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木漏れ日の中を、道に沿って歩いた。
風が優しく吹き、スカートがフワリと膨らむ様は、まるで花咲く直前の蕾だ。
それだけで私の心は浮かれ、楽しくてステップを踏んだ。
ここには作法をとやかく言う人も、品格がどうだか言う人もいない。
風のまま、気分のまま体を動かした。
大きく跳ねたり、足を上げたり、弾みで石につまずいたり、風の悪戯で目にゴミが入ったり。
それでも私のステップを踏む足は止まらない。
「何て気持ちが言いの。素敵……」
やがて開けた場所が見えてきた。
そこは木々に囲まれ、まるで絵本に出てくる花畑だった。
背の低い小さな花が一面に咲き乱れ、あまりの見事さに、足を踏み入れるのさえはばかれる。
私は花の咲いていない、木の根元に座った。
身を屈めて花に顔を近づけると、甘く香しい匂いが胸いっぱいに広がった。
その花たちはどこにでも咲いている、ただの雑草だったのかも知れない。
でも、城の庭が遊び場だった私には、城のどの花よりも興味深くて、すべてが輝いて見えていた。
その中に白い綿毛を付けた草を見つけた。
どこも欠けてない丸いフォルムが、花にも負けず美しいが、風に揺れる度、フォルムは歪になっていく。
「あ……」
綿毛がすっかりなくなると、風に揺れる草は寒そうで、私は、今頃風に乗り高見を飛ぶ綿毛に思いをはせた。
背中を地面に預け、仰向けで天を仰いだ。目を閉じると瞼に木漏れ日を感じる。
草で背中がチクチクするし、木の根が当たって背中が痛い。
「ふふっ。こんな所じゃ、眠れないわね」
寝心地は最悪だというのに、とても起き上がる気になれず、少なくとも五分はそうやって寝転がっていただろうか。
しばらくすると、風の中に地面を踏む砂利の音を見つけて、私はハッとして息を潜めた。
起き上がり、音の方向を探る。音は別荘とは逆の方向、私が向かっていた方角から聞こえてくる。
「何かしら。変な人でないと良いのだけど……」
こんな格好でなければ、枝の少ない背の高い木にだって登れるが、服はただじゃすまないだろう。
勝手に借りておいて、ボロボロにしたんじゃ、きっとあの子も怒るわね。
私は近くの登りやすそうな、太く枝ぶりの良い木を見つけ、さっと登った。
すぐに男達の会話が聞こえてきた。
足音は複数人分あったし、声からして二人は確実にいる。
さらに高く上るか、別の木に移るべきか。
相手が私にとって都合の良い相手なら、それなりの手段を取らなければならない。
私は幅広い指輪をしている右手を握った。いざという時には、この魔法具を使うのだが、この瞬間は何度経験しても慣れないものだ。緊張する。
姿を現したのは三人。会話している男二人の後ろを、黙って付いてきている男が一人。前を歩く二人の背中には、同じ色の二枚の羽が生えており、黄金色の髪が太陽に照らされ白っぽく輝いているのがとても印象的だ。
それに比べ、後ろから付いて歩く男は、前の二人違い髪は黒く、羽も小さくまるでオモチャの飾りのようだ。
鳥人の兄弟かしら
黒髪の男は前を歩く二人を兄さんと呼んだ。
兄妹で毛色が違うのは特に珍しくなく、なんなら、鳥の羽に牛の角を生やすものもいる。
ちなみに私も鳥人なのだけど、父である国王の言いつけで、普段羽は隠している。
どのみち私の小さな羽では跳べないし、何かの邪魔になってはいけないから問題はない。
でも本当は出しているのが、普通なのだけど。
三人はそれぞれ空の袋を、一つずつ持っていた。
指にいくつかアクセサリーをつけているが、遠目からはそれがどんな種類のアクセサリーなのか判別できない。
魔法具でしょうけど、どんな魔法かしら
私はもっとよく見ようと、幹から手を離し、バランスを崩さないよう前に乗り出した。
この時私は太陽の位置に、もっと気を付けるべきだった。
それか気にせずやり過ごすべきだったのかもしれない。
木々の木漏れ日の中で、のそっと動く影に、黒髪の男が気が付いた。
おそらく男は動物か何かを、想像していたに違いなかった。
私と目が合うと、間抜けな声を出して、口をあんぐりと開けたまま立ち止まった。
当然のように、前の二人も弟につられ木を仰ぐ。
私は慌ててスカートを押さえ、幹に抱き付いた。できるだけ小さく縮こまる。
反応からしてどうやら私の客人ではなさそうだし、それならば、わざわざ木に登って、下から見上げられるなんて、恥ずかしい思いをしなくて良かったのだ。
とても気まずくて嫌になっちゃう。