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 ――クリストフ子爵、死亡。

 かねてから婚約していたバフドール伯爵令嬢との結婚式当日、屋敷内庭園で、祝宴の出入りに紛れた強盗に襲われる。

 目撃者である妻とその姉によると、犯人は三十歳代と見られる黒髪の大男。クリストフ氏と妻の宝飾品を盗み、凶器を捨てて逃走――


 その悲劇的なニュースは、またたくまに国中に広まった。

 子爵家は商売で財を成した富豪である。生き馬の目を抜く業界で、恨みや妬みを持つ人間はいくらでもいた。街中へ逃走されてしまった以上、容疑者を絞ることは不可能だった。

 その場にいた女性二人には容疑はかからなかった。妻はすでに子爵家の女主人であり、その姉は資金援助を受けている。二人ともクリストフが亡くなれば困る立場にあり、彼を殺す理由が何もなかった。


 商家はたちまち経営に困窮した。悲劇の花嫁エリアナは臨月で、事件のショックで失語症となり、とても商売などできる状態ではなかった。

 絶体絶命の危機を救ったのは、メリッサ・バフドール伯。

 もとより才女と名高く、伯爵家の経営に手腕を振るっていた彼女。伯爵家の広大な領地も活用し、商家はむしろさらなる成長を遂げる。

 ――子爵家はあのメリッサに乗っ取られた。もしや、あの事件の裏で手を引いていたのも――などときな臭い噂が浮かんできたころ。

 「妹の心身が回復し、跡継ぎも成長したから」と、メリッサはあっさりと経営を降りた。


 後年、エリアナ嬢は語る。


「あたしは悪い娘でした。出来のいい姉に嫉妬して、ワガママばかりを言って、愛や、人間のなんたるかも知らぬままに身をゆだねて。

 ……お姉様はあたしの犠牲になってしまった。あんなに美しいひとだったのに、婚期も逃して、寂しい田舎の伯爵領に閉じこもって……。

 詫びても詫びても、詫びきれません。どうかお姉様には、ご自分の幸福を手に入れて欲しいと……心から願っております」


 ______________________




「――ですって。とんだ美談ですね、メリッサお嬢様?」


 そう言って、クルルはクスクスと笑った。

 メリッサの髪に櫛を入れながら、歌うように話す彼女。メリッサは唇を尖らせた。


「いやだクルルったら。まるで本当はわたくしが悪いヤツだった、みたいに言わないで」

「ごめんなさぁい。でもこの記事、まるっきり嘘だらけじゃないですか」

「人聞きが悪いことを――わたくしが嘘をついたのは、クリストフ殺害の犯人像だけよ? それも妹に情けをかけてあげたからだし……」


 いよいよクルルは笑い声をあげた。


「この記事だったら、そうですね! でも三年前、エリアナ様を焚きつけたのはあなたでしょう?」

「……まあ、それはそうだけど」


 そこでちょうど、メリッサの髪が結いあがった。クルルが置いた櫛を拾い、今度はメリッサが、クルルの髪を梳っていく。

 ひと梳り、ひと梳り、いつくしむようにして。


「エリアナは……わたくしの持ち物は、奪わずにいられない子だった。幼いころからずっと、ぬいぐるみ、ドレス、両親の愛……そして婚約者。

 クリストフが腐った男だと、出会ったその日に分かったわ。嫌悪感が顔に出てしまって、抑えきれないほど、嫌いだった。

 ……だけど彼を拒絶などせず、むしろ心から愛しているように見せかければ、妹が奪おうとしてくれる――わたくしの代わりに地獄に落ちてくれる。

 わたくしは何もしていないわ。ただ思った通りに、ことが進んだだけのこと……」


「それにしても、あの婚約破棄はむかつきましたね。お嬢様を悪女に仕立てるなんて」


 自身の髪を撫でる、メリッサの指に頬ずりをして、クルルは嘆息した。


「私、思わずカッとなって怒鳴っちゃいましたもん」

「あら、事前の打ち合わせ通りだったじゃないの」

「演技はしてないですよ。もうほんとむかつくあの男。目つきが悪いだのなんだの、私のメリッサ様を侮辱して、死にさらせ! ってあぁ、もう死んでた」


 ぺろりと舌を出して肩をすくめるクルル。

 メリッサは笑った。

 この感情豊かで残酷で、メリッサを溺愛する侍女が可愛くて、愛おしくて。 


 ……あの二人が、あんなになるまで傷つけあうことまでは期待していなかった。

 だけど、全くの想定外でもなかった。

 それでもよかった。どうでもよかった。


「わたくしは復讐なんて望んでいません。あの男や妹……両親が不幸になって、ざまあみろ、とも思わない。莫大な富や権力も、何も要らない。ただ誰にも邪魔されず、身分や性別なんてしがらみもなく……あなたと過ごしたいだけなのよ」


 結い終えたクルルの髪と、むき出しになった首筋に、メリッサは唇を押し当てた。


お読みいただきありがとうございました。

これにて完結です。


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百合に挟まる男は死ね(物理)な世界… 妹的にも真実さえ知らなきゃ散々奪ったのに自分を守ってくれた優しい姉で改心しそうだし丸く収まるっていう。 妹の旦那…?一度は捨てた元婚約者に手を出そうとしたモラハラ…
[一言] ひぃえええええ 怖いけどこういえ話もすち
[良い点] お嬢様が幸せそうで何よりです [一言] ア゛…!イイ……
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