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16

 ネイノーシュを見送り、私は自室にとぼとぼ歩いて戻る。


 この後やる事はすでに決まっている。


 その為にはまず、マンナを遠ざけなけらばいけない。

 もちろん、作戦であればマンナは私を本気で止めないし、寧ろ進んで私から離れるだろうけれど、対外的に納得させる為にも理由が必要だ。



「そう言えば……」



 部屋に入ってすぐ、私はさも、たった今思い出したかのように呟いた。



「侍従長がマンナの事を探していたわね。何の用事だったの?」



「……何の事でしょうか。私はないも聞いておりません」



「あら、では大変。今行くと良いわ。大事な用事ではいけないもの」



「そんな事を言って、私のいない間に何をしようというわけではないのですか?」



「まさか。そんな事しないわ」



「畏まりました。では私は一度失礼させて頂きます…………お前たち、姫様の事くれぐれもよろしく頼みましたよ」



 私が満面の笑顔を作り、マンナが訝しんでいる様子で溜息を吐く。


 お決まりのやり取りだ。



 さてと。マンナが消えた。戻ってくる前に侍女たちをどうにかしなければね。


 私はいつもやるように、扇子で掌を打つ仕草を、しようとした。

 だが、何も持っていない手で拳を振っても空振りするだけだ。



「まあ、大変、私の扇子がないわ。お気に入りの…………」



 私は後ろに控えている侍女に話しかけた。



「ねえ、誰か心当たりあるかしら?」



「はい、姫様。ネイノーシュ様のお見送りに参りました途中、寄られた何れかの場所にあるのではないかと」



「お前は……シンディアだったわね。良いわ。お前の言う通りかもしれないわね。ではお前たち、手分けして探してきてちょうだい。その方がはやく見つかるでしょ?私は先に部屋で休んでいるから」



 侍女たちが顔をやや強張らせた。



 それもそのはず。私が寄り道した場所は複数箇所ある。


 厠にゲストルームネイノーシュの部屋に、お父様とお母様の部屋。


 場所によっては勝手に入るわけにはいかないから、さぞかし時間がかかるでしょうね。


 

 それから、すぐにはハイとは頷かないのは、偏にマンナの教育の賜物ね。


 何があろうとも、決して主を一人にしてはいけません……だったかしら。私がしようとしている事がちゃんとわかっている証拠ね。



 私は心の中でほくそ笑む。


 

 けれど、彼女たちがどれだけ抵抗しようとも、王女の命令に逆らえるはずがなく、結局は仕方なしに一人だけを残し散っていった。



 それにしても…………私は扇子を置いてきた時の事を思い出した。


 マンナと私、協力者の侍女の三人がかりで、わざわざ気が付かれない様に振舞ったとはいえ、扇子がなくなった事にまったく気付いていないのも問題ね。


 それよりも気になるのは、なぜ、残した私のお目付け役が#彼女__・__#だったのか。


 彼女は私の秘密を知る一人で、私が部屋を抜け出す際に、アリバイ工作をしてくれる侍女だ。


 当然、私が脱走するのは、彼女と一緒の時が多い。


 私の秘密はともかく、脱走の手助けをしている事については、他の者も気づいているはずと思っていたのだけどね。




 もしかしたら、今回は#当たり__・__#かしら。






 そんな小細工をした一時間後、私は城から少し離れた訓練所にいた。


 協力者の侍女は他の侍女を誘導する為、城に残っている。マンナもいない。


 私は久しぶりに、一人の気分を味わっている。


 私自身が侍女の制服に身を包み、まるでお使いで来ましたという顔で訓練所内を歩く。入る際見せた身分証は当然本物であるので、疑う者は誰一人としていない。


 これまで何度、こうして城を抜け出したか分からない。自分で言うのもなんだけど、手慣れたものだ。


 でも今回は違う。確実に敵が動いている中でのお忍びだ。


 これまでの比ではない緊張感が私を襲う。



 もし、私の侍女たちの中に密偵がいるのなら、私がわざと側近を追いやったと知らせを飛ばしているに違いない。


 その為に分散しやすく細工をしたのだから。



 そうね、私が一人でいると知られてしまっているのよね。



 私の中にある確信が、否応なしに緊張感を高める。



 いつ仕掛けてくるかしら。



 もう少し人気のない場所に行かないとダメかしら。


 ネイノーシュを眺められて、且つ攻撃されやすい場所……。



 訓練所の見取図を思い浮かべ、考えて……考えて。



 私は息苦しさを覚えて立ち止まった。


 心臓がゾワリとして震えている。


 脳裏に過るお父様とお母様の姿に寂しさを覚え、私は、歪む視界の中を歩き出した。


 どこで見られているとも知れないのだから。



 私は奥歯を噛みしめ、目的地に向かった。





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