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醜い
醜い
醜い
アヒルの子
どうしてそんなに醜いの?
ずんぐりした灰色の毛に
真っ黒の口ばし
私たちとあまりにも違うその姿
でも本当はそんなあなたが羨ましかった
だって私知っていたもの
あの美しい 白鳥の子供だって
本当は知っていたの
私は
誰も知らない
六番目のアヒルの子
美しい白樺の森を抜けた先、湖畔にたたずむのはヒノキをふんだんに使用して建てられた二階建ての屋敷だ。
二階建てといえども、二家族が泊まったとしても全員分の個室があり、さらには彼らを世話するメイドたちが休む部屋まで足りてかつ余るだろう。
この立派な屋敷に住むのはかくしゃくとした梟人の夫婦だが、彼らは屋敷の主人ではない。主人は普段遠く、王都に住まう。
窓から望む山脈の頂には年中雪がかぶり、眼下に広がる湖には、美しい鳥が羽を休めに訪れる。
深き森は葉を絶やさず、春になれば黄や白、青い花々を咲かせ、冬になれば葉を赤くするという、珍しいハナタバの木の群生地だ。
十人がいれば九人は美しい景色に、身を震わすたろう。
そんな別荘でも毎年のことになれば飽きてしまう。一人となればなおさらだ。
私は自室にしている2階中央の部屋のドアを、勢いよく開けた。
「マンナ、私少し出かけてくる!」
もちろんこっそりと出て行くこともできるが、それでも毎回声をかけるのは、大騒ぎになるのが分かっているからだ。
大きく張り上げた声が、空気をビリビリ震わす。
地獄耳のマンナと自称するくらいだ。1階にいるマンナにも聞こえたはずだ。
すぐさま階段を上がる足音が聞こえてきた。
「ではただいま護衛を……」
階段から姿を現した白い毛むくじゃらの羊人は、急いでいる割には優雅な足運びで、廊下をこちらに向かってくる。
「いらないわ、そんなもの。そうでしょう?」
私はそう言うと――こっそり借りたメイドの私服をあらかじめ着込み――廊下の突き当たりの窓から外へ飛び出した。
後ろからマンナの悲鳴が聞こえるけど、かまわない。
私は窓の下にある廂の先から下へ飛び降りた。
すぐに別荘の裏手に回り、高く積まれた薪の山に勢いよく駆け上がった。
ガラガラ音を立てて崩れていく薪に足を取られそうになりながらも、頭よりもはるかに高い塀に手をかけると、何とかよじ登る。
私は塀の上に立って、そこから見える深い森を見渡した。
深い森と言っても、恐れることは何もない。
少し行けばきちんと整備された道があるので、迷子になどならないのだ。
「外と言っても怖い物など、ありはしないじゃない。マンナは大げさなのよ」
塀を慎重に、ぶら下がる様にして降りる。
普段は使用人だけが行き来する道を、私は意気揚々と歩き始めた。
ここはオワリの国。《天裂く縁の母神大陸》の西部に位置し、先時代の遺跡や文化が残る、世界でも稀に見る国だ。
それ故に他国から訪れる人は多い。
私はアイナ。一応この国の第一王位継承者という立場にある。
そして現在、お城中が大事な祝賀会の準備に追われている。
私の16歳の誕生日を祝う祝賀会なのだが、主役の私は、毎年訪れる北の地の別荘に追いやられている。
だけども不服はない。むしろ私にとって幸運でさえある。
姫の誕生の祝賀会、その中で私の婚約が発表されるのだ。
本当に窮屈で堪らない。
お城では婚約者の話で持ちきりで、私はいつにも増して、好奇の目にさられ、息が詰まりそうだった。
私自身興味がないと言えば嘘になる。
婚約者に一度もあったことはないし、見たこともないけれど、小さい頃から何度も反芻してきた彼の名前だけは、決して忘れられない。
なぜならその名前は、私のすべてを奪った人の名前だから。
私はもうすぐ、世界で一番憎い人と結婚する。
「やだ、せっかくお城から抜けれたのに、ジメジメしてたらいつもと一緒じゃない……」
私は頬を両手で押し、つぶしグリグリ撫でまわした。
幼い頃マンナがよくしてくれたようにだ。
母様と同じ黒髪と黒目。
母様は髪を長く伸ばしているけど、私は肩に付かない程に短い。貴族の娘は大抵髪を伸ばすものだから、私が例外なのだけど、それでも風になびく程には長く、皆にも素敵なレディと言ってもらえる。
そういう時だけは姫も悪くないと思う。
私はスカートの裾を、軽く持ち上げた。
「ふん、着心地は最悪だけど、デザインはそこそこね。あの子、センスは良いわね」