21
エグモンドおじ様にお城まで送ってもらい、そこで私を待っていたのは、お説教でも感動の包容でもなく医者の診察だった。
煙の中に立っていたという報告を、すでに受け取っていたらしいマンナが手配していたようだ。
私をベッドに寝かし、侍女に指示を出す。医者に連絡をして、全ての侍女を下がらせた。淡々と作業をこなすマンナは逆に新鮮で、私は圧倒され無言でベッドに横たわっていた。
きっとこの後、報告会が開かれるはずだから、今の内に状況を整理しておかなくては。
ネイノーシュを見てたら、たぶん煙がモクモクってしてきて……ネノスの方に異変はなかった様に思えるけど……
……そういえば、アートは剣より魔法が得意なのかしら。それとも危なくない様に、剣を持たされなかったのかしら。
私の心臓がヒヤリとした。
剣を持つという事は、対象に接近しなくてはいけないものね。その分怪我を負う事も多くなるでしょう?
大事な体に傷かつかない様大事にされてきたのかしら。剣を振り回すなんでスキルは王子なら重要でないだろうし……剣を持ってよろめいたのはそういうわけで。
厳しいトレーニングなんてとんでもないと、過保護にされて……いいえ、そんなはずないわね。
だって髪が黒い時もネノスは魔法を仕えたじゃない。相当な訓練を積んできたはずよ。
そうよ、アートは王子じゃない。きっと、違う。
違う……違う……違う……違う……王子は絶対ネノスであって、アートじゃない。アートはきっと私の兄弟であって、王子じゃない。違う……違う……
私が考え込んでいると、突然、マンナに声をかけられた。
その時すでにお医者様はおらず、室内にはベットの私を見下ろしているマンナのみとなっていた。
「ジージールは?」
私は体を起こしベットにもたれ掛かる。
今日の話をするのであれば、彼は不可欠だ。何せ、私がぼうっとしている間の事を、克明に覚えているはずだもの。寧ろ私の話はなくても困らないのじゃないかしら。
マンナが部屋の角に目をやった。
「そう……では後で彼から話を聞くと良いわ。私は……疲れたから寝て良いかしら?」
「かしこまりました」
自分でも分かるくらい素っ気ない態度。普段のマンナなら、それだけで姫らしくと説教が始まるのだけれど、マンナは表情をピクリとも変えず、声に抑揚もない。逆に気味が悪いくらい。
「では姫様、一つだけお聞かせください」
「何かしら?」
「どうしてすぐに逃げなかったのですか?」
やはりという気持ちしかなかった。
ジージールにも叱られたし、マンナも聞いてくるんじゃないかと思ってた。だって親子だもんね、この二人。似てるのよ。
「なんだ、もう聞いてたのね。仕方ないじゃない。だって、私の役目なんだもの」
バカ正直にアートを見つめていて、気付かなかったと言えるはずもなく、だからといって、ネイノーシュを眺めていてというのは、嘘が過ぎる。
なら、そう言うしかないじゃない。エサたる私は敵の罠にかかってこそ真意を持つと。
だからといって完全に嘘というわけじゃない。常日頃からそういって聞かせてきたんだもの。
いつもの事。いつもの返答。
けれど、マンナはそうじゃなかった。
マンナは目尻をキッと吊り上げると、珍しく声を荒げた。
「そういうのは、聞き飽きました!」
声が震えている。これでも我慢していると言わんばかりだ。
私は呆気に取られ、背中を浮かした。
「あれほど、ご自愛をとお願い申し上げましたのに、どうしてでございますか!?」
「だって、それが私の役目でしょ?もしかしたら、この後、敵が現れるかも知れないって思ったら、動けなくなったの」
敵を引き付ける為、苦しむ演技をするべきかとも考えた。でも、本当に死んだらどうしようとかは考えなかったな。
たぶん、昔そう言われたからかな。
「命に関わるような場面では速やかにお逃げ下さい。以前も申し上げたじゃないですか。国王陛下も王妃様もそれを望んでおられると…………」
「あら、それは違うわ」
そう、私は知っている。
ちゃんと聞いたもの。あの二人の本心を。
実際に、この耳で。
あの人が教えてくれたから、ちゃんと知ってるの。
「お父様もお母様も犯人が捕まる事を望んでいるのよ?私、間違った事言ってる?」
「ですが……」
「マンナ?」
マンナが言いかけたのを、被せて止める。私にも譲れない物がある。
「私は、間違っているかどうか、を、尋ねているの。答えて」
「それは……間違っておりませんが、でも……」
「ね?そうでしょう?なら王女たる私の役目はそれを捕まえることよ。何も違わない」
「姫様、姫様のおっしゃる事は間違っておりません。ですが、真実でもございません」
「どういう事?」
「国王陛下は、貴方の為に犯人を捕まえたいとお考えなのです。姫様の御身あって、初めて陛下の望みなのです」
何も言えなかった。肯定も否定もできず、私は何も言わず、頭から布団を被った。
「そんな事あるはず…………」
言いかけて、きゅっと唇を噛む。
「マンナのバカ……」
誰かが私の傍でため息を吐いた。




