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5





 音楽は相変わらず流れているが、私は踊るのを止め、ソファーに腰かけた。


 紅茶を飲み干し、果物を数口かじると、その内眠気が襲ってきて、私はソファーに体を預け目を閉じた。


 流れる音楽の中に、風が遊ぶ音が混じる。


 どれくらいそうしていたか分からない。夢と現実の狭間で、つかの間の安息を貪っていた私は、不自然な音にハッとして目を開けた。


 

 風……じゃない。人が?でも誰も入れない様にって……


 誰の入れない私の庭にも、例外はある。



「お母様?それともマンナかしら?」



 お母様やお父様がたまにこの庭を訪れる事がある。ただその場合、大抵において、自由時間の終わりを意味し、マンナやその他の侍女でも同じ事だ。


 私は終いが思いの外早くやって来た事に、落胆しながら立ち上がり、身なりを整えた。服の皺を伸ばし、王女然と背筋を伸ばす。



「誰か、そこにいるのですか?」



 それは男の声だった。


 随分と間抜けな質問だ。私は眉をひそめた。


 この城において、この庭の主が誰か知らない者がいるなんて。


 私は多少なりとも気分を害しながら、声のした方を見据え、睨み付けた。



「あ……」



 いつだって空想より現実が勝るもので、茂みの影、通路を歩いて来たその男を見て、私は目を一層細めた。



「あ、と……アイナ、さ、ま……申し訳ございません」



 その男、ネイノーシュは私を見止め、戸惑い足を止め、頭を下げた。



 最低



 心の中で呟いた私の、表情がきちんと王女になっていたかどうかは分からないが、私はとにかく笑顔を浮かべた。



「まあ、そんな他人行儀な事をおっしゃらないで。二人の時はぜひアイナ、と呼んでください。全く、私の婚約者殿は釣れないですわね」



 私は持っていた扇子を広げかざした。


 現実の恋人がどのように振舞うのか知りたくて、城内でイチャついている侍女や兵士を何度か観察した事があった。



 あのくらい私にもできるって……思っていた時期もあったわね。



 甘い、甘すぎるわ。昔の私。はっきり言って苦行よ。この男にあんな事をするくらいなら、死んだ方がマシ。


 それに、私たち一般的な恋人ではないのよ。王女と下級貴族なの。どのように振舞うのが普通なのか、知っている人がいて?


 この国には、王の子は一人しかないのだから。比べようがないから無問題よ。



「申し訳ございません、二人っきりではないのです。実は今、付き人と一緒に城内を案内してもらっておりまして……」



「まあ……」



 それでこの庭に入ってこれたの?誰も入れない様に指示したのに?


 見張りは何をしているのだろう。部外者を入れるなどと、職務放棄もいいところだ。


 私は腹に怒りを抱えたまま、扇子の内側ではさも嬉しそうに笑む。



「私の弟です」



 弟と言われ、ネイノーシュの後ろから、畏まった様子で別の男が現れた。


 私は目を見張り、息を止めた。



「え……」



 彼は私の夢に何度も出て来た、その人によく似ていて。これは私がソファアの上で見ている夢なのだと思った。



 私の記憶と目に狂いがなければ、彼は私にアートと名乗ったその人で。しかし、あの夏から少しだけ背が伸び、髪も兄と同じ白へと生え変わり、鳥人として大人になった姿。


 これは本当に、私が知っている彼だろうかと、目を瞬かせ首を傾げた。



「お前、名前を何というの?」



 彼に名前を訊ねてから、やってしまった、と少しだけ後悔した。彼が私を偉そうだと言ったのを思い出したからだ。


 こんなはずではなかったのに。


 次に会う時は偉そうでもなく、上品すぎる事もなく、フワリと花が咲くような可憐な乙女に、彼が好みそうな少女になるつもりでいたのに。



 下町に普通の娘観察……行く意味なくなっちゃたわね。



「グレンウィル・アルテムと申します。尊大なる導神のお導きにより、この様な場所でお目通りが叶いました事、恐悦至極にございます」

 


 あの町での仏頂面でいて、そのくせ私を見て悪戯に笑った少年っぽさは息を潜め、彼は固い表情のまま頭を下げる。



 アートって愛称だったのね。



 あなたと私、兄弟だったのね…………楽しいはずよ。



 色々な事に理解が追いつかず、ここがどこであるかも忘れ、扇子で顔を覆い隠したのが、私にできる精一杯だった。




「そこで何をなさっているのですか?」



 だからマンナが来てくれたのは、本当にありがたかった。


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