白とのランデヴー
『突然で申し訳ないんですけど、明日会うことって出来ますか?』
確かに、黒風とはそれなりに長い間相談したりマルチプレイをしたりはしたが、それにしても唐突だな……と士郎は感じた。
まあ、明日は休みだから問題ないか……と思ったが、ふと考えたら士郎の住んでいる場所、というか地方を言ったことはあっただろうか? と、記憶を辿るが、伝えたような記憶はなかった。
『会うのは構わないけれども……俺、住んでる所言ったことあったっけ?』
そう聞くと、黒風がこう返信してきた。
『前に、大阪の日本橋によく行く。って言ってましたから、その辺なら私も行けますし会えないかな……って思ったんですけど……』
『言ってたのか……確かに、よく行く事は間違いないし、その辺りで会えるのなら構わないけれど……』
『じゃあじゃあ、明日の午後一時に日本橋にある大きなアニメショップが三つ入ってるビルの前に集合でいいですか?』
『あーあそこな、オッケーそれじゃあまた明日な』
士郎のそれに、黒風は、はいっ! っと元気よく返事を返してチャットは終わった。今の時刻は午後十一時。士郎は、一つ息を吐いてから風呂の用意をして、ネットの画面を眺めつつ横から流れる動画を聞いていた。
数分後に湯が沸いた音が聞こえると、士郎はググッと身体を伸ばして部屋に入るのだった。
◇◆◇◆◇◆◇
あの後は、特に何をやる事も無かったので大人しく寝る事にした。
一先ずアラームを十時に設定して眠ったのだが……アラームの音が聞こえるよりも早くに士郎は目覚めた。時刻は九時過ぎ、眠気もすっかり無くなってしまっていたので、士郎はベッドから出てPCモニターの電源を付けると、昨日の画面のまま放置していたSNSの画面をクリックして最新の画面にする。
朝食をどうしようかと考えたが、数秒考えて面倒になったので、近くのハンバーガー屋に行く事にした。
外に出るために家の扉を開けると、朝から蝉の全力の合唱と容赦のない日差しが出迎えてくれる。余りにも遠慮を知らないそれに一つため息をつきながら、士郎はハンバーガー屋に向かった。
持ち帰りで頼んでさっさと家に戻ってきた士郎はバーガーを齧りながら、ウェブ小説サイトで追いかけている小説を読んでいた。一話一話の文量が多い為に時間が無いと中々読むことが出来ず、まとまった時間が無いとあまり読もうと思えないのだが、クオリティはかなり高い。セットの飲み物を飲み終えるあたりで、一パート読み終える。士郎の胃袋はまだ入ると主張しているが、朝にそこまで食べる必要性も感じないので無視する。
約束の時間まではまだまだ時間がある。家にいても特にやる事はないので、士郎は一人の客としてプリズムフォレストに向かう事にした。
流石に、休日の朝となればそこそこに人はいた。大阪の中心部という土地である以上、ここから先更に人は増えるだろう。と思いながら、ゲーム筐体にICカードをかざしてから、慣れた手つきでパスワードを入力してゲームモードを選ぶ。百円を入れて選曲画面に入ると、まずは肩慣らしに簡単な曲を選び、プレーを始める。
終わる度に人が後ろに並んでいないかを確認しながら、数クレジットプレーしてから、店内の自販機で買ったコーラを飲む。時計を確認すると正午手前。昼食をどうするかと考えていると、スマホから通知音がした。士郎はそれを確認する為にロックを解除してアプリをみると、その相手は黒風だった。
『お昼ご飯どうしますか? 一緒に食べますか?』
『そうですねー……黒風さんがいいなら行きましょう。と、言っても近くのラーメン屋になるとは思いますけど……』
『いいですよ。お昼、ご一緒しましょうっ!』
何故かテンション高めの黒風の返事に苦笑しながら、分かりました。と返信してスマホを消す。ここから集合場所までの距離はさほど遠くはない。歩いて五分もかからないだろう。
士郎は再びゲームの筐体に向き直って、ゲームを始めようとしたが、いつの間にか並びが出来るほどに人が増えていた。
◇◆◇◆◇◆◇
一、二度プレーをした後に時間を確認すると、集合時間二十分前になっていた。流石にここからもう一回プレーする程の余裕はないので、集合場所の店でウィンドウショッピングでもしながら時間を潰すか、と考えて一足先に集合場所のアニメショップの入っているビルに向かう。
「やっぱ休日は人が多いな……」
士郎はそう愚痴を漏らしながら、二階にある中古品を取り扱うアニメショップに向かう。時々、とんでもない掘り出し物が売っていたりするので侮れないのだ。文庫ごとにあいうえお順で並べられたライトノベルを流し見しながら、士郎は気になったタイトルの物の表紙を見ては少し考えてから棚に戻す。今度時間のある時に買おうと思うタイトルは、スマホのメモ帳に題名をメモしておく。と、そんなことをしているうちに約束の時間まであと五分もない位になっていた。
士郎はビルの外に出て黒風を待つ。と、その時に士郎は気づいた。初対面なのに、特に自分の容姿も何も言っていないのであれば互いに誰かが分からないではないか、と。
どうしようかと考えていると、通知音がピコン、と鳴る。恐らくは黒風だろうと画面を開いてみると、案の定だった。
『集合場所に着きましたよ、アルさん。結構目立つ見た目なので……多分、すぐにわかると思います。だから、探してくれませんか?』
目立つ見た目とは……? と、士郎が考えながらスマホから、周囲の景色に視線を戻して辺りを見渡してみると、人混みの中に何やら関心と驚きの入り交じったような声が聞こえる空間があった。その空間を覗き込み、中心にいる人物を見て、直感的に黒風なのだと理解した。
太陽の光を全て遮るような真っ黒な日傘。その中に居たのは、季節外れの雪のような白い手で優しく日傘を持ち、紅玉のような紅い瞳の女性。雲のように真っ白な長い髪が風でふわりと揺れ動く。
まるで、そこだけが別世界のようなそんな気さえした。
士郎は、きっと彼女が黒風なのだろうと分かったが、あの空間に割って入るのがとんでもなくハードルが高い。意を決して、空間の中に入り込むと。
「貴女が、黒風さん……ですか?」
意を決して、そう声をかける。その声に彼女は振り返ってら、
「はい、私が黒風です。アルさん」
そう、答えて微笑んだ。
◇◆◇◆◇◆◇
黒風と無事に合流出来た士郎は、人生最大の緊張に襲われていた。高難易度コンテンツのクリア目前の時の緊張なんて目ではない。それもこれも、士郎の隣りを悠然と歩く黒風が原因だ。
「えっと……黒風さん」
「どうかしましたか? アルさん」
「お昼ご飯……本当にラーメン屋で良いんですか? その、もう少ししっかりした所、今からでも探しましょうか?」
士郎がそう言うと、黒風は小さく首を振って否定する。
「大丈夫です、アルさんのオススメのラーメン屋でいいですよ。楽しみにしていたんですからね?」
鈴の音のような声で答えながら、士郎の瞳をじいっと見つめてくるので、それに耐えられる力のない士郎は目を逸らして、分かりました……と諦めたように答えて、ラーメン屋に向かう。
黒風の見た目は確かに目立つ姿ではあったが、幸いにもこの付近はコスプレをしている人が少なくない。それだけに、士郎達の事を特に物珍しい視線で見る人間はそんなにいなかった。ただ、彼女の見た目に釣り合わないような男だとは思われているかもしれないが。
それはそうと、ラーメン屋にこんな服で入っても問題ないのだろうか……と士郎が心中で思いながら、約束通りに士郎オススメのラーメン屋にたどり着く。
「ここが、俺のオススメのラーメン屋ですけど……本当に良いんですか?」
「いいんですー、あんまりしつこいと嫌われちゃいますよ?」
黒風がぷくっと頬をふくらませて士郎にそう言う。士郎はどうなってもしらん……と投げやりな気持ちでラーメン屋に入店する。店内はこぢんまりとしていて、カウンター席が六つあるだけの小さな店だったが、四つの席が埋まっていて士郎達が入ると満席になる。
士郎の勧めで二人はシンプルな醤油ラーメンを頼む。暫くして透き通るようなスープのラーメンが二つ、士郎達の目の前に運ばれる。二人は、シンプル故にいくつもの工夫を凝らしたそれを共に食べ始めた。
「凄く美味しいです、これ……!」
「気に入って貰えたなら良かった」
黒風のその言葉にほっとしながら、士郎は一足先にラーメンを食べ終える。スープをゆっくり味わっていると、黒風も少し遅れて食べ終える。店主にご馳走様です。と黒風が言うと、普段は無愛想な店主なのだが、僅かに顔を綻ばせた。ちなみに、店主が仏頂面以外を見せたのは士郎の記憶の中では今回がはじめてだった。
ちなみに代金は士郎が見栄を張って二人分支払った。
「これからどうしますか? アルさん」
士郎はその言葉の回答に非常に困った。何せ、ゲーム仲間とはいえ女性をエスコートした経験など残念ながら士郎には無い。本来ならもっと色々とコースを練ったりするのだろうが、士郎はてっきり男がやって来るものだと思っていたので、そんなものは微塵も考えていなかった。
彼女からの評価は下がりそうだが、士郎は思い切って聞いてみる。
「黒風さんはどこか行きたい所、ありますか?」
「私の行きたい所ですか? そうですね……じゃあ、ゲームセンターに行きませんか?」
その言葉に、士郎は意外という表情をする。
「そんな所で良いんですか?」
「はい、実はあまりゲームセンターって行ったことがないんですよね……身体があまり強くないので、外に最近まであまり出る事が出来なかったんです。アルビノ、って言って分かりますか?」
「ええ、とは言っても陽の光を浴びれない……程度にしか知識はありませんが」
「大まかな所は大体そんな感じです。私の場合はしっかり対策していればまあ、外には出られるかな、といった位ですね」
日傘の中でクスリと微笑む黒風を見て、不意に先日の白姫の言葉がフラッシュバックした。彼女も同じように身体が強くなくて外に出られなかった、と言っていたが……まあ、ただの偶然だろうと士郎は思う事にした。
彼女の要望のゲームセンターだが、当たり前の事だがプリズムフォレストに等連れて行けない。連れていったが最期、質問攻めと明日から人気者の毎日が待っているだろう。
幸い、プリズムフォレスト以外にも近くにゲームセンターはいくつかあるし、あそこよりも大きなゲームセンターの方が多い。なので、士郎はプリズムフォレストとは逆方向に歩いた先にある大きなゲームセンターに行く。
向かいにも同じようなゲームセンターがあるが、士郎達は三階建てのゲームセンターの中へと入った。店内では観光客らしき人の姿も見える。
「アルさんって、ゲームセンターのゲームって得意ですか?」
「いや……そんなに、得意ではないです……UFOキャッチャーとか下っ手くそなんで……」
「そうなんですね……じゃあ、何か良さそうなものがあったら二人で頑張ってゲットしましょうっ」
黒風の柔らかな笑みに士郎は、はいっ。と返事を返して店内の中を散策し始めた。