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 見覚えのある風景を見つけた私は、嫌なことを忘れたくて無理に大声を出した。

 板についた笑みを浮かべ、指を指す。



「あ!あそこに湖が見える。別荘もきっとあのあたりね。よく湖でボートに乗るのよ。でも全然楽しくなかったわ。でも誰かが一緒なら、もしかしたら………楽しいのかもしれないわね」



 アートが戸惑い半分な笑顔を返す。



「まあ、そうだろうな」



「泉の真ん中に小さな島があって、私は入りはしないのだけど、綺麗な花が咲いているの。素敵な花だけど、摘み取るのはもったいなくて。未だに名前を知らないの。」



 アートはあいまいに頷くだけ。それから困ったように肩を竦めた。



「あ……もしかして冷えてしまった?ここ結構風があるから」



「このくらい平気だ。俺よりそっちは大丈夫か?」



「ええ、まったく。私ったらすっかり夢中になってしまったわ。素敵な場所ね。良くここに来るの?」



「たまにね。星を見たい時とかに……来るかな」



「ここから見る星空はとてもきれいでしょうね」



 私は目を閉じて想像した。


 空を遮るものは何もない。

 水平線まで広がる星空は、地上のどんな宝石よりもきれいに違いない。



「あまりの高さに人も来ないし、風が煩い以外は静かだしな」



 そう言ってカラカラ笑うのに、どうしてか彼の表情は浮かない。


 楽しいものでも、幸せでも、好きなことを語る顔でもない。



 疲れているのか、それとも……



「もしかして私………煩かった?アートはもっと静かにいるのが好きなのね」



 彼の様子が変だと思ったのはそれが原因なのかもしれない。


 そう思うと、膨らんだ気持ちがますますシュンと萎む。



 そういえば、アートは仕方なく私に付き合ってくれているのだった。


 楽し過ぎてすっかり忘れていた。よく考えてみれば私ばかりがはしゃいでいて、彼は仏頂面でいる時もあった。


 照れているのを隠しているのだとばかり、自分に都合の良い妄想ばかりしていた。



 彼にとっては面倒なだけなのに、私ばかり浮かれていてバカみたい。



「ねえ、私そろそろ帰るわ。アートも忙しいのに、私のわがままに付き合ってくれてありがとう」



 私は彼の返事を待たず、階段を降りようとした。



「アイナ!」


 名前を呼ばれて、私は足を止めて振り返った。



「もう少し良いだろう?」



 一人で階段を降りようとした、私の手をアートが掴んだ。



「だって、あなた私と一緒で良いの?静かな方が好きなのでしょう?私あなたの仕事の邪魔をしているわ」


「仕事って言っても、大したものじゃないさ。それに一人が良いのなら、こんな場所にあんたを連れてこない。煩わしく思ってたら、町に着いた時に、適当に撒いてるって」



「本当に?私、あなたの邪魔になっていない?」



「邪魔だなんて思ってない。それにもうすぐだから。見せたかったのは」




 見せたかったの?


 もうすぐ?


 アートが言っていたすごいのは、景色のことじゃなかったのね。何かしら?



「なら、もう少しここにいるわ」



 アートがほっとして息を吐いた。





 ねえ、私にここにいて欲しい理由は何?


 変ね。今日会ったばかりのはずなのに、あなたを見ているとドキドキするの。



 それなのにそんな風に引き止めて、このままでは私、自惚れてしまいそうよ。



 私がどんどんおかしくなっていく。



 だけど色々考えてしまって苦しいの。



 でもはっきりと聞く勇気はない。




 本当は私の正体に気が付いている?


 それでいて騙そうとしていないよね?






――ゴーーンー…ゴーーンー…ゴーーンー… ――



 大きな鐘が鳴り始めた。鐘の音は足元から聞こえてくる。



 塔を登っている時は、アートにしがみ付いていたので、知らない間に通り過ぎていたみたい。



「始まった。こっちに来て下を見ろよ。綺麗だぞ」



 アートが私の手を引き、町が見下ろせる塀の傍までやって来た。そのまま塀に寄りかかり下を見る。


 私の手を握るアートの手は、力籠っていてちょっと痛いくらい。


 うっかりにでも離してくれそうにないので、私も負けじと握り返した。



「ほら、見てみろって」



 アートはさっきまでと同じ仏頂面だけど、耳がほんのり赤く染まっているに私は気がついてしまった。



 私はアートの隣に立った。その時一歩だけ彼の方に近づいて、腕と腕が、体と体が、少しだけ触れあう。


 隣から小さく息をのむ声が聞こえてきたけど、私に彼の顔を見る勇気はなく、そのまま下を見下ろした。



「うわぁ……すごく……きれい」



 それ以上の言葉は出なかった。



 鐘の音が鳴るたび広がるのは、色とりどりの光の蝶。

 それらは密度を増し、光の野原が広がっていく。



 透き通った光の下に広がる景色が、さっきとは違った表情を見せる。



「下から見ても綺麗だけど、俺はここから見る方が好きなんだ」



 今の感動を言葉で、どう表現すればいいのかわからない。


 言葉には言い表せない感情が、胸いっぱいに満たされる。




 もしも私が生涯に一度だけ、魔法を使えるとしたら、きっと今。




 明日が永遠に来なければ良いと、本当に願っているの。





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