【10】序列
「──遅いね、beet1e」
「……」
「ねぇ、様子見に行った方がいいんじゃ」
「必要ない……あの老いぼれが人間を殺し損ねることなどありえん……貴様とは違うんだ、raffl3sia」
「もうっ、うるさいなぁ!」
すると、ちょうどそこへ件の老人が結界外から姿を現す。
「あ、beet1e帰ってきた!」
無傷の彼を見て、アダムは歯を食いしばる。
「ここまでか……」
黒蛇がスルスルと地面を移動して彼へと近づく。
「やったんだな?」
「……ん?」
「麦嶋勇を殺したのだろう?」
「いいや。殺しておらん」
「は?」
アダムは目を丸くした。
一方黒蛇は困惑して聞き返す。
「殺してないだと……? ならなぜ戻ってきた?」
「わしは武術の何たるかを理解しておらんかった。しかし、それを奴はわしに教えてくれたんじゃ。もはや戦う理由は無かろう?」
「あ……あ……あるだろぉがぁああ!? 貴様はエラーコード! それが最大にして唯一の理由だ! さっさと殺してこい!」
「断る」
「クソジジィ!」
アダムは笑みをこぼし、嬉々として上ずった声を上げる。
「エ、エリザベータ様。これは一体?」
「知らないわよ。一体何なのかしらね、あいつ」
すると、先ほどまで怒り狂っていた黒蛇が急に落ち着いて呼吸を整える。
「……もういい。貴様らには頼らん」
そっぽを向く蛇に、少女が呼びかける。
「今度こそあたしに任せてよ! 次は絶対──」
「必要ない……我が単騎で出向く」
「な、なんでよ!?」
「足手まといだ……」
「は!?」
黒蛇は振り向きもせず、厳しい言葉を吐き捨てるのだった。
「相手が人間一人だからと言って……やはり下位コードの貴様らを連れてくるべきではなかった……ここまで無能だと考慮できなかった我の失態だな」
「何だよそれ!? あたしらに上とか下とかないでしょ!?」
「いいや……ある。その序列は確かに存在するのだ。絶対的かつ覆しようのない序列がな……今からそれを証明してやる」
「証明って、本当にouro6oros一人で行くの? マジ?」
「ああ……貴様らは大人しくしていろ。何もしないことくらいできるだろ?」
「あっそ。じゃ、行ったら? 無理だと思うけど」
なぜか既に諦めムードの少女をよそに、黒蛇は冷静な口調で老人に問う。
「麦嶋勇のスキルは何だ? 分かったのだろう? 教えろ」
「悪いがそれは──」
「武術家の誇りとやらを貫くなら好きにすればいい……だが、我には奴を殺す理由がある。邪魔するなら貴様はこの星に置いていく」
「な……」
「嫌なら答えろ。麦嶋勇のスキルは……何だ?」
※ ※ ※
やっとこさ城に到着した俺は、でかい両手扉に手を伸ばす。
「鍵ないじゃん。まぁ別にいらないのか」
扉を引いて中に入り、エントランスホールに足を踏み入れる。
「えっと……向こうかな」
ホール両側に階段があったが、それは素通りし、扉から真っすぐ伸びているレッドカーペットを進んだ。
「──麦嶋勇。今更隠れようとしても無駄だ」
ホールの奥側まで進んだ頃合いで、名前を呼ばれた。
振り返ると、空いた扉の前に黒い蛇がいた。三体目のエラーコードだ。
「植物、虫と来て、今度は爬虫類か。両生類とか鳥類もいるのかな?」
「……」
「ところでおまえ、戦闘タイプじゃないだろ?」
「ん……?」
真紅の瞳で睨みを利かせる黒蛇に指をさす。
「戦闘タイプなら、わざわざムゥに三体で来る必要はないからな。二体で事足りるはずだ。俺を殺す役と、エリザベータ達を足止めする役の二体で。たぶん少女と老人がその役だったんだ。」
「……」
「で、おまえはあの結界を張る役と、ムゥに来るための足。ワープ能力でも持ってんだろうけど、きっと発動に時間がかかるとかで、戦闘には向かない」
この予想は別に外れていてもいい。何となく理屈が通っていて、自身満々に言えればいいのだ。
それで多少は揺さぶれるだろうし、俺が抜け目ない奴だということを演出できる。あとはこいつがボロを出すのを待って弱点を突けばいい。まずはこいつの能力を把握する。
だが、黒蛇は少しも動揺する素振りを見せず、静かに答えた。
「大したものだ……あの無能たちが殺し損ねたのも頷ける。貴様が今言ったことは全て正しい……」
「え」
「だが問題ない……それが分かったところで貴様の運命は変わらない……」
黒蛇は身をくねらせながら地を這い、喉笛に飛びかかってきた。だが、大した速さでもなく、動きは普通に目で追える。俺は後ろにステップして躱した。とはいえ、さすがは蛇。俊敏だった。すぐさま奴は脚に巻きついてきて、体を伝い首元まで登ってくる。
「きもっ!」
そして、蛇は俺の首をきつく締め上げ、裂けた口を開いた。
「シャァアッッ!」
「このっ」
負けじとその首を鷲掴みにすると、奴が苦しそうに呻く。
「くきぃっ……放せっ!」
「おまえが先に放せぇ!」
黒蛇は何やら口をモゴモゴさせ、透明の液体を飛ばしてきた。
「ぺっぺっ!」
「なっ、汚ねぇ! 毒かっ!?」
「唾だっ!」
「汚ねぇ!!」
両手で力いっぱい蛇を掴み、強引に引き剥がすことに成功するが、懲りずにまた唾を吐こうとしていたので、すかさず俺は奴を投げ捨てる。
蛇は華麗に着地をしてとぐろを巻いたが、既に疲労しているのがバレバレだった。
「シィィ……シィィ……!」
「はぁはぁ……!」
互いの息遣いが、広いホールに響く。
こ、こいつ弱い! さっきの二体とは比べ物にならないくらい弱い! だが同じくらい俺も弱い! 泥仕合だ!
しかし、俺にはスキルがある。それで優勢を──
「……お探しの物はこれか?」
「あ!」
内ポケットに入れていたはずのプレイヤーカードは、いつの間にか黒蛇のところにあり、奴はそれを尾で持って揺らしていた。
「くく……『神白雄介』と書かれているぞ? なるほどな……それで貴様はスキルを使えたのか」
今のわずかな攻防の間に盗られたらしい。
「この野郎っ!」
「くくくっ!」
カードを取り返そうと飛びかかると、奴はそれを口に咥え逃げていく。そうして、壁の装飾や窪みを上手く使いながら壁を昇り、シャンデリアに飛び乗った。
「くそっ! 降りてこい泥棒蛇っ!」
「嫌だねぇ……」
「卑怯者ぉぉおお!」
蛇は再びカードを尾で持って、内容を確認する。
「何々……? 『餓鬼大将』ねぇ……面倒な条件が少々あるようだが、ほぼ聞いていた通りの能力だな」
「返せよ! 俺のだぞ!」
「貴様のではないだろ」
「んぐぅぅ!」
しかし、『餓鬼大将』は、自分が相手より強いという明確な認識が無ければ発動しない。互角の相手では駄目なのだ。ゆえにあいつが俺を子分にすることは出来ない。
すると、黒蛇は突然嗚咽し、口から何かを吐き出した。
白い毛玉のような物体だ。あれは……ネズミ?
「おまえ、それ」
「うえ……何だ? ネズミを喰う蛇は珍しいか? ここに来る途中で捕食したのだ……」
「違う。そんなことして大丈夫か? ここはエリザベータの──」
「はっ、殺さなければ別に構わんだろ?」
黒蛇の赤い眼が光り、瀕死状態だったはずのネズミが体を起こした。そして、蛇はネズミにカードをかざす。
「『餓鬼大将』」
スキルを発動した黒蛇はカードを投げ捨て、ネズミと共にシャンデリアから飛び降りてくる。
「なんだよ? まさか、ネズミと共闘するってか?」
「そうだ」
「アハハ! おいおい、ネズミ一匹味方につけたところで勝てると思ってんの? さすがに人間舐めすぎだぜ!」
「……誰が一匹と言った?」
「ん? 『餓鬼大将』は神白本人じゃなきゃ、一度に一個体が限度で──」
スキルの制限を言いかけたその時、ネズミの数が二匹に増えていることに気づいた。
「あれ?」
ネズミはまるで初めからそこにいたかのように、指数関数的な速度で数を増やし続けた。
どいつもこいつも同じような白い毛並みで、鏡像の如く全個体が不気味に俺を見つめている。
「我はouro6oros……不死と無限を司る。これより不死身のネズミたちが貴様を襲うだろう──」