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お医者様の診察の結果。特に異常なしだった。
つまり、私はこれで晴れで自由の身。
ベッドに縛られず、寝ていなさいと強要されることもない。
医者が退出した後、私が侍女に目くばせをすると、侍女は心得ていたと一礼し、部屋を出ていった。続いてカクではない護衛が部屋を出て、マンナも続き出ていく素振りを見せる。
「マンナは残りなさい」
二人っきりになった室内で、マンナは目線を伏せ、私が話を切り出すのを待っている。
ただ私は早くも、マンナを引き留めた事を後悔していた。
真実を知ってどうなるというのか。どのような真実があろうととも。結局私は、王子を無事王宮に迎える為の礎に成らなければない。他の選択肢などないのだ。
私の使命は一つで、それは王子を迎える事ではない。あくまでも敵の排除だ。
偽物を偽物と見抜く必要があるのも、どう処分するのか決めるのも、私ではない。
本物の王子がどうなろうとも、私は本当にどうでも良くて、知らなくて良くて、知りたくもなくて。
だから、何も考えず任務に忠実でいれば良いし、余計な事は考えなくて良い。
早まった真似をしなくて良かった。私は落ち着いた様子で、口を開いた。
「マンナ、これからの事を打ち合わせたいのだけど、良いかしら?」
「これからの……と言いますと?」
マンナが相変わらずの澄まし顔で首を傾げた。私は何も気が付かないフリをして、思ずマンナに釣られて首を傾げるフリをして、小さく噴き出して笑う。
そう、これで良いの。私の使命は、それこそ生まれる前から決まっているのだから。
「私はどう動けばいい?これまでは、出入りについて厳しくしていたのだし、相手方が動くとするなら、人の出入りが激しくなっている今だと思うの。だって、私ならこのチャンスを見逃さない」
そうでしょう?と訴えれば、マンナは深く頷いた。
「そういう事であれば、やはり昨日の様に、ネイノーシュ様と仲睦まじい様子を見せつけるのがよろしいかと。今まで品行方正だった姫様のタガを外し、警戒を怠らせるものとしては色恋はこれ以上ないくらい有用です。相手方が突ける隙を作るのも容易でしょう」
「なるほど、お勉強に忙しい婚約者を追いかけまわし、二人っきりになりたくて護衛を振り切っても、これまでこっそり仲を深めて来たという設定がある以上、許容できるというわけね。恋は人を馬鹿にするというのは、いつの時代も同じですものね。良いわ。そうしましょう」
物わかりの良い私は素直に頷くと、日記風のノートを取り出し、マンナに見せた。そこにはネイノーシュに対する思いの丈を書き綴られている。
「これどう?恋愛小説を参考にしているのよ。演技の特訓の一環だったのだけど、作戦に使えるかしら。数年前から書いてるし、古い日付もあるから、説得力があると思わない?この日記をどこかにうっかり忘れて、誰かに中身を読ませれば、私とネノスの仲を疑う者はいなくなると思うの」
私は自信満々にマンナに見せた。
私とネイノーシュの関係が偽物だと感づかれれば、罠だと警戒される恐れが出てくる。作戦の要は私がネイノーシュを溺愛していると信じ込ませるところにあると言っても過言ではない。
それなら、このような古い小道具は使えると思ったのだけれど、思いの外、マンナの表情は暗い。
「どうしたの?これだけじゃ足りないかしら?」
「いえ、そうではございません。姫様は……その、大丈夫、なのですか?昨日もお倒れになられましたし、精神的な負担が大きいのであれば、別の、有用な案も持ってまいります」
私、マンナのそういうところ好きよ。
優しくて、非情になり切れないあなたに、何度救われたか分からない。
だからこそ、私は頑張れるの。
「構わないわよ。昔からこの時の為に訓練はして来たもの。見事な恋バカを演じて見せる。任せてマンナ。私こう見えても、今結構燃えているのよ。いよいよ、特訓の成果を見せる時が来たって」
「そうでございますか?……姫様がそうおっしゃるのであれば……」
今一納得できない。と言わんばかりのマンナに、私は多少頬を緩ませながら溜息を吐いた。
「さっそくネノスの所へ突撃しましょう。恋バカになっているのなら、寝ても覚めても恋人の事を考えているものよね。心配して心を痛めているいるはずの恋人に、姿も見せないで連絡だけってあり得ないでしょう?バカップルとしては失格よね。マンナ、彼のスケジュールは?」
「只今の時間は、外交上深い関わりを持つ国々について学んでいる時間かと」
私の問いに、マンナはすぐさま懐から出したメモをペラペラ捲って答えた。この様子では数日先までの、彼の予定をすべて把握しているに違いない。
さすがマンナ抜かりはないわね。
「ではちょうど良いじゃない。マンナ支度をしてちょうだい。先ぶれはいらないわ。直接行きます」
「かしこまりました。ですが、先ぶれは姫様がお部屋を出られる直前にいたしましょう。その方が無作法を承知で待ちきれなかった様子を演出できます」
「さすがマンナ。頼りになるわね」
マンナがにっこり笑った。




