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白の蛍  作者: すずしろ
2/7

白と黒と

 過ごしやすい気温に調節された空調。人が横に三人は並んでもまだスペースが余りそうな豪奢な天蓋付きのベッド。ベッドの後ろには趣味の漫画やライトノベルの入った巨大な棚が幾つかあり、そのどれにも所狭しと本が入っている。

 天井のシャンデリアが照らす光の下で、彼女はパソコンの画面と向き合いながらコントローラーを必死で動かしていた。



「あ、ダメ! そこで掴むのは反則だって……あー、もう負けちゃった……」



 彼女は、ゲームをしながらその画面を動画サイトで放送していた。要は、生放送をしていたのだ。

 あーあ……とため息をつく彼女の名前は、月輪恵(つきのわ けい)。目の前のゲーム画面ではバトルロイヤルを勝ち抜き、トップに立つキャラが楽しそうに踊っていた。

 恵はもう一つの画面で管理していた生放送の画面を見て、流れてくる労いの言葉にありがと、と答える。ちらりと放送時間を見ると、既に開始から二時間が経過していた。



「んー、そこそこやったしこの枠はここまでにするね。元気があったら、また枠とって放送するかも!」



 その言葉に、画面の向こうの視聴者達からの「おつ」やそれに似た意味の言葉が一斉に流れる。恵はそれを見てから、ばいばーいと言ってマウスを操作して生放送を終える。

 グッと身体を伸ばしてから、椅子から降りて巨大なベッドの上に仰向けで倒れ込む。薄いピンク色のシーツの上で、彼女の白い髪が波打つように広がった。ぼんやりと紅色の瞳で天蓋を見ながら恵は呟く。



「いつか、逢えますか? ……私の、王子さま」



 ゆっくりと瞳を閉じて、恵はあの時の事を思い出す。小さな時に、こっそりと家を抜け出して夜の森に探検に行ったあの時の事を。偶然見つけた広場で、蛍と遊んでいた時に出会った一人の男の子の事を。今でも持っている気持ちは、恵の片思いかもしれない。

 恵の姿は、一般的な人とは少し違っていた。それだけに、子供の頃はお化けだのなんだのと散々虐められていた。それだけに、あの時に出会った男の子の言った言葉が恵の心を癒してくれたし、自分の容姿に対する悪口に対して強くいられるようになった。

 正直な話、この気持ち自体が片思いなのかどうかも恵には分からなかった。だからこそ、もしも会うことが出来るのなら、出来たのなら。あの日から持ち続けている恵の子の気持ちを確かめたかった。



「明日の家庭教師……サボっちゃおうかな……」



 虚空に向けてぼんやりと呟いてから、一度起き上がりPCデスクに置いていたスマホを取ってから再びベッドに寝転ぶ。そして、アニメや漫画の情報を一通り覗いてから、彼女は明日の予定を考える。

 どうせサボるのなら普段は行かないような所へ……と恵は考え、スマホであまり行っていない有名な場所を探す。しばらく色々と場所を探した後に、恵は行く場所を決めたのか、スマホを充電ケーブルに刺してから、満足気な表情でベッドの中に入った。



 ◇◆◇◆◇◆◇



 今日のアルバイトを終えた士郎は、家に戻らずにプリズムフォレストの中で音楽ゲームに勤しんでいた。赤、白、青の三色のオブジェクトが曲に合わせてひっきりなしに降ってくるそれを、士郎はDJで見るようなターンテーブルと七つのボタンを駆使して、次々にそれを捌いていく。

 そして曲が終わり、最終リザルトで現れるのは輝くSの文字。士郎はホッと一息つきボタンを何度か押すと、ゲームオーバーの文字が出て士郎の番が終わる。



「今日の調子はどうだ? シロー」

「まあ、そこそこっスね。やらないと鈍りますからね、こういうゲームは」



 士郎はそう答えてから、鞄を背負い帰る用意を整える。力を入れてやらないのであれば、一日に四、五回で終わると心に決めている。とはいっても、いざやって見ると調子が良いと感じた時は追加でもう少しプレイする事もある。

 ただ、今日の調子は士郎の言った通りまずまず。何度もやるほどの調子では無かったので、隆広に軽く挨拶をして士郎は店を出た。


 夏の十七時はまだ明るく、セミの鳴き声と茹だるような暑さが、店を出た瞬間に士郎を出迎える。鞄の中の飲みかけのペットボトルを取り出してグッと飲み干す。

 帰り道は、目の前の大通りを真っ直ぐ進んで地下鉄の駅に行くだけなのだが、バイト先から一本奥の道へ行くだけで賑やかさの色が変わる。大通りは電気街といった印象を受けるのだが、奥の道はアニメの看板やコスプレをしながら客引きをする女性。怪しげな中古ショップから、十八歳未満立ち入り禁止の店まで。何ともまあわかりやすいアンダーグラウンドがそこにあった。

 士郎は帰り道の途中で、アニメや漫画の専門店に入って自分の買っている本の新刊が無いかと探す。だが、無かったのか店の中を探し回ったあと、店を出る。

 そこからの帰り道は、電気街側の道に戻ってひたすら真っ直ぐ歩くだけだ。そうすると、地下鉄の駅の入り口が見える。士郎は手慣れた動作で鞄から定期を取り出して改札機に当てて通り抜けると、階段を降りてホームに向かう。電光掲示板をチラリと確認して、次の電車を確認した後はイヤホンをつけて音楽を聴きながらSNSを流し見する。他愛もない愚痴から、誰かに向けた恨み節、士郎のやっているゲームのリザルトまで今日も混沌としていた。

 タイムラインを適当に見ていると、いつの間にか乗り込む地下鉄がやって来ていたので、士郎はそれに乗り込み車内で揺られながら十分程過ごす。

 家の最寄り駅で降りて、地上に上がるとようやく太陽が沈みかけていた。家の近くの弁当屋に立ち寄って、格安の弁当とサラダを買ってマンションの三階にある士郎と悠の家に帰宅した。玄関の電気をつけて見えるのは、廊下の先のリビングと横にある二つの部屋。横にある部屋のうちの左側が自分の部屋だ。

 自分の部屋のドアを開けて電気を付けるとほぼ同時にPCのモニターの電源も付けた。



「さて、今日は何するかな……」



 スマホでよくプレイしているオンラインゲームの時限イベントを確認してみると、五分とせずにイベントが始まるらしいので、士郎は急いでそのオンラインゲームを立ち上げてログインする。

 用意をしながら二つあるモニターの右側の画面で動画サイトの生放送をチェックしていると、偶然時の人である白姫の放送が行われていた。

 特に見たいものもなかった士郎は、その白姫の放送をクリックして生放送を視聴する。すると、士郎と同じゲームをプレイしていて、彼女も時限イベント待ちでロビーで待ちながら雑談をしていた。



「時限イベントにギリギリ間に合ってよかったよ~……今日はこの後疲れるまでアイテム狙いでクエストを周回する予定だから、一緒にプレイ出来る人はよろしくねっ」



 画面越しにも分かる綺麗な声。これでゲームの実力もトップクラスなら、確かにこういった界隈の人間達に人気なのもうなずける。

 そうこうしているうちに、時限イベントの時間になったので士郎は弁当を机の邪魔にならない所に置いて、キーボードに左手を置き、画面の向こう側に現れた強大な敵に自ら育てた自慢のキャラで相対する。

 強大とは言うが、実装直後から幾度となく戦った強敵。相手の行動は大体分かっている。同じクエストに参加している、他の十一人の仲間達と体力を削り、相手の最終形態が現れたタイミングで横で付けていた白姫の声が聞こえた。



「あっ! やった、倒せた!! これ、サーバー最速じゃないかな!?」



 嘘だろ? と士郎が声を漏らし、戦いながら横の放送画面をチラリと見てみると、画面の中心に彼女の使用キャラの銀髪のキャラ。そして、サーバー名とクリア時間が映っていた。時間については堂々の一位。士郎が記憶している最速クリア時間よりも三分は早かった。ある程度の仲間の運要素はあるものの、これだけ早くクリア出来るのなら確かに腕はトップクラスなのだろう。

 と、そうこうしているうちに、自分の方の画面の敵も遂に倒れる。記録に関しては、白姫のクリア時間よりも五分と遅れていた。


 クエストを終えた士郎は、弁当を食べながら白姫の方法を見ていた。彼女の立ち回りは、それなりにやり込んでいた士郎から見ても凄まじいもので、前線で戦いながらも、補助が切れる時間が分かっているのか、切れる直前に補助をかけ直しつつ前線で戦い火力を出していた。無論、常に前線で戦い続けている人ほどでは無いにしろ、それに負けず劣らずの火力を出していた。

 弁当を食べ終えた士郎は、思わずキーボードを叩いて白姫に質問していた。



『どうしてそんなに上手いんですか?』



 そのコメントが画面に流れてしばらくした後に、白姫がそれに気づいたのか、少し恥ずかしそうに答える。



「もしかして初見さんの方かな? えっとね……私、身体が弱くて外にあまり出れなかったから、こういうゲームに出会って、それからのめり込んじゃった……って感じかな、今では殆どゲームに時間をかけちゃってるけどね」



 てへへ、と笑いながら白姫は質問に答えてくれる。少しプライバシーに触る質問なので不味いかな……と後から気づいたが、白姫は悪気はないと思うから許してあげて、とフォローを入れてくれていた。士郎は出来た人間だな、と思いながら残ったサラダを食べ終えると、横に適当に付けてあるゴミ袋の中に突っ込む。

 それから、ゲームのフレンドリストを見てみるが、悲しくもリストのなかにオンラインの仲間は一人としていなかった。少し考えた後、士郎はゲームからログアウトして、ネットのブラウザゲームを幾つかまとめて立ち上げてはデイリーのクエストを並行して消化していく。基本的にはオートで進めてくれるゲームが多いので、それを進めながら通話アプリを立ち上げて、入っているオンラインゲームのサーバーの中から今の時間オンラインの人が多い活発なサーバーを探していた。



「やった! でたでた! 付き合ってくれたみんな、ありがとー!!」



 どうやら、白姫はお目当てのアイテムをゲット出来たようで、コメントも祝いや労いの言葉が右から左へ流れ続けていた。放送時間が三時間を超えていて、白姫が一つ欠伸をした後に、



「じゃあ……結構な時間やってたし、今日はここまで! みんなまたねー」



 白姫がそう言って放送を終える。「放送は終了しました」というメッセージが映るその画面を閉じて、見ていた途中に思い出した昨日見逃していた放送のアーカイブを見るためにそれのサムネイルをクリックする。

 しばらく見ていると、ピコンと通話アプリの通知音が鳴ったので、誰からのメッセージなのだろう、とメッセージの主をスクロールして探すと、直ぐに見つかった。そこをクリックしてメッセージを確認してみる。



『アルさん。よろしければ今から深層のレオ・ジェネシスの討伐戦メンバーに入りませんか? 丁度バッファーの方の枠が空いていて……』



 メッセージの主は前に入ったFL――ファイナルラグナロクというオンラインゲームの非公式サーバーで出会った人だ。名前は黒風、職は前衛で戦い火力を出し続ける所謂DPSと言われる職だ。

 黒風はこうして偶に人手が足りない時に士郎を誘いに来たり、装備の相談をチャットで送ったりしてきていた。

 特にやることもない士郎は断る理由もなく、快く引き受けてFLを立ち上げてログインし、ゲーム内の集合場所に行く。



『お待たせしました、黒風さん』

『いえいえー。来てくれて感謝です、アルさん』



 FL内のチャットで軽く挨拶を交わして、パーティに参加すると数秒としないうちに別のマップへ移動し、クエストの開始アナウンスが入る。



『頑張りましょうねっ!』

『皆さんの足を引っ張らないよう頑張ります!』



 黒風以外のメンバーは全員が初めて見る顔だった。それにレオ・ジェネシスの討伐戦はほぼ経験がない。そういう事もあって、士郎は少し緊張していた。

 だが、一度戦闘が始まってしまえばそんな事を考えている暇などない。メンバーに補助をかけながら、次々に放たれる敵の攻撃を躱していく。バッファーというのはいなくてはならないし、倒れてはならない役職だ。それ故に立ち回りの慎重さ、補助をかけるべきタイミングで一気に動く大胆さ等色々な要素を求められる。難しい役職ではあるが、その分クリア時の達成感はひとしおだ。

 数十分の死闘の果てに、士郎達は見事にクエストをクリアした。



『お疲れ様でした! 飛び入りで来てくださったアルさん、ありがとうございます!!』

『いえいえ、またご縁があればご一緒しましょう』



 どうにか役職分の仕事は終えて、ほかのメンバーからも好感触の返事が帰ってきた。士郎としては万々歳だ。


『アルさん。この後時間あります?』


 突然、黒風がそう聞いてくる。特に問題は無いので、返事をささっと返す。



『大丈夫ですけど、どうかしましたか?』

『少し相談があって……いいですか?』



 右下の時計で時間を確認したが、まだ二十二時過ぎ。明日は珍しく休日で休みなので、まだまだ就寝の時間には早かった。とは言っても、休日関係なしに士郎はまだ就寝しないが。



『構いませんよ。向こうの通話アプリの方が良いですよね?』

『そう、ですね……一旦ログアウトしてから、そっちで話しましょうっ』

『了解しました。こっちも落ちて待ってますね』



 会話が終わると、黒風はさっさとログアウトした。その直後にピコン、と通知音が鳴る。士郎は随分早いな……と驚きながらメッセージを確認すると――



『突然で申し訳ないんですけど、明日会うことって出来ますか?』



 その言葉に士郎の頭が一瞬停止した。

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