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 アートと言う通り、町は近かった。あっという間にたどり着いた。


 もう少しだけ、町が遠ければ良かったのに。私は心の中でそっと思った。



 町は侍女たちから聞いていたより、ずっと賑わっていた。


 侍女たちは辺鄙な場所だとか、人が少なくて、寂しいとか言っていたが、まったくそんなことはない。



「すごい、話に聞いていたよりずっと人がいるわ。アート!」



「本当に町に出るのは初めてなのか?小間使いなんだろう?」



「あら、私くらい下っ端だと、お金なんて預けてもらえないのよ。だからお使いはしたことないの。いつも中で雑用ばかりよ」



 彼は少しの間、堪えていたのだけど、たまらず吹き出した。



 私には今のどこに、笑う要素があったのか、わからない。


 でも訊ねて彼が答えるに、私が偉そうに言ったように聞こえたそう。


 

 いつも通りに喋ったのだけど、もしかして私は普段から”偉そう”なのかしら。気を付けなければ。



 町の一番大きい通り(と言っても王都のより狭いの)には、多くのお店が立ち並び、人でにぎわっている。



 野菜や果物はそのままの形で売られ、日常の小物から、素敵な装飾品まで。いろんなお店がある。



 その中で香ばしい香りに引き寄せられ、私は一つの屋台を覗いた。



 屋台では魚の形をした焼き菓子並べられている。



「いらっしゃい!」



 鉄板の上で焼き菓子を、器用にクルクル回転させるおじさんは、低く威勢の良い声を出した。



「いくつ包みますかい?」



「あ…ごめんなさい。私今お金を持っていないの。それなのにどうしても美味しそうで、つい覗いてしまったわ」



 こうした店では金を持たない人は、客ではない。


 以前他の町で失敗してからは、気を付けていたのだった。うっかりしていた。



「これくらいなら俺が奢ってやる。さっきの詫びだ」



 アートがコインを二枚屋台のおじさんに渡した。


 おじさんは白い紙に、魚の形をした焼き菓子を一つずつ包むと、一つをアートに、もう一つを私に渡してくれた。ニコニコ笑っていて、私に良かったねと言った。


 嬉しくて私もおじさんに、ありがとうと返した。


 この際子ども扱いされた気がするのは、きっと気のせいであるとしておこう。



「本当に良いの?」



 一口食べる前の最後の確認はしておこう。後になり、返せと言われてはかなわない。


 でもいらぬ心配だったみたい。彼はバツが悪そうにはにかんだ。



「うん、だからさっきの、これでチャラな」



 さっきのとはもちろん年齢を間違えた件だ。



「ええ、もちろんよ。ありがとう」




 アートは通りを歩きながら、焼き菓子を頬張った。



 あんまり大きな口を開けるので、驚いて見てると、焼き菓子は、たった二口でなくなってしまった。



「何だ、食べないのか?」



 アートは焼き菓子を持ったまま、食べずにいた私を不思議に思ったみたい。


 歩きながら食事をする経験がなかったので、うっかりしていただけだ。


 庶民がそういう食べ方をすると、知識としては知っているけど、実際にしてみようとなると、羞恥心が邪魔をする。


 私は横目で道行く人々を見た。けれども誰も私たちを気にする様子はない。


 本当に歩きながら食べていいのね。初めてだからちょっと緊張する。



「た、食べるわよ」



 せっかくなら私も、彼のように食べてみようと、大きく口を開けてみた。


 焼き菓子を口に頬張る直前、アートがこちらをずっと見ているのに気が付いた。



 やっぱり大きな口を開けて食べる女の子は、はしたないと思うかしら。



 私は少し迷って、結局ちぎって食べた。


 アートはそれを見て私をからかってきたけど、私はアートが悪いのよって返した。



 だって本当のだもの。




 歩きながら彼とはいろんな話をした。と言っても私が質問して、彼が答えるってばかりだけど。



「この町にはどれくらいの人が住んでいるのかしら。あなたは数えたことある?」



「か、数える?まさか。だって数えきれないほど住んでるんだぞ?」



「そうよね。数えきれないほど住んでいるのよね。ならこの町で一番おいしい食べ物って何かしら?さっき食べたのもすごく美味しかったわ。他にもあるの?」



「ならスピンだな。この町一番の名物で一番美味い!」



「本当?どこでも食べられる?次に来た時はきっと食べなくちゃ。あ………今度は私が奢るわ。また、一緒に食べてくれる?」



「え、あ、ああ、良いよ。奢りならな」



「本当!?絶対よ?約束ね。あ!この町で兆しの花は咲くのかしら?私家の庭で育ててるの。本当は自生しているのを見てみたいの。だけど、気候が合わないみたい」



「兆しの?……ああ、町の北の山で咲いているの見たことがあるな。でも咲くのは冬だし、今は見れないよ」



「まあ!じゃあ、冬にもこの町に来なきゃ。今年の冬は来れるかしら。アートのおかげで、町に来る楽しみが増えたわ。ありがとう」



「俺は何もしてないよ」



「ふふっ、その言い方まるでアノ国の英雄みたいね」



「あの国の英雄?それってどの国だよ」



「違うわ。愛の逢香る国、通称アノ国。その国の英雄の口癖にソックリなのよ」



 アートはアノ国の英雄の話を、詳しくは知らないみたいだった。


 アノ国の英雄の話は割と有名な話で、小さい頃から寝物語に聞かされていたが、庶民の間では一般的じゃないのかもしれない。



「そういえば、そんな話あったような気がする。小さい頃本で読んだのかなあ」



「アートは本が好きなの?どんな本を良く読むの?」



「本は好きだよ。短編の小説とかよく読むかな?あと、魔術の専門書とかね」



「そうなのね。すごい、私は物語を聞いている方が好きだわ。本を読んでると眠くなってしまうの」



 アートのお喋りは楽しかった。

 私は街並みを見ているよりも、彼の顔を見ている時間の方が長かったかもしれない。


 でも恥ずかしいから、これは心の中にそっとしまっておくの。






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