第三章 廻米
第三章 廻米
天保七年(一八三六年)
中型の屋形船が天満橋の上流二丁程の川中に停泊していた。障子は殆ど閉め切っている。舳と船尾は警固人が固めており、周りに目を光らせている。中では四人の乗客が人払いして談合していた。粛然とした空気が漂っている。被りものをした侍は服装からして、いずこかの大名のようである。その左には身分の高そうな老侍が、右には近習らしき痩身の中年侍が、それぞれ背筋を伸ばして控えている。相対しているのは小柄なあきんどだった。端正な顔立ちをしている。居住まいを正して畳に両手をついていた。
「高津屋、廻米の手筈を遅滞なく整えよ。且つ、内密に進めねばならぬこと言うまでもない。三年続きの大飢饉で、大坂も行き倒れや餓死が後を絶たぬ。窮乏した挙句の夜盗も増える一方じゃ。だが、江戸表でも大坂に倍して騒動が起っておる。しかも庶民が集えば、事あるごとに、ご政道への不満を漏らしておる。古来、天災地変と賽の目は天子様でも儘ならぬという。然るに、災禍に見舞われると、得てして恨みの矛先を大公儀に向けかねぬ。由由しき事態だ。が、憂えていても解決を見ぬ。無為無策に過ごせば天下泰平が揺らぎかねぬ。何はさておき江戸表だけは護らねばならぬ。さりとて江戸への廻米の布令を出せば事を荒立てよう。得たりやおうと不平不満を煽り、ご政道に盾突く輩が出てこないとも限らぬ。しからば穏当に、普段の取引に紛れて、廻米を講じたい。そこで、高津屋、そこもとの力を借りたい」
大坂城代土井大炊頭利位の凛とした声が屋形船の中に響いた。
五月が始まったばかりである。岸辺は陽光を浴び、若芽がさまざまな彩りを添えて萌え出した。木木の間から鳥の囀りが響く。春霞が川面をぼんやり灰色に覆っている。さざ波の照り返しが、障子や天井に柔らかく揺れていた。時おり、小魚の群れが白い腹を覗かせながら素早く船底に潜り込んだ。大凶作にそぐわぬ眺めである。しかし、長雨や洪水が襲ったかと思うと、極端な日照りが続き、更には冷害がとどめを刺した。大方の懸念が現実のものとなった。天明の大飢饉以来の餓死者を出している。その数は全国で数十万人とも目されている。村から逃げ出す潰れ百姓があとを絶たず、打ち壊しや一揆が随所で起っている。被害が甚大だった藩ほど実態を隠そうとしたが、もはや取り繕うことが出来なくなっていた。
「この三年来、手前どもにとって米取引は散散な結果でございました。春先の手付金をお支払いしたのに、違約なされた藩も十指に余ってございます。凶作の被害がはなはだしく、一艘の糧米すら大坂に廻送できなかった藩もございます。しかも、伝手を頼って別の米屋に、新たな取引を打診なさる有様でございます。特に奥州は長雨と冷害がひどく、伊達様ですらご苦労なさったようでございます」
高津屋信次郎は両手をついたまま現状を報じた。不義理を囲い窮乏を極めた藩が、何はともあれ春先の手付金を求める。扶持米はおろか、作付けにも支障を来している。諸藩の経済は疲弊し窮迫しきっていた。あきんどから見て好条件が提示されても、実りの秋に米が入荷する保証はない。
「奥州だけではなかろう。陸奥は言うに及ばず関東八州、甲斐から尾張まで飢饉に苦しんでおる。そこもとも先刻承知の通りだ」
「はい、そのように伝え聞いてございます」
「それを一部の両替商や米あきんどは、またとない儲けの折としか考えておらぬようだ。為政者の苦労にも無頓着で、あきんどとは恐ろしいものよ、そう思わぬか、高津屋」
そう言い放って利位は目元を緩めた。土井利位、寛政元年三河の生まれで、長じて古河前藩主土井利厚に養子として迎えられた。利厚の死で家督を継ぎ、第四代藩主となった。天保五年幕命により大坂城代の任に就き、早や二年が経とうとしていた。
「ご城代様、大凶作を望む者などいずこに居りましょうか。しかし、あきんどなら生業に精出して、次の商いに備えようと致します。糧米さえ確保できれば、全国各地からご注文をいただけます。ただ、新たな元手がございませんので、どのような商いの絵を描きましても夢のまた夢となってございます」
信次郎は膝を正し、両手を畳につけたまま答えた。命懸けで築きあげた暖簾も、元手がなければ生かせない。
「何と、今を時めく高津屋でさえ金策が付かぬと申すのか?」
「はい、想像を超えた貸し渋りに四苦八苦してございます。期日に返済出来ぬあきんども多く、両替商も身動きが付いてございません」
三年越しの大凶作ともなると、両替商も貸金の焦げ付きに苦しんでいる。商いが滞り、疲弊した経済の煽りは皆が食っている。
「この大飢饉では十人両替衆も信用貸しで手痛い損失を被ったそうだ。善右衛門ですら、難渋したらしい」
利位は眉を曇らせた。
「それにしても、高津屋にまで類を及ぼすとはな」
十人両替衆とは大坂町奉行公認の両替商である。信用が厚く、長い歴史を誇っていた。鴻池善右衛門がその筆頭である。実は高津屋も新規融資の相談で十人衆に通い詰めた。幸い借入金の返済で不義理は一度もしていない。だが、結果に愕然とした。『余裕があれば一番に高津屋はんにお回ししますんやが』とか、『高津屋はんからご相談いただくとは有難く承るべきでっしゃろが』とか言いつくろうが、要は手元不如意で新規融資はできないと断りを入れてきた。
「はい、手立てを尽くしておりますが、新たな資金の目途は立ち申しません」
「しかし高津屋、廻米は公儀の意向である。天下の台所、大坂に糧米が無いとでも申すのか?廻米が不足するようでは咎めなしでは済まぬ。申し開きも立たぬ。十人両替や、米あきんどにとっても他人事では済まぬぞ。場合によっては、過去に遡って貸し渋り、買い占め、売り惜しみの犯人捜しを始めねばなるまい」
あきんどの科を追及すると利位は言い放った。あきんどなら誰でも、微に入り細を穿てば、弱みを抱えた取引の一つや二つは思い当たる節がある。
「逃げ隠れなどさせぬ。われらの目は節穴ではない」
利位は鋭い一瞥を高津屋に送った。
「はっはぁ、恐れ入りましてございます」
信次郎は、額を船座敷一面に特別設えられた畳床にぴたりと付け、恭順の意を示した。
「幕府の威信に係る由由しき大事となってからでは遅い。高津屋、そこもとに出来なければ一体誰に出来ると言うのだ」
利位は声を和らげて諭した。しかし、高津屋は諾否を明らかにしなかった。
「ご城代様、一昨年来大坂でも餓死者、行き倒れが後を絶たなくなっているのはご高承の通りでございます」
前年の冬も連日のように餓死者が出た。小規模ながら、物盗りとも打ち壊しとも判別できない事件も頻発している。凶作が続けば、来冬は連日数十人単位で屍を曝すことになる。
「で、世情はどうだ?捨て置けば公儀の屋台骨が揺るがぬとも言い切れまい」
利位は信次郎の答えを待っていなかった。
「頭が死ねば、手足が無傷でも詮無い話だ。手足を一本失おうが、先ずは頭を庇わねばならぬ。それが公儀の苦衷の方略だ。心して聞け。たとえ大坂で、数千、数万の民が餓死しようとも止むを得ぬ。先ずは江戸表へ廻米だ」
「ご城代様、ご用命とあれば、何はさておき承りたく存じ上げます。ただ、安易にお受けしても、のちのちご迷惑をお掛けするのが必定でございます。お請け出来る器でないのを恥じ入るばかりで」
信次郎は次の言葉を出しあぐねた。耳の端まで赤く染まっている。が、ようやく覚悟が付いたのだろう、
「手前の命と引き換えにご辞退申し上げる以外にございません」
と、遂に断りを入れた。
「高津屋、命の安売りをする積りか?公儀を蔑ろにするとは、断るにしても不調法なものだ」
「滅相もございません。高津屋の今あるのも、代代のご城代様にご贔屓に与りましたお蔭でございます。ご恩は片時も忘れたことがございません」
「さらば廻米の段、承知か?」
「されど、手前もあきんどの端くれ、商いでの約束事は高津屋の暖簾、暖簾は手前の命でございます。出来ぬと知りつつ安請合いすれば、命惜しさに暖簾を穢したと世間の笑いものになるだけでございます。高津屋の暖簾をたたまねばならなくなれば所詮手前も生きてはおれませぬ。さようであれば、早早に命を差し出した方が信義にもとらない分、宜しいかと存じ上げます」
高津屋の額から汗が二粒、三粒と浮き出ている。その必死の様を目の当たりにし利位は苦笑いした。
「幕命にも困ることがあるが、あきんども厄介ものだ。暖簾の一言で頑なになり、融通が利かなくなる。そこもとは弁も立つ。しかし」
利位は再び障子の隙間から川面に目を移した。
「江戸表にお断りでき申せば苦労せぬ。だが、否が応でもなさねばならぬ。哀れと思うか?それが侍というものだ」
利位は珍しく弱音を吐いた。それをじっと聞き入り考え込んだ信次郎だが、やおら面を上げると
「恐れながら申し上げます」
と思い詰めたように訴えた。
「妙案でもあるか?」
脇息を横に退け、利位は身を乗り出した。
「手前はあきんどでございますが、生まれも育ちもこの大坂でございます。もし、高津屋に余資がございますれば、先物を少しでも多く約定する所存でございます。そうして、同条件の買主がございますれば、江戸でなくこの大坂や京で取引を結びたいものでございます。大坂は手前を育ててくれた故郷でございます」
故郷を見捨てる訳には参らぬと、高津屋は言い切った。
「高津屋、ご公儀の意向に逆らいたいのか?場をわきまえよ」
今迄控えていた老侍が、咎め立てするように口を開いた。
「はっはっ、恐縮至極に存じ上げます」
と、高津屋は又もや平伏した。
「泉石、まあよい」
と老侍を制し、利位は高津屋に念を入れた。
「江戸に糧米を廻したいのであれば、余に資金の手当てをせよ、というのだな?」
「恐れながら仰せの通りでございます」
「頑固者だな、浪速のあきんどは。手が焼ける奴ばかりだ」
利位はため息を一つつき、苦り切った顔を左右に控える老侍と近習に回した。が、二人は口を閉ざし、微動もしない。
「高津屋、資金手当ての段、改めて小次郎から申し伝えることにする、沙汰を待て。小次郎、よいな?」
「はっ、承りましてございます」
小次郎と呼ばれた近習が、初めて口を開き、短く答えた。