表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/64

35

 今から城へ? 冗談でしょう?


 城へ送ろうと言われ、まずは思ったのはそんな言葉だった。


 今、エグモンドおじ様に連れていかれるわけにはいかなかった。もしそうなったら、きっとお父様とお母様が悲しむだろうと、結果が目に見えていた。



「さっき、マンナに連絡しましたの。ここで待っていないと、マンナが困ってしまいますわ。それに私、パンフレットを買うの、まだ諦めてませんの」



 焦りから適当に口に出してしまった言い訳は、ここに残る口実としてはかなり苦しい。何せ、突っ込み所しかない。



「何でそうなるんだ。好きなものに情熱をかけるのは大事だがな、まずは身の安全だ。お前は次期国王となる身だ。パンフレットは後で、誰かに任せれば良いだろう」



 エグモンドおじ様の言い分はごもっともで、反論の余地などない……普通なら。けれど今は非常事態の真っ只中。反論の余地がなければ作れば良い。



「自分で買うから良いのではないですか。おじ様は女性を口説く時、他人に任せるのですか?」



「それとこれとは違うだろう?」



「似たようなものですわ。他人が買っても、自分で買っても手元に残る物は一緒です。ですが、劇場で観劇した後、感動に浸りながらパンフレットを買うという体験は、自ら赴かなければできません。女性を口説き落とし、デートできたとしても、自分で口説かなければ、彼女の態度の変化、ふとした時の表情を見れませんわ。おじ様」



「なるほど……納得した。けれどだ。よく考えて見ろ。この混乱の中、劇をすると思うか?」




 ぐぬぬ……さすがエグモンドおじ様。


 一番痛い所を付いてくる。


 理解できるわ。だって、私も全く同じ意見だもの。



 けれど、もしもこれが、本当に町中を巻き込んだ火事ならの話で、まだエグモンドおじ様の話の隙を突くことはできる。


 ただ、今それを口に出すべきか否かは別問題だ。


 こうなった以上、せめて私は、本来の役目くらいは全うすべきだとも思ってきている。



「それに、また襲われたらどうするつもりだ。刺客があれだけとは限らないんだぞ?だから、私に君を城まで送らせてはくれないか?」



 口で言いくるめるのは完全に失敗した。


 せめて私にマンナくらいの説得力というか、ゴリ押し力というのか、そういった能力があればこんな場面でもなんとかなったのかしら。

 もっとしっかりお勉強しておくんだったわ。


 エグモンドおじ様の手が私に伸びてくる。

 私の役目を考えるのなら、この場合、私は大人しくエグモンドおじ様について行くべきだった。



 そしたらその後、アートはどうなるの? 


 

 芽生えた一抹の不安は、咄嗟の行動に現れる。

 私はつい、エグモンドおじ様の手から逃れ、一歩後ろに下がってしまった。


 エグモンドおじ様がハッとして、目を軽く見開いた。



「……子供ではないのだから聞き分けなさい」



 エグモンドおじ様の言葉に怒気が孕む。

 状況はすこぶる悪い。もしかしたら、#気付かれたかもしれない__・__#。


 だって、この状況で劇を見たいだなんて。子供じゃないのだから。


 腹をくくるべきか、私はグッと奥歯を噛みしめた。


 けれど、私が拳を握ろうとした、まさにその時だった。



「大変不敬とは存じますが……ここは私にお任せ下さいませんでしょうか」



 突然、私とエグモンドおじ様との間に、アートが割って入ってきた。


 いくら彼が本物の王子といえども、彼の意識は下位の貴族。王族に逆らうのは恐ろしいかったに違いない。顔が見えなくとも、声色に必死の覚悟が滲む。



「君はアイナの護衛だな?部が過ぎる。下がれ」



「アイナ様は私が必ずお守り致しますので、どうか……」



 フンッ……エグモンドおじ様が不機嫌に鼻を鳴らし、部屋の外に出ていった。



 もしかして、見逃して……くれた? 


 エグモンドおじ様から放たれる独特の気配に、ゾワリと全身鳥肌が立った。

 魔獣と対峙した時によく感じた()()によく似ているけれど、それよりも、もっとねっとりとした薄暗い気配。



「…………っ」



 もう猶予はない。確信した私はとっさに、アートの腕を引き窓から逃げようとした。


 けれど、やはり私は焦って冷静じゃなかった。

 自分たちが囲まれている事もすっかり頭から抜け落ちていたのだ。


 窓の前で武器を構えた覆面が、ぴっと私に杖の先を突きつける。


 私一人なら間をすり抜け逃げる事もできたかもしれない。けれどアートを連れたままでは、それも難しい。


 自分が背を向けたとたん、逃げる素振りを見せた私を、エグモンドおじ様が意地悪く笑った。



「まるで私が君に害をなすかのような態度だな。不愉快だよ」



 不愉快だと言いつつも、エグモンドおじ様は笑みを浮かべている。


 その表情はいつものエグモンドおじ様とはまるで違っていて



「おじ様……信じたかったのに……」



 いつもの優しい笑みを浮かべ、大事な身なのだからと叱咤してくれるおじ様が、本当のおじ様なのだと思っていた。好きだった。それなのに……



「どうして……」



 泣きたくて堪えるから、声が震えた。



「#お前で最後__・__#だ…………やれ」



 最後の一言に息をのむ。



 覆面集団の指示役が手を上げ、それを見たアートが私を小さく抱き抱え、覆い被さった。



ーーバン!ーー


ーーダン!!ーー


ーーバン!バン!ーー




 魔法を弾く激しい音と衝撃がアート越しに伝わってくる。



「本当によろしいので?」


「ああ、予定と違うが問題ないだろう。部屋のすみに置いてある荷物は綺麗に片付けておけ」


「承知しました」



 こんな奴ら、私が蹴散らしてやる。そう思うのに、体が動かなかった。



「おじ様……」



 呟きと一緒に涙が零れた。



「杖がなくても魔法は使える。助けが来るまでは、俺が守るから」



 アートの言葉にハッとする。


 そうよ、私戦わなくてはいけないのだわ。その為の王女だった。それをすっかり忘れて、憎い相手に守ってもらうだなんて、無様ね。



 けれど……それでも……考え方を変えれば、王子を盾にするなんて気持ちの良い物かもしれない。


 だからこのままアートの腕の中にいても良いかもしれない。


 きっとすぐにマンナかジージールが来てくれる。その時まで持てば良い。


 最悪の事態を免れさえすれば……。



 期待とは裏腹に時間は無情に過ぎていき、攻撃はなおも激しくなっていく。



「ふふっ……フハハハ!」



 エグモンドおじ様が声高く笑った。



「助けなら無駄だぞ、お前の蝶なら私が握りつぶしたからな」



「な!?」



 蝶って私が飛ばした?


 潰されたということは、知らせが届いていないということで、つまりマンナは何も知らず、今も城で私の帰りを待っているということだ。



「マンナ……」



「ではな、アイナ。向こうで兄弟たちと無事出会えるのを祈っているよ」




 




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ