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「ああ、そうだった。窓の外を見てごらん」



 お父様が徐に立ち上がった。側近が窓を開ける。



 私は少し浮かれ気分でカーディガンを羽織り、お母様と一緒に窓に歩み寄った。



 私の部屋の窓から、王宮の中庭が良く見渡せる。


 常に美しく保たれた庭は、季節によって姿を変え、いつも私の心を和ませてくれている。

 今は秋も深まり、植えられた花もしおれ始めている。時期に植え替えられてしまうでしょうけれど、今の花も季節を感じ、私は嫌いじゃない。


 こうして三人で庭を眺めるのも、随分久しぶり気がする。


 私たちはとても忙しい。

 お父様もお母様も常に公務に明け暮れ、遠方への視察ともなれば、顔を合わせられない日も珍しくない。


 それに比べ、殆どの時間を城で過ごす私は、傍目からは、遊び惚けている様に見えるかもしれない。けれど、私は私なりに忙しい。


 将来王位を継いだ時の為の勉強に、戦闘訓練。今は敵をおびき寄せる、エサとしての役割がある為に控えているだけで、普段なら王女としての公務も、少しはある。


 それにしたって今が一番忙しい。顔を合わすのは朝食の時ぐらいで、昼はネイノーシュと、夜は一人の時が多い。



 それが今日はたくさん頭を撫でてもらい、三人で寄り添い庭を眺めている。



 とても贅沢な気分だ。



「あら?あれは……」



 中庭の中央に設置された噴水の前に、人が数名いる。


 誰だろうと考える前に、私は彼を見つけてしまった。



 短く整えられた白髪に、スラリと伸びた背。体に合うように作られた黒いスーツは、白髪も相まって美しい。


 アートだ。遠目でも分かる。



 彼は私を見ている。 体が熱い。




「ア……あれはネノス?」



 アートがいるのだから、横にいるいる白髪の男はネイノーシュに間違いない。ならば、その周囲の数名は護衛か、何かだろう。




 お父様が手を振った。


 それが合図だった。



 アートとネイノーシュが天に向け腕を突き上げ、彼らを中心に白い、小さい何かが吹き荒れ、思わず目を閉じた。


 甘い香りが鼻をくすぐる。

 アートが入れてくれた花の香りの紅茶。あれとよく似た香りが、胸に一杯に広がり、私は目を開けた。



 すると、庭は一変していた。




 色褪せた季節の花々は消え、その代わり、小さな白い花が咲き乱れる。

 さっき紅茶と同じ香りと思ったのは、この花の香りだったのだ。



「これって……もしかして……」



 マンナから聞いたアノ国の英雄物語。


 その物語の中で、英雄が姿を変えたとされている花が兆しの花で、アノ国では特別な意味を持つ花だ。


 物語に憧れた私は、私の庭で育てている。けれど、気候が合わないのか、中々花が咲いてくれず、毎年葉を茂らせるだけで終わっている。



 だから自生ているのが見たいと思っていた。でもそれを知る人は殆どいない。



 何故なら、私の庭では他にもいろんな花を育てており、上手く花が咲かないのも、この花だけじゃない。




 兆しの花を一緒に見ると約束したのはたった一人。アートだけ。




 雪が降り積もった冬とは違う、真っ白な光景は、本当に見事という以外なかった。お父様とお母様も穏やかに微笑み、白い花が咲き乱れる光景を眺めている。




「彼から提案があったんだ」



 お父様が言った。



「あなたを元気つけたいのですって」



 お母様も言う。




 彼って誰の事?



 普通にそう聞けば良いだけなのに、この時の私は何故か、答えを聞くのが怖くて、窓枠にかけている自身の手に視線を落とした。




 どうしてそうしたのか、自分でも良く分からない。後にして思えば、二人の声色や表情から、いつもと違う何かを感じ取ったのかもしれない。


 唐突に湧き出した疑惑は、私に色眼鏡を掛けさせて。二人の視線は庭全体ではなく、庭の中央に向けられている気がしてくる。


 

 突如疑心暗鬼に陥った私の脳は、あらぬ疑いを次々と掘り起こしていく。



「綺麗な花だ。本当なら冬に咲く花だそうだよ。アイナは知っていたかい?」


「香りも良いわね。可能なら庭に植えさせて……」


「いっその事、寝室に飾りたいな。安眠できそうだ」


「香水なんかも良いわね。もしかしてあるんじゃないかしら」


「後で花の名前を聞くとしよう」





 ねえ、お父様? お母様?


 今、どこ見てるの?


 私、俯いて、お庭なんて見ていないのよ。



 お父様? 何故、どうかしたのか……って聞いてくれないの?



 ねえ、お母様? 私、手が震えて止まらないの。



 子供の頃みたく摩って、温かくしましょう……って言って欲しいわ。




「あぁ!」

「あっ……」



 お父様とお母様が同時に、焦って声を上げた。



 気が付いてくれた! 私の考えすぎよね。だって。さっきは私の事をあんなに…………




 喜び顔を上げた私が見たのは、私ではなく、庭に釘付けになるお父様とお母様の顔。



 庭では、転んだアートが立ち上がろうとしていた。



「やんちゃなのかしら……まったく、もう……」



 お母様が小さく零した呟きは、これまで、私が必死に否定してきたすべてを肯定する、そんな力を持っていた。



 アートが立ち上がり、まっすぐこちらを、私を見ている。




 急激に、体温が冷めていく。


 


 お父様と母様は、彼を見に来たのね。私ではなく、アートを。





 アートが……………グレンウィル・アルテム……お前が本物なのね。








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