表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/64

27

「たった1日会わなかっただけなのに、久しぶりな気がするわね」



 お茶を一口飲み、私は言った。


 城内の私のお庭、中央に設けられたドームの中で。


 私とネイノーシュは二人っきりで、テーブルを挟んで向き合っている。



 今、二人っきりと言ったけれど、ドームの外には、お互いの付き人や護衛の兵士が、それぞれの背後に控えているのだから、厳密にいえば違う。

 更には、そのドームの壁は透明で、私たちを隠す物は、何一つない。


 ネイノーシュの背中越しに、彼の視線が刺さる。それは痛い程に。

 彼の瞳に映る憂いはますます色濃く、私も苦しくなる。


 私はテーブルの下、膝の上で拳を握り、もう片方の手で震える拳を隠した。

 どうしたって彼の方を見てしまいそうになるのだ。ピントの合わない意識を、懸命にネイノーシュに合わせた。



「この前、渡しした物。アレはどうだった?」



 私ははっきりとした物言いを避けた。

 私がネイノーシュに渡した物など、一つだけだ。もちろん彼も解っている。

 ネイノーシュがニコッと微笑む。



「大変興味深い小説でした。姫は普段あのような本を読まれるのですね」



 へぇ……そういう、設定にしたのね。確かに、すべて創作なのだから、小説とも言えるかもね。



「ここでの会話は外には漏れ出ないわよ。いつも通りに呼んでくれないと、寂しいわ」



 庭全体に張られた結界のため、基本的に、この庭では魔法が使えない。


 唯一、魔法が生きている場所がこのドームだ。ドームの外へは決して音が漏れ出ず、ガラスの様な壁は強靭で、ナイフくらいでは傷すらつかない。


 とはいえ、訓練を積んだ者ならば、声は聞こえずとも、唇の形で内容がわかってしまうという。


 なので、このくらいの用心は必要だと思う。



「それではアイ……これで良いか?」



 ネイノーシュは背後を気にしつつ、言いにくそうに、私の愛称を口にした。


 アイは日記を書く際、私が自分で考えた愛称だ。


 世の中のカップルは、お互いを二人だけの愛称で呼び合うらしい。

 お忍びで逢瀬を重ねる二人が、実名のままというのは不自然だろうと思い、考えた設定だ。




 それにしたって、しっかり日記を読み込んでいるのね。


 まったく、感心な事。




「はい、ネノス。ようやく二人っきりに……」



 私はドームの外で待機している付き人や護衛達に目をやり、肩を竦めた。



「とはちょっと違うけど、これで思う存分お話ができるわ」



「そうだな。じっくり話したいと思っていたんだ。気兼ねなく話したのは……夏が最後だったかな」



 ここからは情報のすり合わせだ。思出話という名の、確認作業をする。


 あの日記には日付は入っていない。

 内容を考えている時に、そこまで気が回らなかっただけなのだけれど、今となっては、これ程好都合はない。



 日記によると、私たちは私が夏に訪れる別荘の森で出会い、毎年逢瀬を重ねて来た事になっている。



 この日記のすごい所は、当時の状況を忠実に反映している所にある。

 なので、ユーインがいた頃の日記は私が城を抜け出して、ネイノーシュに会っているし、ジージールが護衛に付くようになってからは、夏の別荘のみの逢瀬に限定されている。


 ネイノーシュの都合さえ合えば、矛盾が出にくくなっているのだ。




「あの小説をしっかり、読んでいるのね。あなたの好みに合っていたか、ちょっとだけ気になっての」



「そんな事……とても面白かったよ。恋愛小説はあまり読まないから知らなかったけど、面白いのだな。読んでいて切なくなった」



「まあ!本当?勧めたかいがあったわ。嬉しい」



 私はカップを手に取り縁に口をつける。口元を隠すためだ。



「所詮は身代わりなのに、頑張るのね」



 ネイノーシュが目を見張る。それからハッとして、優しく笑んだ。


 ただ、先程までの笑顔よりやや硬く感じるのは、単に私の思い込みかもしれない。



「私ね、あなたの隣に座りたいわ。良いでしょう?」



 ネイノーシュは拒否しなかった。自身が座る椅子を私の横に移動させる。


 ドームの外が慌ただしくなったが、気にしない。中まで入ってきたなら、問題だったけどね。



 私は自身の椅子を、さらにネイノーシュの物に付けて置き、私自身も腕を絡ませ、ネイノーシュに体を密着させた。



「これは……どういう…………」



 ネイノーシュは戸惑っているのでしょうね。こんな過剰なスキンシップ、森のでの事を除けば初めてだもの。


 戸惑い照れる演技が本物っぽくて、良いわね。


 


「もしかして、知らなかった? ………………恋人ですもの、このくらい」



 前後で声のトーンを変える。伝わるかしら。



「あなたは知らないとばかり…………」



 それを聞いて、私は信じられないとばかりにネイノーシュを見上げてしまった。



「まさか……」



 まさか、ネノスはすべて知っていて、身代わりをしているというの?


 

 王子といえども所詮は他人。そんな赤の他人の為に、身代わりを了承したと?



 体の中心が冷えていく。


 私はネイノーシュの頬に手を当てた。頭を傾け髪で口元を隠す。



「可哀そうに……」



 ごく自然に、そう呟いていた。無意識に出た言葉は、私自身の心にも沁みこんでいく。そして、ネイノーシュの心にも。



「な、に……どうした?」



「身代わりなんて、あなたを蔑ろにしてる。どうしてあなたが、やらなくてはいけないの?」



 ネイノーシュが喉を鳴らし、喉ぼとけが上下する。瞬きを忘れた眼差しが私を凝視し、音にならない呟きを零す。



「わかるわ。あなたの気持ち……辛いわよね。恐ろしいでしょう?慣れない場所で、命の危険と隣り合わせだもの。毎日緊張し続けて、神経がすり減っても、心が休まる間もない」



 ネイノーシュの気持ちに寄り添う言葉を紡ぐ。彼の置かれた立場を想像する、私には簡単だった。



 私の手ごまになってくれれば良いのだけど。



「だって、肝心の#彼__・__#が、まったくわかっていないんだもの。守る方は大変だったでしょう?」



 訓練場でアートだけが飛んでやって来た時の出来事。

 自分がネイノーシュの立場に置かれたら、どれだけ焦っただろう。守るはずの王子が一人で飛び出したのだ。最早焦るという言葉すら生ぬるい。恐ろしかったに違いない。ストレスになっていないはずがない。


 案の定、ネイノーシュは瞳を揺らし、視線を落とした。息を呑み、堪える姿に力がこもる。



「それは……」



「あなたは頑張ってる。これ以上ないくらいね」



 ネイノーシュの表情が緩み、戸惑いの中に、別の感情が見え始める。


 そこで、私は逸る気持ちを抑えきれなかった。


 本当なら、私はもっと慎重にならなければいけなかったのだ。それこそ、ネイノーシュの性格を把握し手からの方が、確実だったはずなのだ。



 けれど、彼が私と同じ立場にあるという勘違いが、私に勇み足をさせた。



 私と彼はよく似た立場にあるけれど、決して同じではなかったのに。



「尊き生まれってだけで甘やかされて……ズルいって、卑怯だって思うわよね?」



「そんな事は……」



「アルテムがいなければ、あなたは好きな事をできた」



 ネイノーシュの瞳に光が宿る。



「それは違う……俺は俺の意志でここにいる」



 いつもの演技とは違う、きつい物言い。ネイノーシュが私を睨み付けた。


 何が彼の琴線に触れてしまったのか、この時は解らなかったが、私は自身の失態を悟っていた。



 何とか彼をこちら側に引き込めないか、説得を続けたが、彼は態度を硬くするばかりで、冷めていく一方だ。



「でもアルテムがいなければ、あなたがこんな酷い扱いを受ける事はなかった、でしょ?甘やかされ、大事され、割を食うのはいつもあなたや周りの者達で……憎いでしょう?復讐したいでしょう?」



「……お前に何が分かる」



 静かで低い声だった。私はギクリとした。



 私がそうした様に、今度は、ネイノーシュが私の顔に迫る。頬に両手を添え、口と口をギリギリまで近づけ、傍目からは、口付けているかのように見えた事だろう。


 周囲が静かに衝撃を受けている時、私も別の意味で衝撃を受けていた。




「誰が何と言おうと、アートは俺の可愛い弟だ。俺の弟に何かあったら許さない」



「赤の他人よ……どうなってもかまわないじゃない」



 この時の私は、何故か涙が出そうで、堪えるので必死だったように思える。手と腕で隠れているのを良い事に、演技するのも忘れ、歯を食いしばる。


 そんな私を見て、ネイノーシュが何を思ったのか。フンと鼻で笑った。



「兄弟ってのは助け合って守り合うもんなんだよ。#所詮、お前には解らないだろうけどな__・__#」



 言われた瞬間、私はカッとなり、弾けるように立ち上がった。



「お生憎様ね。精々、可愛い弟を守ってごらんなさいな。優しいお兄様?」



 口元を隠すのも忘れ、怖い顔で睨み付けるネイノーシュに、そう言い放った。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ