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「確かにお城に行きたいと願いましたけど、それは……その……」
アートは何度も言いかけて、言葉を飲み込んだ。その度、訴えてくる眼差しに、私は苛立ちを募らせていく。
あなたが何を言いたいのかなんて、私には露ほども関係ないの。
今までぬくぬくと生きてきたのでしょう?
なら、あなた、せめて、私の目的の為の、糧となりなさいな。
私はこの作戦の為に用意した指輪を指にはめる。幅広で厚め、銀発色の特出すべきものがないシンプルなデザインが、私の指にしっくり馴染む。
「さてと、まずは……」
私が指先にアートの髪を絡め遊ぶと、拘束された体が一度だけビクついて硬直する。表情から彼の緊張が伝わってくる。
私は急に面白くなくなって遊ぶ指を止めた。
まずは髪色を変えようかしら。白を連想せず、周囲に埋没する色が良いわ。
黒はもちろんダメ、濃くてはっきりとした色は目立つわね。中には二色持っている者もいるけど、多数というわけでもない。
侍従長と同じ髪色はどうかしら?
侍従長の髪色はくすんだ茶色味を帯びた緑色。一般的にも多い色味をしており、城で従事している者にも多く見られる。
次は顔をだけれど、どうしようか。お父様によく似た顔立ちはそのままにはしておけない。
一応、マンナの親戚という呈で城に連れて行くという設定だから、あの二人に似せた方が良いかしら?
それなら……
「決まりね」
私は呟いてほくそ笑んだ。
「何を……」
「人間のままいたければ喋らない方が良いわ。初めては痛いって言うしね」
アートの外見を作り直す為、私はありったけの魔力を指輪に注いだ。指輪が淡い光を湛える。
人体の外見をいじるのは、実は初めてだ。使い方も昨日教わったばかりで、多少なりとも緊張している。
頭の中に明確に完成した姿を思い描くと、徐々にアートの顔がその通りに変化していく。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……」
痛みと苦痛を味わっているのか。アートは悲鳴を上げる事すらできず、白目をむいて、奇声を上げた。
苦しむアートに対し、いい気味だという皮肉めいた気持ちと、苦しむアートを見たくないという矛盾した気持ちがせめぎ合う。
弱い私が目を逸らしたいと囁く。だからこそ、私は目の前で苦しむ男を、しっかりと脳裏に焼き付けた。
殺したい程憎い人でも、彼は確かに、私が愛した人なのだから。
「あ?」
黙って見守っていたジージールが小さく声をあげた。それに対して、私は軽い苛立ちを覚えた。
ただ、ジージールはそれ以上言わなかったので、私も構わず続ける。
ジージールは何に疑問を持ったのか。知ったのは、顔の変形が済んでからだ。
無事に終わり、私が改めてアートの顔を眺めた時、私はジージールと同じく首を傾げた。
「あれ?これって……もしかして……」
馴染みはないけれど、知った顔だ。
懸命になるがあまり、記憶の中かから引っ張り出されてしまった懐かしい記憶。ジージールがこっそり見せてくれたご先祖様の写真に、アートは良く似ていた。
私とジージールはアートに聞かれないように顔を寄せ、小声で話す。
「やっぱりそうだよな?」
「さっきあんな話したから……」
「これだと、たぶん、バレるな」
ジージールは誰にとは言わなかったけれど、たぶんマンナに……だよね。
「やっぱり?不味い?」
「まあ、写真を見せるだけなら問題ないんだ。絵姿は一応公表されているわけだし。でも他の事も芋づる式にバレそうなんだよな。だから……もっと目を垂れ気味して、鼻を高くすれば……唇も分厚くしたり……」
「それだけで変わる?」
「割とな」
ジージールに言われた通り、目をタレ目気味にし、鼻の形を変える。
やっぱりアートは苦しそうで、私は自分でも知らない間に笑みを浮かべていた。痛みに引きつる顔、潤んだ目がそんな私を映しだし、私は思わず目を逸らした。
プツンと魔法が途切れる。
中途半端な仕上がりだ。けれど、受ける印象はさっきとはがらりと印象を変わる。知らなければ、気付かないかもしれないし、憎悪もわかなかったかもしれない。
ジージール達に話した計画だと、私はこの後しれっと城に戻り、アートはマンナが自分の親戚だと言って、城の仕事を紹介する手筈になっている。
マンナが親戚を気にするがあまり、私の傍を離れ、カクもいないとなれば、敵も襲ってきやすくなるだろうと。私はそいう言って彼らを説得したのだ。
準備が整い、#そろそろだろうか__・__#と、私が窓の方を見た。その後だった。
――キャー!!!――
外で悲鳴が上がった。
ジージールが警戒体勢に入り、私はアートの縄を切っていく。
緊急時にはそのようにするとあらかじめ決めていたからだ。さすがのジージールも尊き王子をそのままにしていては戦いにくいでしょうからと。
「間違えて切ったらごめんなさいね」
幼い頃から戦闘訓練を受けている私は、もちろんナイフの扱いにも慣れている。通常であれば、誰かを切ったりしない。
けれど、そのくらいの脅しは許されるだろうと思った。アートが少しでも怯えてくれれば、それだけで気分が良いと。
我ながら性格が歪んでいるなと思う。
アートは、光源を反射し白く光る刃が肌に当てられた瞬間、身を強張らせた。
歯を食いしばり、ひきつる頬がヒクヒクと痙攣しているのだけれど、何故か笑っているように見える。
「貴女につけられる傷なら、寧ろ誉でしょう。喜んでこの身にお受けしたします」
震えているくせに。怖いくせに。強がり言って。本当に…………鬱陶しい。
本当に傷をつけてやろうか、悪い考えが脳裏を過る。けれどもほぼ同時に、私に刷り込まれた私の存在意義――結局は王子を守る為の存在である――が手を止めさせた。
記憶の中のお父様とお母様が、刃を王子に向ける私を咎め、ロープだけを丁寧に切るように訴える。
私は一度、目を閉じ息を吸った。
泣きそうになるのを堪え、震えながら息を吐き出した。




