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白の蛍  作者: すずしろ
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過去と今と

 ゲームセンターの中では、今放送している人気アニメの主題歌が、店内で流れていた。二人は一階のクレーンゲームの中の商品を見ながら歩く。

 すると、黒風が何かを見つけたのか士郎の肩をトントンと叩いた。



「あ! これデカピヨじゃないですか?」

「ですね、こういうのも取り扱ってるんですね、ここ……」



 二人が見つけたのは、FLのマスコットキャラクターである『ピヨ』と呼ばれるヒヨコに似た動物の太った姿だ。これはこれで、愛嬌があってかなり人気がある。

 そんなデカピヨのぬいぐるみがクレーンゲームの箱の中で、ゴロンと寝転がっていた。

 二本の支柱に支えられるように寝転んでいるデカピヨを黒風は、キラキラした瞳で見ていたので、



「……一緒にやってみませんか? 黒風さん」

「いいですねっ、やりましょうっ」



 百円玉を初めに入れたのは黒風。ボタンでアームを操作して、デカピヨ目掛けてアームを下ろしたが、正確に狙いすぎたのか黒風が下ろしたアームはデカピヨの肉厚な胴体に阻まれてしまった。そこから数回百円玉を入れた後に交代して、今度は士郎が百円玉を入れてアームを動かし始める。

 しばらくの間交代を繰り返しながら、お互いに千五百円程溶かした辺りでデカピヨと二人の戦いは二人の勝利で幕を閉じた。


「やりましたねっ!」


 嬉しそうにデカピヨを抱いている黒風を見て、士郎はクスリと笑うと、


「ですね。そのデカピヨは黒風さんに差し上げますよ。家の部屋に置けるスペースありませんから」

「い、いいんですか!? ありがとうございますっ」



 ぺこりと黒風が頭を下げながら礼を言う。それに、士郎は少しの困り笑顔を浮かべながら答えた。黒風の抱き抱える大きなそれを、近くに備え付けられていた大きな袋を取ってきてその中に収める。

 その後もいくつか小物を狙っては見たが、大した成果は得られずに時間は過ぎていったが、決してつまらない時間ではなかった。


 ふと気になって時間を確かめて見ると、時刻は既に六時半を回っていた。



「これからどうしますか? 時間はまだありますが……」


 士郎がそう聞くと、黒風は少し考えた後に、


「今日はこの辺りでお開きにさせてもらってもいいですか?」

「ええ、構いませんよ。……えっと、今日は退屈とか、しませんでした?」


 士郎の不安から出た一言に、黒風はクスッと笑う。


「安心してください。とっても楽しかったですよ。また、お会いできたらいいですね。アルさん」

「それなら良かったです。僕も今日はとても楽しかったし……色々、新鮮でした。また、会う機会があれば遊びましょう」



 二人はゲームセンターを出て、帰路に着く。途中で別れる所まで歩くと、士郎は黒風の姿が見えなくなるまで彼女の事を見送り、振り返って自分の帰り道を歩きながら一言ぽつりと言葉を漏らした。



「……疲れた」



 ◇◆◇◆◇◆◇



 士郎は家に着くなり、ベッドの上に倒れ込む。予想外の未経験である女性のエスコート、苦手なクレーンゲームや、自分とは不釣り合いとも思える黒風との会話……全てに対して士郎は気を使っていた。それだけに、家に帰りついた時には限界を超えていたのだ。

 今日の夕飯をどうしよう……とぼんやり頭の中で考えながら、スマホでSNSを覗いてだらけていると何とか今日一日残りの時間を過ごせそうな体力は回復した。

 今の時間を士郎が確認すると、夜の八時半過ぎ。力尽きていた時間は恐らく一時間位だろう。

 椅子に座ってPCの画面を付けて、動画サイトで新着動画を確認してみるが士郎の見ている投稿主の新着動画はアップされていなかった。まだ空腹でもない士郎は生放送をやっているページに飛ぶと、丁度白姫が放送をしていた。今日はどうやら雑談らしい。



「あー……今日はすっごい楽しかったの! 知り合いの人とラーメン食べに行って、ゲームセンターでデカピヨのぬいぐるみを協力して取ったり……とにかくすっごい楽しかった!」



 終始楽しそうに話す白姫なのだが……士郎にはその話の内容に聞き覚えがありすぎてどういう事だ……? と、混乱していた。今画面の向こうで話している彼女と、今日あった黒風の雰囲気とはかけ離れている。

 もし違っていたら……まあ、有名人と間違えるのは問題ないのか……? 等と考えながら、士郎は意を決して通話アプリの黒風相手にチャットを打ち込んだ。



『間違っていたらすみません。黒風さんって……ひょっとして白姫さんですか?』



 それを送信はしたが、生放送自体はまだ続いているので士郎のそれに気付くのはしばらく後になるだろう。

 画面の向こうの白姫はまだ楽しそうに話している。勿論、本当に偶然士郎達と同じような一日を過ごしたような可能性はないとは言えない。それに、黒風が今返信を出来ない状況だってあるし、彼女が違うと言えばそれ以上は何も言えない。

 なんとも言えない緊張した時間が数分過ぎた頃、空気の読まない士郎の胃袋が空腹の合図を鳴らす。時刻を確認すると、既に二十一時を越えていた。

 このまま画面と睨み合っていても時間の無駄だと気づいた士郎はPCの前から立ち上がって、夕食を作りに行くことにした。


 簡単な夕食を作り、ついでに風呂の用意をして部屋に戻る。PCの画面をそのままにしていたので、静かになっている画面を見て、白姫の放送が色々やっているうちに終わっていた事に気づいた。

 終わったなら終わったで、見れていない溜まったアニメでも見ながら食事をするか……と、考えているとピコン、と通知音が鳴る。


 恐る恐るアプリを開いて、それの内容を士郎は確かめる。



『えっと……はい。隠すつもりはありませんでしたけど……驚いちゃいました?』


 思っていたよりもあっさりとした回答に、士郎は呆気を取られながらもキーボードで文字を打ち込み返信した。


『それは……驚きますよ。今多分ネットで一番有名な人と二人で……ですよ? どんな人だって驚くと思いますけど……』

『で、ですよね……でも、言ったら言ったで知ってる人なら畏まっちゃうかもしれないから……と思って黙っていたんです……』

『成程……分かりました。いきなりこんな事聞いてすみません』


 そう打ち込んで、士郎は安堵のため息を一つつく。少しの後、黒風――いや、白姫が返信してくる。



『アルさんなら分かっているとは思いますけど、他の人には言わないでくださいよ? 信用して言ったんですからね?』


 それに士郎は苦笑しながら、返信の為にキーボードを叩く。


『分かってますよ。口が裂けても言わないです。……ちなみに、僕以外にも黒風さんが白姫だって知っている人はいるんですか?』

『ええ、何人かは知っている……というか、私が教えました。それがどうかしましたか?』

『いえ、少し気になっただけです。深い意味はないですよ』

『そうですか……そう言えば、アルさんはいつから私の放送を見ているんですか?』

『つい最近ですよ。SNSで話題になってたので』

『本当に最近ですね……』

『生主とかはあまり興味が無かったので……』



 そう打っていると、扉の向こうから風呂の沸いた音が聞こえてきた。そろそろいい時間だし風呂にでも入るかと考えて、士郎は一応離席を白姫に伝えてPCの前から立った。




『アルさん、行っちゃいました?』


 士郎はその場に居ないので勿論返信は無い。

 少し間を置いてから、白姫からのメッセージが再び送られてくる。


『折角ですから、私の名前の由来を教えちゃいますね。あ、白姫の方ですよ? ――昔、子供の頃に夜に家を抜け出して夜の森に遊びに行った時があったんです。夏の時で蛍がとっても綺麗な夜でした。その時に、一人の男の子と出会ったんです。その男の子が私の事を見てお姫様みたいだねって……そう言ってくれたから、この名前にしたんです。昔は見た目のせいで同年代の子達に虐められていたので、そう言ってくれたのがとっても嬉しかったんです。長文ごめんなさい、どうしても私の事知った人には由来も知って欲しくて話しているんです。煩わしかったら読まなくても結構です』



 ◇◆◇◆◇◆◇



 身体を十分に温め、汗を流してきた士郎は自分のPCの前で白姫の由来を見て、パズルのピースがハマったようなそんな感覚を得た。

 何故か見た夢の理由が今そこにあると、理解出来た。確かあの時に出会った彼女も夏の夜だった。記憶が正しければ彼女もアルビノだった筈だ。

 もし、あの時の彼女が白姫なのであれば……まるで小説じゃないかと一人で苦笑する。だが、もしも本当に彼女がそうなのなら――

 そう思い、士郎はキーボードを叩き画面の向こうの彼女に問いかける。



『もしかして……あの時、森の広場で蛍と踊っていたあの娘?』



 それに対しての返信は無く、暫くの沈黙が続いた。そして、チャットではなく通話の誘いが来る。士郎は急いでマイク付きのヘッドセットを繋げると通話に応答する。



「……間違っていたらすみません。貴方のお名前、シロウという名前ですか?」

「……はい。僕も、聞かせてください。貴女の名前は――」



 あの夜と、帰る直前のたった二度だけ逢った少女。自分の記憶の中に余りにも強烈な印象を刻みつけた。その彼女の名は――



「ケイ、ですか?」



 士郎のそれの後、暫くは何の言葉も聞こえなかった。ただ、彼女の息遣いだけが小さく聞こえた。

 彼女の表情は見えないが、士郎の言葉がもしも合っているのなら彼女の表情は何となくだが理解出来た。そして、少しの間を置いてから彼女は答える。



「はいっ……! 私の名前は、ケイです……! シロウ君……っ!」

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