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槍使いの一撃目は耐えた。
けれどその瞬間魔法具はさらにヒビを増やし、敵の女は目ざとく見止めるとニヤリと笑った。
「やっぱりそうだ!お前の防御魔法はもう長くは持たない!魔法具さえなければ、魔法が使えないカラスなんて怖くないんだ!」
高らかに笑う女の声が庭中に響き渡り、下品な笑みを浮かべた仲間たちが武器や杖を構え、私ににじり寄ってきた。
「おめでたい方たちね」
魔法具がなくなれば、私を簡単にやれると思い込んでいるなんて。
足をより強化するわ。
この場の誰よりも早く、目に止まらない程の速度で駆ける足を作るわ。
私に残された時間は少ないみたい。元よりそのつもりだったし、アートが逃げる時間を稼げればそれで良かった。
けれど、ちょっとだけ欲が出た。
アートと一緒の未来を見てしまい、あり得ないと思いつつも期待した。私の王子に対する感情だってアートと接している内に、いつか消える日が来るんじゃないかって思えた。
ここに来てかなりの進歩よね。私、すごいわ。
「私、体力には自信があるのよ」
両手の棒を強く握り絞め、私は武器を強く振るった。
四つ折りの棒だった武器ははいきなり倍に伸び刀身へと変化を遂げ、浮足立った敵の腹を切り裂いた。
切られた敵が膝を地面に付く前に振り抜きながら、隣で呪文を唱える男を切り付け、後ろから襲い掛かろうと剣を振りかぶった女の腹を一突きした。
ただその間も魔法具は何度も魔法を弾き続け、けれども五人目が地面に沈んだ時、ついに効力を目に見えて落とし始めた。
バチン!
魔法を弾く音がした。
けれど敵の放った魔法が威力を落としつつも、私のこめかみを捕え、私は軽いめまいを覚えた。
ゲスい笑いが敵から沸き上がった。
生まれた隙を突き死角から伸びてきた槍を、魔法具は急所を逸らしつつも完全には防げず、槍が脇腹を掠めた。
風を纏った刃が肉を裂くと同時に、まるでミキサーにかけているかのように抉り、細切れにされる。
私は歯を食い縛り痛みを堪えた。
「ぐぅぅっ……」
槍が伸びてきた方。左に体を捻りつつ、片方の武器をさらに伸ばした。倍に伸びた武器は、今度は柔らかな鞭へと変化し、槍使いの首に巻き付ける。
私は間を入れず鞭を引き寄せ、もう片方の武器の刃で彼女の腹を突き刺し、真横に振り抜いた。彼女は一瞬にして事切れ、苦し気に歪んだ表情のまま地面に崩れ落ちた。
厄介な敵を一人屠ったと思った次の瞬間、背中にこん棒が振り下ろされた。釘が私の皮膚を削り、ジワリと血が染み出してくる。
「攻撃がぬるいじゃなくって!?」
私は鞭を剣に戻しつつ、回転しながら相手の足をすくう……つもりだったが、一歩遅かった。
敵の男は刃の僅かに届かない所で、血の付いた棍棒を振り回しながら、ニヤニヤと私を見て笑っている。
「仲間が殺されてるっていうのに愉快なんて、さすが外道ね」
「言ってろ。俺たちには俺たちの正義がある。仲間の仇を取れるって時に喜ばないやつはいねぇよ」
そこからはまさに乱戦だった。私一人を、まだこれだけいたのかと思う程の敵が襲った。
私は徐々に追い詰められていき、噴水の横を通り過ぎ、雑草だらけの花壇を踏み荒しながら、いつの間にか、屋敷の柵を越え、屋敷の東側にある崖に来てしまっていた。
最後の方は誰を切ったのかさえ、よく覚えていない。
気が付けば棍棒を持ったあの男は消えており、屋敷の三階で銃を構えていた女が銃の代わりに杖を構え、槍使いの女が持っていた槍を別の男が持っていた。
どれだけの時間が経ったのか、検討もつかない。夜はすっかり明けて、太陽はそろそろ屋敷の向こうから顔を出そうとしている。
無事でいる者など一人としていなかった。敵も至るところから血を流し、一人は地面に片足を付けながら、私に杖を向けている。
私はというと脇腹は切られ、ズタズタにされた借り物の上着は血が滲み染みになっている。
むき出しの足も無数の切り傷と痣とで、こうして立っているだけで辛い。骨も折れているかもしれない。
息は荒く、頭から流れ落ちてくる血が目に入りまともに開けられない。顔もアザだらけで、今の私を王女だと言って、誰が信じるだろう。
それにしても…………
アートは無事、誰かと合流できたかしら。
もう、良いかしら。私――――
一瞬、本当に僅かな時間、気が逸れ力が抜けた。
「くたばれ!」
ハッとした時には、もう杖から魔法が放たれた後で、私は正面から迫ってくる水の塊に目を見開いた。
切る事も打ち散らす事もできず、かといって避ける事もできず、私は崖の向こうへ、海へ落ちてしまったのだった。




