睡眠不足に御注意を
俺の名前は『鈴宮 荒太』
並の学校を出て、並の会社に入り、そしてロボットの制作に日々心血を注いでいる、三十路過ぎのごくごく普通のオッサンだ。
そんな普通のオッサンな俺が今居るここは、一月初め早朝の、会社の開発部の倉庫。
一月初め、所謂正月と呼ばれるこの時期に、何故俺が会社に居るのか。
愚痴も交えて少々語りたくもあるが……それはさておき。
俺と後輩は、今日も二人でロボットを作っていた。
「よし……関節部の点検完了!そっちは!?」
「バッチェ!もちろん完璧ですよ!」
そう言いながらパソコンとにらめっこしているのが、俺の後輩の『鈴木 やちよ』だ。
ブロンズ混じりの黒髪をショートカットにした小学生の少女であり、身長はわずか一メートルとちょっと。
趣味はプログラミング、そして完成した物の動作実験という、少々変わった女の子だ。
「にしても……以外と早かったよなぁ、完成まで……」
「本当、ほぼ二人でやったとは思えない速さでしたよねー……まぁ、それも休日返上して働いた結果ですが」
「他の奴らはスデに正月休みだってぇのになぁ……まぁ、その分俺達の休みは長くなるらしいが」
「あっ、じゃあ先輩。休みにになったら神社デートしましょ、神社デート」
「お前はアレか、俺を社会的に抹殺しようとしてんのか?絵面が完璧に事案だぞ、事案。と言うか、俺は大人しく家で録画した紅白見ながら餅食って寝る予定だ。外には出ん」
「つまりお家デートしようって事ですね!」
「違ぇよ。何をどう考えたらそうなるんだよ。家で大人しく過ごしてろ、このマセガキめ」
そんな他愛も無い事を話しながら、俺達は目の前にある、つい先程完成したばかりのロボットを眺めていた。
災害、採掘、工事、その他様々な力仕事をこなす為の作業用人型ロボット、『R-01』。
全長は約十メートル、人間を模した様な手足と、頭部には赤外線熱感知機能付きの特殊カメラ。
機体の胴体部は前面に突出しており、そこがコックピットとなっている。
「さて……完成したのはいいんだが、惜しむらくは好き勝手弄れねぇ事だよなぁ……っと、やちよ。やる事終わったし、報告書書いたら俺は寝て──」
「先輩まだです。開発者たるもの、完成した後はやっぱり動作チェックですよ!」
と、俺が踵を返そうとしたその時、やちよは俺の服の裾を掴み、目を輝かせながらこちらを見てくる。
そんなやちよに対し、俺が表情でそれとなく拒絶の意志を伝えると、やちよは途端にしょぼくれて、泣きそうな顔になる。
その顔を見た瞬間、俺は諦めて大きな溜め息を一つついた。
「あー……わーった、わーったよ。やるから泣くな!」
「流石先輩!今日は特別に、後で添い寝してあげますね!」
「いや、いつもしてんじゃねぇか……主にお前が勝手に」
俺は再び溜め息をつきながらも、梯子を掛けて『R-01』のコックピットに乗り込んだ。
「システム起動。OS、マニュピレーター、各部間接の回路に異常なし、先輩!どうぞ!」
「あいよー……」
空返事をしてから上開き式のハッチを閉じ、操縦桿を握り、ペダルに足をかける。
そして、操縦桿を握ると同時にコックピット内部のモニターが付き、外の景色が映し出された。
「最初は二足歩行か……こう、だったよな?」
右足元のペダルを踏みながら、手元の操縦桿を前に倒す。
すると、ギュィィィンというけたたましいモーターの音と共に、勢い良く機体の右足が前に出た。
「おぉっと……結構揺れるな……次は、こっちか?」
俺は、続けて左側でも同じ動作をする。
そして、今度は左足が前に出る。
ガション……ギュィィィン……ガション……
「やちよー、どうだ?ちゃんと動いてるかー?」
コックピットに付いたマイクに向かって言うと、耳元のスピーカーから返事が返ってきた。
「バッチリです!そのまま方向転換もお願いします!」
そう言われて、俺は操縦桿に付いたスティックを全て左側に倒しながら、先程とは逆に左足、右足の順に足を動かす。
すると、機体はスムーズに左へ方向転換した。
そして今度は右側にスティックを倒し、右足、左足と動かす。
すると機体が右に方向転換し、最初と同じ方向になった。
「よーし!終わったか?」
「はい、OKです!全部終わりましたんで降りてきて下さい!」
機体に膝をつかせ、地面までの距離が縮まった事を確かめてから、ガチャリとハッチを開けて飛び降りる。
その瞬間、すかさずやちよが俺に向かってピョンと飛び込んできた。
俺は反応出来ずに押し倒され、そのまま硬いタイルの上に尻もちを着いてしまった。
「あいてっ!?ったく……いつも言ってんだろが?いきなり飛び込んで来んなって」
「んー、聞ーこーえーまーせぇーん……」
やちよは、俺の服の内側にモゾモゾと潜り込み、頬を擦り付ける。
その姿は、さながらマーキングをする猫の様だった。
「いや聞こえてんじゃ……って、おーい?あぁ……ダメだこりゃ、コイツ夢の中だわ」
「すぅーっ、ふぅーっ、んゅ……」
やちよは俺に抱き着いたまま、深く数回だけ深呼吸をした後、スースーと寝息を立て始めた。
「まぁ、久し振りの徹夜だったし、そりゃ疲れるわな……にしても、コイツの将来は……本当に大丈夫か?」
やちよは徹夜明けやストレスが溜まった際に、『何故か』俺の服に潜り込んで眠るのだ。
正直ホントに絵面が危ないので、何とか止めさせる手立てを見つけようと、昔それとなく俺の服に潜り込んでくる理由を聞いてみたのだが、口を割る気は無いようで、これまた何故か赤い顔でポカポカされた。
……小学生にして特殊性癖とかに目覚めなきゃ良いが。
そんな懐かしい事を思い出したりしていると、突如として強烈な眠気が襲って来た。
徹夜明けで疲れたのか、はたまた俺の服の中で眠るやちよを見て眠くなったのか。
俺は眠気に逆らわず、やちよに覆い被さらぬように仰向けに倒れると、そこで意識を手放したのだった。