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結局ぼくの性別で散々悩んでるアキラがうんざりと思っているかわからないけど、学院の敷地内に着いた瞬間、龍が何も言わずにアキラを外に投げた。
ええ、文字通りに。
状況全然理解できないまま高速で走っている馬車から投げられたアキラの姿が流れ星のように消えてきた。
他の者は多分重傷になるが、アキラなら大丈夫だ。どうせ死にもしないから、アキラを拾うつもりはない。
「龍、全部終わったら一緒に人間界行こう。人間しかいない世界見てみたい」
「休んで」
ぼくの話を返事する気がさらさらない。
絶対嫌がっているだろ。何せよ、能力を持っていない人間がメインの世界だから、きっと龍の圧に耐えられないだろ。よって、今以上制限を掛からないと人間界に行けいないだろ。
そもそも人間という種族に対して好感度がないからな。
きっとぼくが行くなら嫌でも着いてくる。今のようにかなり不機嫌になっても、ぼくの休みを邪魔してたアキラだって気に食わなくても龍なりに我慢してる。
本当に馬鹿な者だな。
初めて龍と出会ったのは五歳の時、力が急に増えてきて、体への負担が多すぎて自己防衛のため、体が睡眠状態に入ってしまった。
あれは初めての睡眠状態だったから、両親がかなり焦っていた。初の子育てがぼくのような子でちょっと申し訳ないと思う。
眠り始めてから一ヶ月に経って、考えられる手はもう全部打った両親が、もうまともに考えれなく、全大陸にぼくを救える者なら何でもあげるというおかしいクエストを冒険者ギルトに出す直前に、龍がぼくの部屋に現れた。
突然現れた者、しかもその者がめったに現れない竜族だった。両親は自分たちの妄想と思い込み、龍の存在を鵜呑みにした。
召使いたちが主人である両親たちの判断にハラハラしていたが、何もできなくただ見守るしかできなかった。
そのパニックの中心である龍が周りを無視し淡々とぼくの右手の親指に魔道具の指輪を嵌めた。一時間後ぼくがやっと目覚めた。
起きた瞬間、泣きながらぼくを抱きしめた両親と龍が今と同じ無表情でぼくを見つめていた。
初対面のはずなのに、不思議とずっと昔から龍を知っている気がした。
アンタの名前は?掠れた声で彼の名前を聞いた。
「龍」
そのままだなと言おうと思ったのに、魔道具の効果が龍の予想より低かったから、ぼくは再び眠ってしまったが、翌日普通に目が覚めた。
その日以来、龍は常にぼくの側にいる。
で、二回目の睡眠状態になったのは十歳になってから三ヶ月後。
今回はじめから龍がいるから、睡眠状態に入った当日、左手の人差し指に指輪をつけてくれた。初回と違ってピッタリ一ヶ月が経ってからやっと起きた。
そして龍の推測では次は十五歳になってからと。だが、実際のところ今から一年前、十四歳だった時三度目の睡眠状態に入った。
さすが三回目になると両親はそこまでパニックになっていなかったが、ぼくの睡眠状態を初めて目の当たりにした弟がトラウマになったそうだ。召使いたちは龍がいるから、別に緊張していなかった。
でも、ぼくに黒いチョーカーをつけてから、二ヶ月もの間起きる様子がなく、弟が心配過ぎて倒れたらしい。
本当にかわいい弟だ。
三ヶ月後、ようやっと起きた。そのせいで、召使いたちまで過保護になってしまった。だからこっそり入学試験に行くのがなかなか難しかった。
結論でいうと龍がいるから今のぼくがこうして動ける。
だから、彼になんか願いがあるかと尋ねた。そして彼の願いを聞いたぼくが彼の存在を許した。
「満」
「入学式の後はちゃんと休むから」
相変わらず表情筋が死んでいる。
でも龍の表情を見なくても言いたいことがわかる。
大体休んでほしいばかり言う。
先の事件?遊び?ま、アキラのおかげで無駄な体力を使わずに済んだけど、龍の言う通り休んだほうがいい。でも入学式がもうすぐ始まるから。
「……五分だけでいい」
この時だけ口数がちょっと多くなる。
思わずため息をつく。
「大丈夫。アンタが造ってくれたチョーカーのおかげで、今のところ平気」
龍とお互いの目で己の意見を主張し合う。毎回こうやって彼と見つめ合うと、彼の竜眼はどの宝石より綺麗だと思うな。
目の奥に沼より深い感情。表情がないから、よく感情がないゴーレムと思われているけど、ただ隠れ上手なだけ。
軽くため息をついた龍が、いつも通り先に折れた。
本当に休んでほしいなら、こんな感じで宥めないから。魔法で強制的に眠らせる。
正直最初このチョーカーを見た時、デザイン的にどうなってるの?って思った。黒の本体に黒い宝石。
どんだけ黒が好き?って思わず龍に聞いた。
色を変えれないとしか言わなかった。
別に色を変えてほしいというわけではない。ぼくが言いたいことを分かっているくせにとぼけるのどうかなと思う。
「まだ慣れていない」
ぼくよりわかっている口調で言いながらチョーカーに触っている。
「……そんな事ないわ」
チョーカーを触ってる手がどうしても鬱陶しいから思わずを払った。
認めたくないが、龍の言う通り体がまだこのチョーカーに慣れていない。
正直だるかった。
「会場に着いた」
そのまま降りるつもりなのに、動く前に龍はぼくの意思を無視してそのまま車椅子に座らせた。
家を出てやっと過保護から離れられると思ったのに、一番過保護で話を聞かないやつがいるのをすっかり忘れていた。
入学式の会場は学院内の中央くらいにあるコロシアム。
真っ白で余計なデザインがない洗練された感じでぼく的にはいい。
このコロシアムにも空間魔法の痕跡が見える。学院に入ってから所々に痕跡がある。元々学院の敷地が広いから正直空間魔法を使わないくてもいいと思う。
スプラウー学院では弱肉強食がルール。もしかして決闘が多いから、建造物に影響を与えないように使ってるのかな。
色々な推測を立て、車椅子を押されな会場に入った。
会場内にぼくたちより早く着いた者があっちこっちの席に座っている。
色んな意味でぼくたちが目立つ。
スプラウー学院には色んな種族が集まっているが、その中でもレアな竜族が現れただけで十分目立つのに、その気高い竜族がか弱そうな人間の車椅子を押してるなんて。逆に目立たない方がおかしいかもしれない。
大半の目線はぼくへの軽蔑だった。
恐らくぼくが軽蔑された理由は身に着けている三つの魔道具のせいではないか。
流通の魔道具、特にぼくがつけられていると同じアクセサリー系は大体力を増幅するのが一般的。だから、実力でしか入学できない者たちからすれば、道具の力で入った者を軽蔑するのもしょうがないと思う。
ぼくから見れば、見抜けない時点でこの学院に向いてないな。
「これから学院の規則説明と一年生のクラスの発表をいたしますので、お好きな席でお待ちくださいませ。従者の方は待合室でお待ち下さい。」
入り口の近くにあるゴーレムが丁寧に説明してくれた。
ほら、早く行って頂戴。口には出さなかったが、一瞥すれば龍はその意味を理解する。
きっと龍はあのゴーレムを握りつぶそうと考えたたろ。
ぼくから見ると、彼がかなり捻じ曲がっている。
「龍」
「……わかった。」
渋々と待合室の方に向かった。
龍がいなくなると周りがさらにざわつきはじめた。
「おい、おめえなんでここにいんの?フザケンナ!俺どれだけ頑張って入学したと思ってんの?そもそも一つだけでもう相当なのに、三つの増幅器ももってるってどっからのボンボンだよこら!」
これはこれは驚いたかもしれないな。スプラウーに入る前には想像していたが、まさか想像した内容と全く同じセリフに浴びるなんて、面白くないな。
もうちょっと別のこと言ってくれないかな。
目の前の彼の力は確かに強くはない。平均よりちょっと上だけだな。スプラウーに入られるのは運が良かったかな。だからぼくの存在に気に食わないのもわからなくもないが…
「おい!ビビりすぎて喋れねぇのかよ!?」
もしかして知らないふりしているだけかなとちょっと願ったが、どうやら本気でぼくのことを弱者と勘違いしたようだ。目が悪いのはしょうがないが、仮にぼくが弱者だとしても、己より弱い者をいじめるのはどうかと思うな。
それに、ずっとぼくの耳元で喚くのは些かうるさいな。
『静かに』
うるさいから静かにしてもらおうと言霊を使って強制的に黙らせた。ぼくが思ったより力が出たかそれともぼくが思ったより弱かったからなのか、彼が血を吐いてしまった。
「おやおや、ごめん。痛くするつもりないのに」
やはりチョーカーに慣れていないからなのか。
「…!」
突然声が封じられしゃべれないくなった彼がぼくを睨んだ。
あら…これは痛い目に合わないと教訓に覚えれないタイプだなと悟った。
実際今のぼくはあまり手加減できないから、死なせない程度で教えて差し上げようか。
憤怒に任せきりの彼がぼくに襲いかかてきたが、どうしてもぼくに近づけないことをなかなか気づかなかったから、親切に指で教えた。
警戒しながらぼくの指すところをちらっと見た。
体とつながっているはずの足が空中に浮いている。
あまりに認識と違って思わず二度見までした。
「ああああああぁっぁぁぁ―――!!!」
理解できないまま彼が叫んだ。
彼の力だったらぼくの言霊を破れないはずだが、体の痛みと心の限界を超えたから、力が暴走し言霊を破ってまで悲鳴を上げた。
そのせいで耳が痛い。
それに…
「汚いな」
床が汚れないように彼の足を透明の膜で覆った。だが、先から彼が血を吐き続けている。
綺麗で真っ白な床が彼の血で汚されてしまった。
我慢できずため息をついた。
「ね、回復してあげる代わりに、床を綺麗にして頂戴」
ぼくに向けられているのは怒気と屈辱が混じり合う目。
「…クソぅ、くらえ…」
ボコボコされてもぼくに歯向かう諦めの悪い馬鹿は嫌いじゃないが、弱者に吠えるしかできない者が好
きになれないな。
「ふふっ…元気だな」
指を鳴らしたら、彼の体が一瞬で元に戻った。
彼が状況を理解できる時、すでにぼくが召喚した黒い蔓に手足を縛られた。
「っ?…!!」
再びに声を封じられたから何も喋れない彼が必死に抵抗している。だが、抵抗するたびに蔓の締め付けがどんど強くなる。そのせいで手足が再び赤く染められた。
「ぼくの思った通り、痛い目に合わないと理解できない者だな。だから、教えてあげようか。弱さは決して罪ではないが、己の弱さを知らないのは罪だ。まして、己の強さを感じるために、己より弱き者に威張るあんたの行為に恥を知れ」
ここまで言っても彼はぼくの話を聞く耳を持ってくれなかった。まさかここまでと思わなかった。本当に困ったな。これ以上するとうっかり殺してしまいそうだ。
できればぼくは命を大事にしたいな。
アキラとちょっと似ているかもしれないな。ただ、ぼくは依頼があっても命を奪ったりしたくない。
習慣的に親指の指輪を回すと、ふといいことを思いついた。
「確かに、ぼくの魔道具が気に食わないみたいだな。だったら、一つ貸してあげるわ。心配しなくても大丈夫よ。予備用だから、ぼくが普段つけてるものよりかなりカルイ物さ」
予備の魔道具はシルバーの細いバングルで、真ん中に紫色の宝石がある。
これは龍が作ったものではないから、これ一つだけだとぼくにはあまり効果が無いが、運動する時には丁度良かった。
予備と呼べないな……常時使うものではないから、予備でいいわ。
どうでもいいことを考えながら、蔓がぼくの代わりに彼の腕にバングルをつけた。つけてから三秒も持たず彼の力が吸い取られて気絶してしまった。丁寧に彼を床に下ろしてから蔓の召喚を解除した。
ついでに水魔法で床の汚れを綺麗にした。
「ふふふっ、他に試した者いない?」
いつの間にざわついた連中が静かになった。
おや?やりすぎたか?
「オレオレオレ!」
沈黙の中に、一匹の子犬だけがはしゃいている。その子犬がぼくの代わりにバングルを回収してきた。
「あら、命を大事にしないと。せっかく神の気まぐれで生かされたのに?」
思ったより遅いな。
アキラならぼくたちより早く着くかもしれないと思った。
「そーだね~でも気になるわ~」
そう言っているが、アキラが全くつける気がないようだ。真っ白なハンカチでバングルを拭きとってからぼくに渡した。
「途中龍さんに投げられたじゃ~ん。ちょうど湖に落ちたよね、だからみっちから借りたハンカチを綺麗にしたぜ。偉いだろ~まあ、見た通りまた汚れちまったけど…ごめんね」
だから、また今度返すね。ぼくの隣に座ったアキラの頭にまた存在しないはずの犬耳が見えてきた。
見る限りハンカチは白のままだけど、アキラがそう言うなら。