうとした刹那、ご本人が登場する。
白い毛並みのチンパンジーが、開放された扉に寄っかかっていた。なぜか黒いゴム手袋を両手につけている。
「よぉエラーコード。久しぶりだな──」
次の瞬間、アダムはナイフを……いや、あれはメスだ。二体のエラーコードにメスを投げた。
しかし、raffl3siaには頬を掠めたくらいで大したダメージになっておらず、beet1eに至っては手刀で簡単に叩き落とされてしまった。
二体が瞳を真っ赤に光らせ、臨戦態勢に移る中、アダムは黒いゴム手袋を裏返しにしながら外した。
「──が、悲しいかな。もうサヨナラだ」
すると、raffl3siaたちは眠るようにその場に倒れてしまった。加えて、二体の姿かたちがみるみるうちに変わっていき、数秒後にはミント色の体に黒い斑紋がついたような模様のカエルになってしまう。
「な……なんだこれ? アダム、おまえ何したんだ?」
俺が問うと、アダムは空中に灰色の魔法陣を出し、そこにゴム手袋をポイと捨てる。
「エリザベータ様から摘出した毒をメスに仕込んだ。ほんの少し触れただけでカエルに変身させられる」
「カエルに変身? でも、エリーゼはカエルになんかなってなくない?」
「それが2anaの能力だ。そいつはその変身先を、後出しで自由に変えられるらしい。とどのつまり、これは若返りの毒などではない。おそらく主は“人間の子ども”に変身させられたのだろう。まったく奇怪な能力だ」
「はあ」
手袋を魔法陣の中に捨てたように、アダムは落ちたメスの下に魔法陣を作ってそれらも消した。
「それではエリザベータ様。結界の解除をお願いいたします」
「分かった!」
エリーゼは通路を塞いでいる禍々しい黒の結界へと、ちょこちょこ走っていった。
「え? まだ子どものままだけ──」
彼女が手をかざした途端、結界が崩壊した。ガラス細工が粉砕するみたいに、それは容易く破られた。
「できたっ! できたよ!」
「すばらしい! さすがはエリザベータ様です!」
拍手をするアダムが、唖然としている俺たちに拍手をするよう促してくる。
「あ、あれは元に戻ったのか?」
「魔法技術は戻った。しかし、知能がまだ子どものままだ。あとは2anaの血清さえ用意できれば完全復活なのだが──」
エリーゼが戻ってきて、アダムの白衣を引っ張る。
「ねぇねぇ! 私もっと魔法したい! やっていい!? やるね!」
「え──」
エリーゼが通路に両手をかざし、いつもの調子で白い魔法陣を組み上げた。この空間をゆうに超す直径の魔法陣で、術式が天井や床にめり込んで見切れている。
あまりの速攻にもはや誰も止められず、次の瞬間には眩い光線が放たれた……たぶん。眩しすぎてほぼ見えなかったが、そんな感じの魔法をぶっ放していた。
数秒で光と轟音が収まり、目を開くとそこには海まで繋がるトンネルができていた。この洞窟の壁を抉り取って、さらに大きな洞窟になってしまったようだ。
「はい五等級! ほめてほめて~!」
「……す、す、すばらしいっ!」
アダムが取ってつけたように褒め称える。
「ムギもすばらしいって言って~!」
「いや……ちょっともうやめてね?」
「えーすばらしくないの? じゃあ次六等級やるから──」
「やめなさいっ!」
強めに注意したらエリーゼは頬を膨らませた。可愛いけど可愛くない。危ない。