久々の会話
再開して数時間後、俺達はB区画にある我が家へと帰って来た。
因みに、R-01は電車に詰め込んで持ち帰る事が出来た。
「おぉ……ここが先輩の家ですか……」
「正しくは『達』だがな」
俺がガチャリとドアを開けて家に入ると、玄関の正面にあるカウンターの中には、二十歳にしては多少老けて見える、筋骨隆々な男性が居た。
彼の名前は『マツバ』。
七年前、俺の名前案でベニマルという案を出した人であり、この家トップクラスの家事能力を持つ人だ。
「おぉ。アラタにアカギちゃんか……お帰り。そこの子は友達か?」
「いやいや先輩。あの子は多分……件の魔術式師っすよ。まぁそれはさておき、お帰りっスー」
「ただいま……だな。ヤナギ、マツバ」
「あー……ただいまです、ヤナギさん、マツバさん。後ヤナギさんの言う通り、この子は魔術式師です」
「初めまして、えっと……ヤナギさんとマツバさん。せんぱ──アラタ君からご紹介に預かりました。私の名前はやちよ、しがない魔術式師です」
やちよがスカートの裾を摘み、片足を引いて軽く膝を曲げる……所謂、カーテシーと呼ばれる動作と共に挨拶をした。
「む……これはご丁寧に……自己紹介が遅れたが、俺の名前はマツバ。この店の料理長をやっている」
「はいはーい。次は私っスよ!私の名前はヤナギ!この店の……一応看板娘っス!」
二人の自己紹介も終わった所で、マツバが飲み物の注がれた、人数分のコップを差し出してくる。
中にはいい香りのする、濁りの無い赤紫の綺麗な液体が入っていた。
「お近づきの印に……って訳でも無いが、飲んでみてくれ。意外といける味……の、筈だ」
「あっ、ありがとうございます。頂きます」
「んじゃ俺も……頂きます、っと」
「なら私も……頂きます」
「私も……頂きますっスー♪」
液体をグイッと飲むと、柑橘類の爽やかな甘みと、ベリー類……ブルーベリーやブラックベリーの様な酸味と風味が口に広がる。
ベリーと言う事もあるのだろうが、何だか無性にレアチーズケーキと合わせたくなる様な味だった。
「おぉ……ベリー類と柑橘類ですか、初めて飲みましたね……美味しかったです!」
「前から思ってたが……やっぱり、レアチーズケーキとかによく会いそうな味だな」
「ほぅ?レアチーズケーキと……良いな!」
「生地に練り込んでも良さそうっスよねー」
「成程な、レアチーズケーキ……ふむ……ケーキか……」
マツバは何かを思い付いたのか、メモ帳を取り出して、超高速でペンを走らせ始める。
「おっ、次のレシピが出来るか……?っと、やちよ」
「ん……どうしました?先輩」
俺は地下室に続く扉を親指で指すと、そのままその扉に向かって歩き出す。
やちよは椅子から降りると、俺の後ろをピッタリとくっ付いて来た。
「で、どこに行くんですか、先輩?もしや幼い私を連れていかがわしい所に……」
「アホ、んな所には行かねぇよ。地下だ。積もる話はそこでするぞ」
扉を開け、その先にある鉄製のハッチを開けた後、地下十数メートル分の階段を下りる。
下りた先には、いかにも工場らしい見た目になる様に作った鉄製の階段と踊り場、そしてその横に佇む、布を掛けられた巨大な何かがあった。
「さて、積もる話……も良いですけど、それよりも気になる物が。何ですかアレ?私の考えが正しければ、アレ多分巨大ロボットだと思うんですが……」
「御明答。その通りこりゃロボットだ。つってもまだプログラムも何も入ってない、名前の付いた金属の塊だが──なっ!」
俺はガッと布を掴むと、そのまま勢い良く引っ張る。
すると布はずり落ち、その中にあった物が顕になった。
「コイツの名は『アンタレス』。型番はまだ決めてねぇが……俺の目的の為、ひいては機怪との戦争を終わらせる為に作った機体だ」
全長八メートルの、人型機動兵器。
頭部前面から縦に真っ直ぐ伸びた、角の様な二本のアンテナ。
緑色のバイザーと、その中に隠されたツインアイ。
人で言えば口に当たる部分には、牙の様に見えるラインが刻まれている。
機体全体としては装甲が厚く、直線的なデザインをしており、フレームを覆い隠す様に取り付けられた四角形状の肩部装甲と、爪の様に先端が鋭利となった手と、手の甲まである大きさの籠手を付けた腕部。
また脚部は機体全体を見ても特に大きく、装甲の厚さもさることながら、装甲の前半分が前に傾いた様な状態で展開されており、近接武装を格納するホルダーの様な役割を有している事も見て取れる。
全体的に赤を主として塗装されたその機体を、もし一言で表すとするならば、『鬼』か『悪魔』と言う表現が1番近いであろう。
「アンタレス……でしたっけ?星の名前を取った割には、随分恐ろしい様相してますね……」
「まぁ、こういうロボットは見た目が命な所も少なからずあるしな。良いアピールになるってもんよ」
「良いアピール……ですか。さては先輩、量産とか考えてます?」
「よく分かったな……まぁ、後々にはな」
そして、やちよはそのままジーッとアンタレスを見つめていたが、暫くすると視線をこちらに戻した。
「んで、先に質問させてもらうぞ?お前はどうやってこっちに来たんだ?姿が昔と同じ事を考えると、転生というより転移の方だと思うんだが……」
「えぇ、正解です。私は先輩が死んでから七ヶ月の間、日本に……地球に居ました。ですがある日、私は神に選ばれたとか何とかでこの世界にやって来たんです」
やちよはそう言いながら、俺の服に潜り始める。
そして、上半身が潜りきった辺りで、話を続け出した。
「むぅ、入りずらい……えっと、話を続けると、神ってのが夢の中で、『君は、この世界に留まりたいかい?』って聞いてきたんです。で、私が『留まりたくない』って答えたら、具体的に転移条件を決めさせられて……それで今に至ります」
「成程……?にわかに信じ難いが……まぁ、俺も転生した訳だから信じざるを得ないな……だが何で『留まりたくない』って答えたんだ?やちよの腕前なら引く手数多だったろ?」
やちよが深いため息を付く。
そして、聞こえない程小さな声で、何かを呟いた。
「先輩のバカ……」
「……?何か言ったかやちよ?声が小さくて聞き取れなかったんだが……」
「なーんーでーもーなーいーでーすー!」
「おうっ!?」
やちよはそう言って、俺の服の中でガシッと俺の横腹を掴んだ。
やちよがこうする時は『動いて』もしくは何かを『取って』のサインである。ただし、何故か今回は力と勢いが三割増だったが。
昔ならば、やちよは俺の服にすっぽりと収まるサイズな上、コアラの様な姿勢で俺の肋骨辺りに手を回すので、落ちないよう足を抑えてやれば良かったのだが……身長の差もある上、やちよが後ろ向きになっている為、取り敢えずやちよの両足を抱えて立ち上がる。
傍から見ればかなりアレな姿勢になってるのは……まぁ仕方の無い事だ。
「ったく、いきなり横っ腹掴むのは止めろ。まぁいいや、今の体じゃ落としかねないから、捕まってろよ……っと、ほいパソコン。……合ってるか?」
「合ってる合ってないの前に、この格好と服のサイズじゃ私パンモロしちゃうんですけど……まぁ良いです、アンタレスってプログラムがまだ未完成なんですよね?なら、私がやっちゃおっかなーって」
広い踊り場にある机の上。
そこにあるパソコンを取ってその場に座ると、やちよは俺の服から出て、そのまま俺にもたれかかった。
「あ……そう言えばさっき気がついたんですけど、もしかしてコレ出来る人を探しに、あそこまで来てました?」
「あぁ、A区画に現れた、天才魔術式師ってのを探しに来てたんだよ。話を聞く限りやちよっぽいから、どうかなーっと思ってたんだが……ビンゴだったな」
やちよの頭を撫でながら俺がそう言うと、やちよは何故か更に体重をかけて来た。
昔は何ともなかったが……この体じゃ少々重たく、片手を床に置いて、つっかえ棒のようにした。
「……先輩、もし見つけた人が私じゃなくて別の人だったら、その人にお願いしてたんですか?」
「いやー……それは無いな。俺の作る物は全部やちよのプログラミングありきだからな……もし見つけたのがやちよじゃなかったら、そん時ゃアンタレスがただの鉄塊になってた」
やちよは「ふーん……」と言いながら作業を続ける。
何故か先程よりも更に作業の速度が上がっているが、気を抜くと倒れそうな為、俺はやちよの背もたれになる事に集中したのだった。