表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/64

20



「休憩にしよう」



 ネイノーシュを指導していた兵士、コーキンが告げたのは、模擬戦を初めてしばらく経ってからだった。

 いくら模擬戦とはいえ、使用するのは刃を潰しただけの、それ以外は実際の剣とは何ら変わりない代物で、ネイノーシュも疲労感を滲ませている。


 アートがネイノーシュから剣を渡されよろめいてしまったのは、その重みがアートが想像していた以上のものだったからだ。普段、武器を持っての訓練などしないアートにとって、それは予想外の重さだったのだ。

 ネイノーシュはそんなアートを「貧弱者め」と言って笑った。

 アートも意識すれば、この程度の重さではよろめかない。ネイノーシュも解っていた。けれど、このような軽口は二人にとって、正確にいえば、兄弟らにとっては日常の風景だった。


 アートはネイノーシュにタオルと飲み物を渡すと、剣を置くため、僅かな距離だが、ネイノーシュから離れた。

 日常的なやりとりと、側に兵士がいるという気の緩みが、兄を守るという己の立場を忘れさせた。

 結果、ネイノーシュに被害は及ばなかったものの、アートは王族の一員になるというのが、どういう意味を持つのか身に染みるはめになる。



 控室として使っている棟から兵士が全員で来てきた。

 訓練だろうか。アートは彼らを見送った後、ネイノーシュの元へ戻った。その時、コーキンから王弟のエグモンドがもうじき到着するのだと聞かされた。


 ネイノーシュが首を傾げる。



「そういえば昨日お前がそんな事を言っていたな。でも午後からではなかったか?」



 ネイノーシュの言う通りだ。昨日の夜の時点では、エグモンドの訪問は午後からだった。


 予定の変更が公けになったのは、今朝の早くの事だ。

 急遽決まった、同盟国の要人の訪問の為に、予定が変更され時間が繰り上がったのだ。


 たかが王女の婚約者はもちろん、一介の兵士が詳しい事情を知る由もなく、コーキンが言った



「上の事情でしょう」



 という言葉に、二人はそうでしょうとも、と頷いた。


 王弟殿下が現れたら、剣を下ろし礼を取らねばならないだろう。この時アートが考えていたのは精々このくらいだ。

 なので、何の前触れもなく、パリンとガラスが割れる音が訓練場に響いた時も、単純に驚いただけだった。


 コーキンがネイノーシュを庇うように、己の体を盾に、近くにいた兵士たちもネイノーシュを囲い周囲を警戒しているを見て、血の気が引いた。

 


「連絡通路!上に誰かいるぞ!」



 兵士の一人が叫んだ。

 ネイノーシュは兵士に守られている。アートは兄を横目で見やると、すぐに魔法で体を浮かせ飛んでいった。



「ダメだ!アート!戻れ!」



 後ろでネイノーシュが必死叫んでいる。だが、それは聞けない。アートは指に嵌めていた杖を元の形に戻し、握った。



 兄貴には指一本触れさせない………アイナの為にも……絶対に守らないといけないんだ。




「そこで何をしている!?」


 

 不埒者がいると思われた連絡通路に、彼女が、男と一緒にいた。




















***********








 彼女は俺の何かと問われれば、俺は知らない人だと答えなければならないだろう。



 他ならぬ彼女がそれを望むのだから。



 一目惚れだった。


 これまでの人生で初めて味わう、強烈で色鮮やかな衝撃に襲われ、俺の全てが彼女に支配されたかのような感覚に陥った。



 背は低く、歳より幼く見える彼女。


 はしゃぐ姿が可愛らしくて、妹と同じくらいの見目の彼女に、俺は、邪な気持ちを抱いた。



 だが、こんな日はもう二度と来ない。次はなんて約束したが、果たされる日は来ない。



 だがらこそ自制心が働いた。



 それなのに、兄が彼女と結婚するなんて。



 また、会う事になるなんて。

 



 二回目に会った時、彼女は全く違う装いで、あの時と同じように――だが、全く違う雰囲気で――踊っていた。


 俺とは言葉を交わさず、俺を拒絶して。


 彼女は変わってしまった……いや、これが本来の彼女なのかもしれない。


 彼女は王女なのだから。


 俺が出会ってしまった彼女が何者だったのか、答えは出ない。



 だが、それでもだ。



 俺は、今もなお、彼女に支配されている。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ