第01節 病院から異世界へ
「では順番が来たら番号でお呼びしますので、
待合室でお待ちください」
9月中旬。土曜日の昼2時。
Tシャツにジーンズ姿の少年。暑い日は、まだ続く。
土田学は町の総合病院に来ていた。
ここには一か月に一度通っている。
チャリン、チャリン。
ピッ、ガコン。
待合室の自動販売機で缶コーヒーを買う。
すると、いきなり声を掛けられた。
「あー、見た事ある人いるなと思ったら
土田君じゃない。
どうして病院に?」
ポニーテール。きりっとした小顔。
太ってはいない。紛れもなく美少女。
声の主はクラスメイトの会田優子だった。
土田による初恋の人である。
その名の通り、
クラスの誰とでも話す優しい子。
親しくするチャンスなのに
土田はあがってしまい、何も言えない。
でも恥ずかしさを堪えながら
声を絞り出す。
「僕は…あの…統合失調症を患ってて、
その…月一のカウンセリングに来たんだ…」
思わず障碍者である事を
カミングアウトしてしまった。
なぜだろう?
きっと好きな人には
嘘をつきたくなかったのだろう。
「ふーん、そうなんだ。
あたしは風邪をひいちゃったから
お薬貰いに来てさ。
土日で治すから、
月曜は学校休まないと思うよ」
ピンポーン。
待合室の電光掲示板に
番号がたくさん出された。
「あ、389番OKじゃない。
あたしのお薬できたんだわ。
じゃあ、土田君。
またね」
「あ…。じゃあ、…また」
まだまだ話したい事はあったが、
彼女は行ってしまった。
ふーっとため息をついて、
長椅子に座ると隣に老人が座ってきて
話しかけてきた。
「あの程度が初恋の人との
最後の会話とはの。がっかりじゃ」
「あなた、誰です?」
いきなり痛い所を突かれる。
土田は気になって訊ねた。
「わしゃ、神様じゃ。
今日はこの病院で死人が多くての。
あの世に導く天使たちの様子を
見に来たという訳じゃ。
会田優子か。
美人さんじゃが、惜しいの。
風邪をこじらせて悪性の肺炎となり、
喉を咳で詰まらせて窒息死じゃ」
土田は驚いて言い返した。
「ええーっ!…あなた神様なら、
何とかならないんですか!?」
「じゃあの、取引せんか?」
「取引?」
「わしはいろんな異世界を管理しておっての。
その中の一つがピンチなんじゃ。
それを助けてくれたなら、
ご褒美にあの子の運命を変えてやろう。
どうじゃ、やるか?」
土田は少し考えてから答えた。
「分かりました、やってみます」
「少年よ。
やってみます、なんて曖昧な言葉は無いぞ。
とことんやり通すか、
クソして寝るかのどちらか一つじゃ。
たった5%の勝利者が英雄伝説を語り、
ほとんど95%の敗北者が言い訳を語る。
人生とはそういうものじゃ。
よーく覚えておくがええ」
神様は指をパチンと鳴らす。
すると待合室の何もない壁に、
いきなりドアが現れた。
「行先の異世界は、お前さんの歴史でいう
中世ヨーロッパって感じかの。
神様は優しいから、
三人まで仲間を連れて行くのは許すぞい。
さあ、行くがええ。
グッドラック!」
神様はニコニコしている。
土田学は思い切って異世界へのドアを開けて、
中に入っていった。