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 あれから二日が経った。ショックで混乱してたのも、ある程度は落ち着いた。


 マンナの言いつけ通りご飯を食べて、しっかり寝て。ネイノーシュにも会いに行かなかった。


 マンナが本気で怒ったから、そうしなければいけなかったのだけれど、本当の所は行きたくなかったから助かった。


 一度だけネイノーシュの方が見舞いに来ていたけれど、面会はしなかった。その代わり、私からの贈り物というていで、例の日記を渡した。すぐに帰ってきたけれど、きちんと読んだのだと思う。承知したと短い手紙が挟まっていたから。


 でも二日もあって、私に起きた出来事なんてこれくらいだ。他は、ほぼベッドの中で過ごした。



 時間だけがたっぷりあった二日間、私はどうしたら一番良いのか考えた。



 色々考えて、いくつものケースをシミュレーションし、やがて、一つの答えに辿りつく。




「お父様、お母様、折り入ってお話がありますの。今日、少しだけ、お時間を頂いても良いかしら?」



 私がお父様とお母様に、面会を申し入れたのは朝食時だった。当然、その場で話を聞こうとするお父様に対し、私は



「お部屋でいたしますわ」



 と言い、取り合わなかった。私の強硬な姿勢にお父様もお母様も訝し気にしていたけれど、結局朝食後に話を聞いてもらえる事になった。





「して、話とはなんだ」



 人払いをし、盗聴防止の魔法を施した後、カーテンを閉め切った薄暗い部屋の中、お父様が自身の執務机に着いた。


 椅子に座りながら、私に要件を問いた。



「グレンウィル・アルテムを、今すぐ家に帰すべきですわ。彼がいては計画が破綻しかねません」



「……どういう事?彼があなたに何かしたの?」



 お母様が胸に手を当て言う。



「いいえ、そのような事実はありませんわ。ですが、これから敵が本格的に仕掛けようという時に、本物がいたのでは守る対象が増えてしまい、作戦の失敗につながりかねないと思うのです」



 お父様が指で机を一定のリズムで叩く。部屋のわずかな光源の中では、顔に影が落ち、お父様の表情に恐ろしい印象を受ける。



「本物……とは何のことだ?」



 お父様はあくまでもしらばっくれるつもりなのかしら。けれど、私も引きませんわ。



「グレンウィル・アルテムの事です。あれが本物の王子なのでしょう?」



 お母様が息を呑む。それを受け、お父様は溜息を吐いた。



「気が付いたのか」



「はい。ですが最も、私でなくとも、事情を全く把握していない者であっても、余計な勘繰りをしてしまうかもしれません。それほど、彼とお父様は似すぎています」



「そうか……似ているか。では、あれの命が危ぶまれるな。だが、あれのたっての願いでもあるのだ。一度許したものを、簡単に取り下げるわけにはいかないんだよ。それをしてしまえば、それこそ勘ぐられる」



「もちろん、承知してますわ。ですから私に考えがあります。私が、ネイノーシュに会えないのは、アルテムがスケジュールを管理しきれていないからだと、癇癪を起すのです。せっせと噂を流したおかげで、これまで我慢してきた分、自制がきかなくなった王女像は、ほぼ完成されております。この二日間、私はネイノーシュの所へ行ってはおりませんが、四度脱走を図り、連れ戻されております。マンナの話では私に対する評価は、色ボケ王女でほぼ固まっているようですわ。先日の件もあり、私の警護が厳しくなっております。ここで私が暴走すれば、貴重な機会ですもの。食いついてくると思うのです」



「しかし……」



 お父様が難しい顔をする。今更何を渋っているのかしら。



「私の案では駄目でしょうか?」



 渋られるなら泣き落としでも何でもしよう。説得する為の材料もある。


 どうやってもお父様を説得しようか。そう意気込む私に真っ先に反対の声を上げたのは、お母様だった。



「ダメです。危険すぎます。これまで通り、何もなければないで良いではないですか。わざわざ誘うような真似を……」



 これまでがそうだったから、これからもそれで良いだろう、と思いたいのは私にも理解はできる。けれど、私はもう決めてしまったから。


 終わらせると、決めてしまったから。



「でもこのままでは、私は実の兄弟で結婚する事になります。さすがにそれは……私も避けたいですわ」



「それは……私たちに考えがあります。大丈夫よ。だから私たちを信じて……ね?アイナ、お願い……」



 お母様が私の肩を掴む。美しい顔を歪め、涙なんかを浮かべている。情に流されてしまいたいと、記憶の中の幼い私がお母様の手に縋ろう訴える。


 だからちょっとだけ心苦しい。



「お母様……もちろん私はお母様とお父様を信じております。ですが、早く終わらせるためには、一芝居打つ必要があるのです。お母様、すべてを終わらせ、平穏を取り戻す為ですわ。お母様は仇を打ちたくないのですか?」



「それは……」



 決して否定できないでしょうね。その為に私がここにいるのだから。


 どれだけ取り繕っても私がここにいるという事が、恨みが根深い証拠だ。



「それにこれは、国を守る為でもあります。そうでしょう?」



 私が私の存在の意味を、知ってしまったのは偶然だった。


 夜、お父様とお母様が私の部屋を尋ねた時、私は驚かそうと寝たふりをした。二人は案外すんなり騙されて、私が聞いていないものだと思い込み、一言二言、真実を話してしまったのだ。


 お父様とお母様、二人だけの会話のはずだった。けれど真実を知った私がすぐに目を開け問いただしたものだから、誤魔化せないと踏んだお父様が、本当の事を話してくれた。


 初めからすべて、丁寧に。けれど、その時私が理解できたのは、決して誰にも話していけないという事だけ。


 四歳の子供がそれを守り切ったのだから、寧ろ、上出来過ぎるといえるかもしれない。



 時を同じくして、戦闘訓練が始まったのは本当に偶然だった。けれど私は秘密を知ってしまったからだと、毎日嘆き、訓練を嫌がった。

 そんな私に、お父様とお母様は何度も言い聞かせた。



「善悪の区別が独善的な輩に、国を明け渡すわけにはいかない……でしょう?私ちゃんと覚えております。王家の一員としての役目だと。それとも……私がそれを語るのはやはり……おこがましいでしょうか」



「お前は間違いなく、愛しい我が子です!でも、何かあったらと思うと……私は今度こそ耐えられないわ」



 お母様が私をぎゅっと抱きしめた。背の低い私はお母様の胸に顔を埋め、背中に手を回した。



「この前、お父様とお母様に言ってもらえた事、私、嬉しかったんです。それで頭を撫でて頂いて、ちょっと照れ臭かったですけれど……でも、本当に嬉しかったんです」



「そう!……そうよ?あなたは私の大事な娘、危険な真似をさせたくないのです」



「ですから、私も王家の一員として、役目を果たさせてください。私、王女として人前に出る事殆どありませんの。公務もほとんどしておりませんわ」



「それは……」



「分かっております、私を狙う者の攻撃に、他の者を巻き込まぬ様、配慮しての事でしょう?ちゃんと知ってます」



「何を言って……」



 お母様が私から体を離し、訝し気に私を見下ろす。

 図星を指されて、誤魔化そうとしているのかもしれない、と初めは思った。けれど、印象としては、困惑していると言った方が近いような気がする。


 なので、私の方が首を傾げ、尋ねた。



「違うの、ですか?」



 お母様を見て、お父様を見る。二人ともそうだ、とは頷かない。



 けれど、私は確かに、昔そう教わった。


 ずっとそう思っていたのだけれど、違うのかしら。


 

 お父様が溜息を吐いた。



「アイナのいう事も違わなくもないが、理由はそれだけではない。それはお前に公務を負担させない理由の一つであって、主な理由はまた別だ。大体、誰がそんな事をお前に吹き込んだ?」



 お父様の顔に凄味が増す。私は緊張から喉を鳴らし、私にそれを教えた人を思い出した。



「あれは確か……ユーインですわ。以前、私の護衛をしていた……」



「あいつか……」



 お父様が苦々しく呟いた。



 ユーインはジージールの前に私の護衛をしていた女性で、私に様々な事を教えてくれた人。


 ちょっといい加減な所もあったけれど、下町の事を教えてくれたのもユーインだったし、実践で使うような戦い方を教えてくれたのもユーインだった。


 特に楽しみを持たない私に、花を育ててみるよう勧めたのもユーインだ。私はユーインが護衛をしている時は、よく彼女をまいて城を脱走し下町へ行ったものだ。


 ユーインがいた時は本当に楽しくて、私は本気で自由を求めたりもした。



 確かに、私の護衛としては力不足だったユーイン。結局、ユーインが頻繁に私を見失うので、お父様に首にされてしまった。



 悪い事したなって思っているのよ? それにユーインがいなくなって寂しいな、とも思ってる。今もね。




 それで、彼女の代わりに、私の護衛に付いたのがジージール。


 この時から、私の護衛は姿を消して常に傍に侍るようになった。さらに悪い事に、ジージールはマンナに扱かれていたから、実力は申し分なく、つまり、私が逃げ出せる隙は全く無くなったわけで、私の完全プライベート時間はお城のお庭だけになってしまった。



「分かった。お前に任せよう。正し、何かあった時は全力で身を守る、これだけは約束してくれ。捕えるのはカクやジージール、周りの者任せる。良いな?」



「あなた!?」



「ここまで来てしまったのだ。最後くらいアイナのやりたいようにさせようじゃないか。アルテムをどうにかするのも、お前に任せよう」



「ダメです!もしも怪我をしてしまったら、どうするのです!?」



「大丈夫ですわ。お母様。怪我などさせません。誓います」



「怪我をさせないなど……誰の事を言っているのですか!?私はあなたの話をしているのです!」



「わ、たし……ですか?」



 私は目を丸くして目を瞬いた。



 てっきり、私がアートに怪我をさせると、心配しているのだとばかり…………



 お母様はキッと私は睨んだ。



「当たり前です!あなた以外に誰がいるのですか!?私はあなたまでが死にはしないかと……それだけが心配で……」



 大粒の涙を浮かべ、怒りを露わにするお母様を前にして、私の中で、罪悪感がジクジクと痛み出した。


 なので私は、心の奥底に嘘を隠して、自信満々で胸を張った。



「……大丈夫ですわ。私にはマンナもジージールもカクもおります。先日、お父様とお母様から頂いた、お守りもございます。何があっても私を傷つけられる者はおりませんわ」




 ごめんなさい……心の中で謝りながら、笑みを浮かべた。

 



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