第07節 魔王の誘惑
土田は思った。
<酒に関係ある事で、
魔王に騙されたんではないのかな?
この事件、酒絡みの訳なんだし>
「マーガレットさん、何かお酒に関することで
この事件に思い当たる事はないんですか?」
土田は僧侶マーガレットに訊ねた。
「そういえば、ある田舎では
喧嘩した夫婦が仲直りするのに
お酒を送る風習がありますわ」
それを聞いた途端、
魔物はいきなり泣き始めた。
「オオオォォォ…」
僧侶マーガレットは初め驚いていたが、
やがて落ち着きを取り戻し
魔物に歩み寄って行った。
「さあ、ルイーズさん。
悪いものを吐き出しましょう」
優しく魔物の背中をさすると
いきなり口から紫色の煙を大量に吐き出した。
煙が幻を見せる。
それは酒場でのやり取りだった。
「ルイ―ズさん、飲み過ぎだよ。
それにツケも溜まってきてるんだけどね」
酒場のマスターがぼやいた。
今日の店は客が少なく、
マスターは不機嫌だった。
「うるさい、もう一杯だけ飲ませろ!」
「さすがにこれ以上はツケられないね。
帰ってもらいますか」
ルイーズが仕方なく帰ろうとした時に、
酒場の片隅で飲んでいた紳士が割り込んできた。
「お嬢さん、一杯奢らせて貰えませんか?」
見ると上品なスーツを着て
優雅な顔立ちをした若い男である。
「私の名前はボーラ、
と言いましてね。
なんだかあなた、お辛そうですが
嫌な事でもありましたか?
私にできる事なら力になりますよ」
ボーラ。そう、こいつが魔王である。
人間に化けて騙しに来たのだ。
そうとは知らず、ルイーズは
訳を語りだしてしまった。
付け込まれるとも知らず…。
「実は、酒癖が悪くて
彼氏と喧嘩しちゃったんですが…」
「なるほど、それなら
惚れ薬を飲ませたらどうでしょう?
ベッキーナ地方では
夫婦が喧嘩するとお酒を送って
仲直りするのですよ。
その酒に惚れ薬を仕込むんです。
いかがでしょう?」
妖しげに若者の目が光った。
少し赤かったような…気もする。
「そんな事をしていいのかしら…」
「いいんですよ、嘘も方便です。
惚れ薬入りの酒のお代は、
あなたの悲しみでいいですよ」
ルイーズは不思議そうな顔をして
訊ねた。
「悲しみが代金なんて、
どうやって支払うんですか?」
「もうすぐ分かりますよ。
悲しみを乗り越えると、
幸せが待ってるものです」
ボーラはニコニコしながらそう語った。
ここで煙による幻は消えてしまい、
まだ真相は分からなかった。