3-1
ミハルがいなくなったから、全員がこの教室にいる必要も自然となくなった。
スズネは早速マキを自分の寮に誘ったが、マキが図書館に行きたいとうい理由で断った。断られたスズネがかなり凹んで教室から去っていった。
クレマンはもうちょっと学院内を回りたいと言いながら、窓から黒い羽を羽ばたかせて教室から出ていった。
初めて近くで魔族の羽を見た。正直触ってみたいが、魔族と天族の羽は力の結晶のため、たとえ伴侶でさえ簡単に触らせないと龍から聞いていたから、きっと断られるでしょう。
残ったのはぼく、龍とスイ。巨大な教室で他愛のない話をしながら昼ご飯を食べた。
龍は基本は無言だから、実質スイとしか話していない。
その後、ミハルの雑な説明に不満なのか、それとも単純に雑すぎてわからなかったか。スイはソファーのところで真剣にあの悪趣味な規則を読んでいる。
ぼくは窓辺の席で外の景色を見ながら紅茶を飲んでいる。向かい側に座っている龍はいつもの本を読んでいる。
龍にとっては大事な本らしい。出会う前から常に持っているようだ。中身は全く見せてくれない上、何重もの魔法をかけるまで大事にしている。
気にはなるが、無理やり見るのはぼくの趣味ではないな。
時間割を確認してみたら、どうやら講義は明日から正式に始めるらしい。だから、正直今は非常に暇なんだ。
もう夜なんて待たないで、スイと手合わせすれば良いかもしれない。いや、どこぞの竜族は止めるでしょう。午後は何をすればいいか考えている最中、教室の入口から薄らぼくの名前を呼んでいる声が聞こえた。
「みっち――」
ふふ、ぼくのことをそう呼ぶのはひとりしかいないな。
多分だが、ぼくと同じ暇なアキラがぼくを探しに来たが、教室に拒否されて入れないから、外でぼくの名前を叫ぶことになったかな。
でも、ぼくがいない可能性だってあるのに。本当に面白い者だな。
教室の外のアキラの様子を考えるだけで笑ってしまった。
外が騒がしいと思ったスイは自ら様子を見に行った。
「オヨヨ?まさかの美形男子登場!まっ、こんにちはーみっちいる?オレは命・須野。今後よろしくね~キレイなエルフさん」
「…こんにちは、翠・緑川です。みっちというのは満様のことでしょうか」
初対面でこんな馴れ馴れしく近づいたアキラに一瞬戸惑ったようだ。
「そうそう、オレが暇だから、きっとみっちも暇と思った~いるか?」
謎の理論で更に戸惑ったスイは無言で頷いた。
「入っていい?招かれないと入れねみたいだ。キレイな翠くん~お願い~」
「あ、失礼しました。どうぞお入りください」
「へへへ、ありがとう。うわぁーー広ぃね~Aクラスの教室は半分しかねぇ。なにこれっ、貴族さまの晩餐会のテブールぅ。教室かこれ」
スイの承認によって無事に教室に入ったアキラが周りを見ながら、ぼくの方にまっすぐ歩いてきた。
本当に賑やかな者だな。
「よっ!」
爽やかな笑顔で片手を振りながら空いてる椅子を取ってぼくの隣に置いた。もう片方の手はボケットに突っ込んでいる。
「やっぱりみっち暇だね~」
「アキラ、お手」
「え?オレ、みっちの犬になった?」
と言いずつ挨拶した左の手をぼくの手に置いた。右手は同じくポケットに隠したまま。
右手から薄らの血の匂いがする。おそらく教室の中に入ろうと思って、ドアの防犯魔法にやられたな。
ま、他の者なら重症かもしれないが、アキラの場合は死にはしないが治るのが些か時間がかかるかな。
何も言わずに微笑みながらアキラを見詰めている。灰色の瞳が雨が降る前の曇った空みたい。
アキラもそらさずにぼくの目を見てくれた。何も言わずに、ただ無邪気な笑顔で一貫している。
ふん、意外と頑固だな。
――良いだろ。彼が見せたくないなら無理やり見せるのも意味ない。
「ふふ、こんな愛嬌ない狂犬はいらないな」
「えぇ~ぜってぇ嘘だこれぇ。龍さんって愛嬌がないし、めちゃくちゃ凶暴だろ」
チラチラと向かい側にいる龍を見て、ゲラゲラと笑った。
テーブルの上にあるお菓子をアキラの方に置いたら、アキラが素直に食べ始めた。
確かに龍は愛嬌なんて一ミリもないな。実際龍と比べると誰でも可愛く感じるでしょ。
「龍は飼ってないよ」
飼うつもりもない。
龍は目的のためぼくのそばにいるだけ。
「…へぇ~じゃ、愛嬌あれば飼ってくれんの?」
口調も笑顔も一つも変わっていない。目の奥にある感情も綺麗に隠している。
こうしているアキラを見ると、彼はやはり立派な暗殺者なんだな。ここに来るまでに、どんな生活していたのか急に興味が湧いてきた。
「人間の寿命が短いから、誰も飼ったりしないわ」
「へぇ~意外かも。みっちはいつも上から見てる感じだから、気に入るもの全部自分の物にするタイプと思ったぁ~」
「ふふ…」
ある意味間違っていないかもしれない。
ぼくとアキラが話している間、気が利くスイが龍の代わりに紅茶を持ってきてくれた。もちろん、アキラの分も持ってきた。
「わぁーい!ありがとぉ~美青年からお茶をもらえるの贅沢だなオレ。でもオレはコーヒー派なんだよねぁ~あ、別に翠くんに取り替えてきて欲しいってゆう意味じゃないからね」
「わかりました。今度いらっしゃった際にはコーヒーをご用意しておきます」
面倒なアキラでもスイは変わらず穏やかな笑顔のまま。多少戸惑いが残っているが、先より慣れてきたようだな。
少し残念かもしれないな。戸惑いの姿も面白かったのに。
「満様、私はこれで失礼いたします。今宵の約束を忘れないようお願いいします」
「ええ、わかった」
ぼくと龍に軽く辞儀した後、スイは教室から離れた。
「ええええ?ナニナニ?夜ってナニ?まさかイヤラシイ系ぃ?」
灰色の目がキラキラしてぼくを見ている。
やはり頭が花畑だな。
「うわぁ、こんな冷たい目でオレをみないでぇ~あそそそぉ、なんで自分のことハイエルフって言ってんの?どうみてもハイエルフの血が薄いんじゃなぃ?それにさ、翠くんって龍さんの親戚?」
プっ…聞いた瞬間ぼくが思わず笑ってしまった。
ん、花畑だけじゃないな。
その言葉に龍は何も言わずにアキラの胸ぐらを掴んで投げようとしている。
「ぁわ!いやいやいや、タイムっタイムーー!龍さん落ち着いて!ここまで来るの大変だったんだから投げないで!みっちも笑わないで、龍さんを止めてくれよぉぉぉ!」
「ははははは、大丈夫だよ。本気ならとっくに投げられてるから、龍なりの冗談だよ」
そう言いながら龍を一瞥してから、龍はやっとアキラを離した。
「これこそ冗談だ!どう考えても本気だろぉよ!やっぱり凶暴じゃん!」
また泣き出したアキラが目一杯喚いている。
本当に賑やかだな。
「ふふ、ぼくのお気に入りを壊さない時点で愛嬌たっぷりでしょう」
「どこが??」
両手で顔を覆おうとしたアキラが綺麗になっている手を見て、思わず驚いた顔でぼくを見た。
目玉が飛び出そうなほど開いている。
ふふ、やっと気づいたか。意外と鈍いところがあるな。
「…っ」
「お菓子、美味しかった?」
空っぽになった皿にアーモンドクッキーを入れた。
今までどんなことにあったか、ぼくが知る由もない。知り合ったばかりの者に自分の傷を見せるほどの間抜けではないのは知っている。だから無理強いはしないが、治すのはぼくの自由だ。
「……そぉね、美味しかったぜ」
少し沈黙の後、アキラが出会った時と同じ親しみの笑顔でそう言った。
「ふふ、それより先の話他の者の前で言わないで」
アキラのような目がいい者以外は言わなければバレたりしないから。
それにスイ自身がそう言っているなら尊重したいと思う。
「やっぱり?翠くんにもききたかったけどぉ、でもやっぱりやーめた。ヒミツって感じ?」
何故かアキラがアーモンドをクッキーの生地からばらしている。
「ある意味秘密かもしれないな。何せよ、ハイエルフが混ざってるのが普通ではないな」
「ゔぇ?なんでだめ?」
どこから声を出しているの?
逆になんでできると思ったんだ…
「…そっか、アキラは人間界から来たのか。あまりにも馴染んでる感じだから忘れたな」
「あんがとう?」
人間界は人間がメインだからか、あまり他の種族がいないからわからないものしょうがないか。
「ハイエルフは母樹から生まれた者だけ」
「果実のように?」
子供のような単純な質問にぼくは思わず笑ってしまった。
なかなか面白い表現だな。ぼくは嫌いじゃないな。
ぼくの反応は無我夢中にクッキーでタワーを作ろうと頑張っているアキラに届いていないようだ。
「簡単にいうとそうだな。」
「へぇ~じゃさ、男性のハイエルフと女性の人間とかコドモができんの?」
「ええ。普通なら竜族、天族、魔族とハイエルフは混血が存在しない」
ぼくの言葉を聞いてアキラがぼそっと、じゃなんで龍さんがあんなキレたんだろ…
この話に入ってからずっと本を読んでいる龍の目線が本から離れていないが、うっかりとテープルを動いてしまったせいで、高いタワーが平地に戻った。
「やぁぁぁぁーヒドっ!みっち見た?今の見た?」
アキラが半泣きしながらクッキーを食べている。
本当に落ち着かない者だな。でも、なぜかこの光景が妙に懐かしい気分が湧いてくる。
可笑しい話だな。
「満」
隣に座っている龍の声が聞こえた。
彼に顔を向けば、相変わらずに表情筋というものがどこかにおいてきたかと思うくらいの真顔。
「…みっち、疲れた?」
存在しない犬耳としっぽがペッタンと垂れている。
横に顔を振った。
「大丈夫だよ。それより、アキラがもしこの世界で生きるつもりならもうちょっとこの世界をもっと知ろう」
「そぉだよね~せっかくの学園生活を台無ししちゃいけないな~んん…おっ!ねねねねぇ、世界の創生っての授業に興味あるからさ、みっちも一緒に行こう~」
ニコニコしながらねだってきたアキラの目を見ると、暇つぶしで言っているが授業の誘いが目的だろ。
「良いよ」
「やった!約束だからね~んじゃ、オレもう帰るわ~これ以上いるとまた龍さんに投げられそうから。邪魔者が撤退、ニンニンっ」
そう言いながら、窓から飛び降りた。
「よくわかるな。意外とあんたがわかりやすい者かもしれないな」
察しがいいな。よくこんな短時間で龍の我慢限界が一定の程度で把握したな。
確かにこれ以上長居すると、ぼくが休憩しない理由になると思えば龍はアキラを外に投げるかもしれない。
本当に面白い者だな。
「夜になったら呼ぶ」
ぼくの話を返す気さらさらない。その上、ぼくの意思を無視して、強制的に眠らせるのはどうかなと思いつづ、龍の思うままに目を閉じた。