プロローグ
バチッ……バジジジッ……ジジッ……
太陽の光が窓から差し込む巨大な倉庫の中。
話し声や音楽などの生活音は無く、一定の間隔を置いて、ただただ溶接音だけが響いている。
溶接音の発生元である俺……『アラタ』が溶接しているのは、一機の巨大なロボットの装甲だ。
厚手の作業服を身に纏い、ヘルメット型の遮光溶接面を着け、黙々と装甲を溶接していく。
そして、今しがたまでやっていた溶接が終わり、膝立ちの状態からゆっくりと立ち上がって腰を反らすと、パキパキと小気味よい音と共に骨が鳴った。
「あ゛ぁ゛……っと、一応体はまだ若いとはいえ、長時間やってると背中に来るもんだな……っと、よし。肩の修理も終了したし、休憩……と行きますかね」
俺は誰もいない倉庫の中でそう言うと、先程から足場にしていた機体の掌の上で寝転がり、自分が溶接していた箇所にこれといって目立った異常が無い事を確認すると、そのまま視線をほんの少し上に移した。
俺が視線を移した先にあったのは、額から二本の角を生やし、牙の様なラインが入った口を持ったロボットの頭部だった。
「ふぅ……あぁ、そういやこいつにも、随分と無茶させてきたなぁ……」
そう言って、俺は機体の掌の上からその全貌を見回してみる。
全長八メートル程の、巨大な人型兵器。
『機装』と呼ばれるこの機体の装甲は、所々が剥がれてフレームが見えており、コックピットに当たるであろう胸部には、大きな穴が空いている。
また、その機体には右腕が無く、良く見れば右腕の接続部であった箇所は、装甲諸共、まるで融解したかのように変形していた。
最早使えるかどうかすら疑わしいと思える程にボロボロなこの機体。
俺は一通り目の前の機体を眺めた後、次の作業に取り掛かろうと起き上がり、梯子を使って掌から降りた。
そして俺がテーブルの工具箱に手を伸ばした時、誰かが肩をトントンと叩いたのだ。
俺はピタリと手を止め、肩を叩いてきた人物の方向を向く。
「やっぱりここだったな、アラタ。機体を修理するのもいいが、そろそろ昼飯の時間だぞ?」
と俺に声を掛けてきたのは、艶のある銀髪を簡素なポニーテールにし、上はシャツ、下はつなぎの、作業員の様な格好をした女性だった。
「えっ、もうそんな時間だっけな……?」
「はぁ、全くお前は……いいから着替えて来い、早くしないと……私がお前の分まで食べてしまうぞ?」
それだけ言うと、銀髪の女性は倉庫を出ていった。
「なら、こいつの修理は午後に持ち越しだな……さて、俺の分が無くなる前に、早く着替えねぇと!」
俺は早急に着替えると、女性の後を追って倉庫を出る。
そして倉庫には、つい先程まで俺が修理していた右腕の無い機体だけが残った。
この機体に付けられた名は『アンタレス』
『人』と『機怪』の、長きに渡る大戦を終わらせた、赤き星の名を冠する機装。
窓から差し込む光を浴びて佇むその姿は、どこか眠っているようにも見えた。