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 火事を起こしたのが誰かと考えた時、一番可能性が高いのは、始めに襲ってきた反王政過激派の二人組だ。

 この煙が過激派の仕業であるなら、事態はかなり深刻になってくる。


 彼らの本命は私じゃない。お父様だ。


 私だけを標的にすれば、成否はともかく警戒を強め、結果、最大の目的であるお父様の殺害は達成されない可能性が高くなる。やるなら一斉にだ。



 つまりどういう事かというと、過激派は今日クーデターを起こすつもりかもしれない、という事だ。



 過激派の二人とは違い、エグモンドおじ様は私を見て本当に驚いているようだった。私ではなく、過激派の二人が目的であったのは間違いはず。


 気になるのは指示役の質問に、予定とは違うなどと返していたあれ。


 もしかすると、エグモンドおじ様は、私の殺害を反王政過激派の仕業に見せかける計画を立ていたのかもしれない。


 クーデタ―の中で私が殺されるなら、おじ様は手を汚さずに時期王の座が手中に収められる。

 けれど、その作戦はおじ様がクーデターを鎮圧できるという前提の元に成り立ち、リスクも大きい。


 私ならクーデターの鎮圧はお父様に任せて、自分は隠れて王女殺害の工作をする。


 過激派の誰かを捕まえて、私を殺した後に、犯人だと突き出せば良い。クーデターの最中なら言わずもがな、クーデターの後だとしても誰が疑うだろう。


 誰もが信じるはず。

 失敗し処刑された仲間の報復に私を殺害したって、何らおかしくはないのだから。


 おじ様がどこで過激派の情報を掴んだのかは分からないけれど、おじ様は私ではなく過激派の二人を追ってきた。


 つまりそういう事だ。



 怖い。もしもお父様とお母様に何かあったらと思うだけで、これ以上はないくらい怖ろしかった。


 マンナは?カクやあの子は?侍女たちは殆どが戦えない者達だ。彼らにも殺意が向けられたら、本当に無事でいられるのかしら。


 一つ望みがあるとすれば、エグモンドおじ様が過激派の二人を捕えに来たという事実だ。


 クーデターが失敗したからこそ、私を殺害する役目の者達が必要だったはず。クーデタ―が成功したら、王座も何もなくなるものね。きっとそうよね。


 だから、きっとお父様もお母様も無事のはず。私の身代わりのあの子も……きっと。






 私とアートは前も見えない煙の中を、手を繋いだまま進んだ。


 煙の中は苦しくて、目も開けられなくて。

 それでも、繋いだ手を引かれていると、不謹慎にも心が踊った。


 風さえあれば、どこへでも飛んでいけるような気がした。


 あり得ない妄想だ。実際には飛んでいるのではないし、風もじきに止む。


 そして、下へ落ちていくのだ。




 煙の外に出られたのは、案外早かった。


 跳んでいる私たちの前に町並みが広がる。ネオンが煌めいていた町は、今は影を落とし 火事の明かりと悲鳴らしき声が飾る。


 ゾッとした。

 眼下に広がる光景が、お城と重なった。


 お父様が血を流し、お母様が悲鳴を上げる。マンナときっと#私__・__#が二人の前に立ちはだかり戦っている。


 そんな光景が脳裏に浮かび、私は無意識にアートの腕にすがり付いた。



「酷い……」



 震える私の肩をアートが優しく抱き寄せ、まるで当然の様に私も彼に体を預けた。


 体が密着する。

 肩を抱くアートの手が大きく感じるのは、不安のせいだ。服越しでも伝わってくる、筋肉質で固い体が意外で頼もしい。


 王子に対する憎しみがなくなったじゃない。こうしている間も私の心の中では、憎しみの炎がチリチリと燃え、肌がビリビリとしている。


 どうして、私がこんな思いをしなくてはいけないのか。もしも普通に育っていたら、命を狙われる日常なんてなかったはずだ。


 お前さえいなければ…………王子さえいれば…………


 けれど、それでも、私にはこの温もりが何よりも心地良く、手放すなんてできなかった。




 私たちはその内推進力を失い、徐々に下へ下へと緩やかに落ちていくだろう。


 このままだと向こうの方に見える白いビルか、手前のそれよりは低い建物が着地点になるかな。


 中途半端だと、ビルの壁に衝突するかも。


 ぼんやりとしていたら、ぶつかってしまいそう。無意識に手に力が入る。


 着地点とおぼしき場所を見やる私が、不安げに映ったのかもしれない。アートが私に言った。



「大丈夫、俺がいる。ぶつからないようにするさ」



「別に。激突しても平気よ。どこまで行けるか、気になっただけだから」



「ア……あなたが望むのなら、どこへでも。風があるかぎり、どこにだって行けるんだ。今なら……きっと」



「…………どこにでも行けるって、きっと素敵でしょうね」



 なんて甘い……甘い夢。


 目覚めた時虚しくなる、一番見たくない夢ね。




 

 ビルの手前で強い風が起こり、私たちは風に押し上げられる形でビルを乗り越えた。


 体が浮き上がる感覚に心が踊ったのは隠しようのない事実だ。


 もっと遠くへ。そう言えばアートは何度だって風を起こしてくれたはずだ。


 けれど、私は言えなかった。


 その後に向かっ瓦屋根のビルへ緩やかに降りていく間、私は相反する二つの心に挟まれながら、夢から目覚めた時のような、虚ろな感覚を味わっていた。



 現実逃避だ。これからの事を考える。



「………………」



 きっと追手がかかってるわね。かなり強い風だったけれど、致命傷とまではいかなかったでしょうし。



「あの…………」



 まずはお城に行くべきかしら。皆の安否が気にかかるもの。



「えっと……」



 でも危険かもしれない。だって、今はアートがいるもの。



「そろそろ……」



 まずは緊急用の隠れ家に避難するのが先ね。ジージールも私が宿にいなければ、最後にはそこにくるでしょうから……



「あ…………アイナ……様?」



「へ?」



 私がようやく反応を返した時、アートはぶっきらぼうに顔を背け片手で顔を覆い隠していたが、耳まで真っ赤だった。


 なんて事、私降りた後もずっとアートに引っ付いたままじゃない。



「ごめんなさい!」



 私は慌ててアートから離れた。



「いや!それは別に……良いんだけど、さ」



「そう、なの…………良いの……」



 何これ?恥ずかしいわ!



 今はこんな不埒な雰囲気を醸している場合ではないはずよ!?


 私の想像でしかないけど、クーデターの真っ最中かも知れなくて、私は襲われている最中なんだからね。



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