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 目的なく歩き回ったかと思っていたが、気が付けば、私たちは大きな塔の下に来ていた。


 古い石造りの塔は苔むして、佇まいはいかにも町の重鎮といった雰囲気を醸している。

 私が見た印象としては、城の塔よりも高いのではないだろうか。



「ここからは見えないけど、塔の天辺には、鐘があるんだ。この町の名物なんだ。ちょっとすごいぞ」



 アートは私に手招きをして、当然の顔をして塔の中に入る。


「ちょっと、勝手に入って良いの?こういうのって管理している人以外入れなんじゃ……」


「大丈夫、管理しているの俺の家」


「え?そうなの?」


「そう、だから、扉も開いただろう?管理者として登録していない人では絶対開けられないの」


「そう……そうなら良いけど……」


「さ、行こうぜ」



 本当に良いのか。私は言葉を飲み込んで、中へ入った。


 

 塔の中はいつくか設けられている窓から差し込む明かりだけで薄暗く。そのおかげか外よりもいくらか冷やりとしている。

 螺旋状の階段がひたすら上へ続いているだけの質素なつ造りで、窓に嵌められているガラスは色なしだが、曇っていて灰色がかっている。



「体力には自信があるんだろう?来いよ。すごいの見せてやる」



 暗くて陰気な場所。いざとなった時逃げ場もない。リスクが高すぎる。私の中の理性が告げた。


 だから、本当は断ってしまおうかと思った。


 だけど迷っている間に、アートは階段を先に行ってしまい、私は意を決して上り始めた。



「手すりないから気を付けろよ。体力に自信のあるあんたなら、もちろん大丈夫だよな?」


「も、もちろんよ。それから私はアイナよ。言ったでしょう?アイナって呼んで」


「別に良いじゃねえか。あ、足元、本当に気を付けろよ」


「え、ええ……」



 手すりもない階段は、実は慣れていない。


 こうしていると、少し怖かったりもするのだけど、そんなの私のプライドが許さなかった。


 壁に両手を付けて、一段ずつ、慎重に上がっていく。



 ああ、私今気が付いた。

 私っては高いところがそんなに得意ではないみたい。



 下を見て、それから上を見て、どれだけ高くなるのか、想像すると足が竦んだ。


 情けない顔で、立ちすくむ私を見て、アートは大げさにため息を吐いた。

 


「ったく、しょうがねえな。ほら、手かせ」



 森では私の手を振り払ったのに。



「いいの?手を繋ぐの……嫌じゃないの?」



「別に嫌とかじゃ……ってかここではまた別だろ?嫌なら良いんだ。自分で登るか、降りても良いんだぞ?」



「待って!」



 私は下ろされそうになった、彼の手を慌てて掴んだ。


 傍から見れば、保護者に引率される子供だろうが、やはりというか、私はすごく心臓が早くなる。


 姫という立場上、異性との触れ合いは最低限しかない。こんな風に体温を感じられる程、近づいたのは護衛のカクと国王であるお父様のみだ。



 こんなにドキドキするのは、初めてだから?それともこの人だからかしら。



「言っておくけど、時間がないから仕方なくするんであって、別にお前がどうとかないからな」



「そんなに念を押さなくてもわかってるわ。まったく、あなたって雰囲気を壊す天才ね」



 彼の言葉はまるで私の心を見透かしたようで、私は一人盛り上がっていたのが、とても恥ずかしくなる。私は別にショックなんか受けてない。呆れて溜息を吐いた。



 だって、本当に言われなくても、ちゃんとわかっていたもの。



「さあ、登りましょう」



 私はアートと手を繋いだまま、階段を一段上がった。


 彼が手を繋いでいてくれるなら、いくらか気持ちを落ち着いた。これから竦まず階段を登れそうだ。



 でもどうした事か、肝心の彼は、登ろうとしなかった。とても真剣な眼差しで、私を見下ろしている。



「どうしたの?」



 私はまた何かを可笑しなことをしてしまっただろうか。彼を呆れさせてしまっただろうか。


 私は首を傾げ、彼の返事を待ったが、結局、私の問いに対する答えは返ってこなかった。



 アートは何も言わず身を屈め、不安にしている私を引き寄せ、腰に手を回した。

 私を抱き寄せたかと思えば、今度は彼の大きな手が、指を絡ませ、私の手を包み込んだ。


 掌に伝わる熱が、さっきよりずっと近い。



「え?何?」



 ダメよ!さすがにこれはアウトだわ!淑女としてあるまじきことよ。


 戸惑いつつも心臓は期待に早く打つ。顔が熱くなり、鏡がなくとも、自分の顔が真っ赤になっているのが分かる。


 ここが薄暗いのも感謝するばかりだ。そうでなければ、色々な事が彼に筒抜けだっただろう。



「ちょっと黙ってて」



 アート顔が私の手と、触れそうなほど近づき、それに伴い、私と彼の体も近づく。


 彼の息遣いを感じた、ほぼ同時に風が湧き起こり、彼の黒髪が風に踊る。私のドレスもはためいた。



「俺は魔力を開放する。彼女に羽を、俺は風になろう」



 アートの唇が、私の手の甲に押し当てられた。

 

 風はいよいよ強くなり、片手ではスカートを押えきれなくなった。


 突然起こった一連のアートの行動は、私には情報量があまりにも多かった。


 驚きやら恥ずかしいやら、戸惑う私を見下ろすアートは仏頂面で、何も答えてくれない。



 彼が階段を軽く蹴った。



 すると、私の体は、彼と一緒にふわりと宙に浮いた。



「手を離すと落ちるから」



 言われなくても手は離さないし、それどころか両手で、彼の片手に捕まった。体は強張って、手に力が入る。


 私はまるで風に翻弄される羽のようにフワリ、フワリ舞い上がった。








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