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「アート!?あなた魔法が使えるの!?カラスなのに!?」
黒羽の鳥人の中でも、特に黒い髪を持つ鳥人をカラスと呼ぶ。
彼らは多少の魔力は操れても、ほとんど魔法を使えない。
私もカラスだからよく知っている。
私が驚いているので、アートはどことなく得意気な様子だ。
「少しだけなら。カラスと言っても、混血なんだ。制限も多いし、この魔法も完全に空を飛べるわけじゃない。体を軽くして、跳躍するだけだし」
「それでもすごいわ!私は全然使えないもの!」
混血だって、使える人はかなり珍しい。それこそ、話に聞いたことはあっても、会ったのは初めてだ。
「…ごめん、時間がないから。」
アートは私の腰に腕を回すと、ぐっと、自分の方へ私を引き寄せた。
二人の体が密着して、私の心臓は大きく飛び跳ねた。
「何よ!?一体!」
思わず体を離そうとする私に、アートは一層の力を込めて引き止めた。
両腕でしっかりと抱きしめられ、とても離してくれそうにない。
「何よ……」
こんなにくっついていたら、心臓の音が彼に伝わってしまう。
でも、それでも良いかもしれない。
私も彼の背中に両腕を回して、彼の胸に耳を押し当てた。こっそり彼の心臓の音を聞いてみる。
彼の心臓の音がする。
私と同じ音が聞こえてきた。
彼は表面上さっきと変わらず、平然としているが、心臓はこんなにも早く鼓動を刻んでいる。
彼は一度階段に降りると、今度は思いっきりジャンプした。
それまでと違って、ぐんぐん上昇していく。どんどん速度が増していく。
それから数回階段を蹴っただけで、あっという間に、塔の天辺についてしまった。
私は彼にしがみついているだけで、精いっぱいだった。
降り立っても、離れるのが名残惜しくて、ほんの数秒だけ、彼の心臓の音を聞いていた。
「怖かったか?………あっ漏らしたか?」
「し!失礼ね!レディに向かってなんてことを言うのよ!怖くもないし………てもないわ!」
「なら良い。ほらここだ」
体を離れたけど、手は繋がったまま、彼は私を案内した。
階段は塔の屋上へ続いていた。上から四角い光が漏れている。
屋上へ出ると、眼下広大な景色が広がっていた。
胸の高さほどの壁が周囲を囲っているだけで、周辺を見渡せるようになっている。
私は壁に手を付いて、落ちないよう前に乗り出した。
塔を中心に放射状に伸びる道。
雑多にひしめき合う建物が、まるでパズルのピースのよう。
遠くに青い海が、反対側には遠くに森と山が広がる。
その中で人は、小さな粒でしかなくて、高い場所にいるのだと実感する。
これだけ綺麗だと、怖がっていたのも忘れて、私は感嘆の声を上げた。
「アート、遠くまで見渡せるわ!人がアリンコみたいに小さい。見て!向こうに大きい港がある。たくさんの船があるのね」
「ああ。この町には貿易会社の本部があるから。そのためだな」
私はハッとして、下唇を噛んだ。無意識の内に目つきも悪くなっていたように思える。濡れ衣かもしれない船を睨み付け、アートに尋ねた。
「貿易?それって、もしかしてグレンウィル家の?」
「良く知ってるな。ってまあ、この町のやつなら誰だって知ってるか」
庶民の出身ながら、貴族の称号を与えられた一家。私が知らないはずはない。
なぜなら私の婚約者はグレンウィル家の者だから。
でも今はまだ忘れていて良いの。今だけは思い出したくないわ。