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お父さんのデート応援し隊‼ ~任せて、お兄ちゃんと一緒に見守ってるから~

作者: エビマヨ

感想や指摘を頂けたら鳴いて喜びます。ぶひぃ。

心も晴れやかな朝とは、土曜日のことを、指し示すと私は思う。


「お父さーん、お兄ちゃーん、朝ごはんー」


加藤家の朝はいつもこんな感じ。家族二人は私に朝当番任せっきり。もっと崇め奉ってくれても良いですことよ?


なんて出来る女アピールを自分自身にかましつつ、定番の半熟目玉焼きにカリカリに焼いたウィンナーを添えた朝食を三人分、テーブルに『コトリ』と置いてテレビを付けた。


「おはよう、美晴。いつもありがとうね」

「ありがたがる位なら家事手伝ってよねお父さんー」


起きてきたお父さんに、少しぶーたれてみる。


「たははー手伝って良いなら僕、張り切っちゃうよー」

「……目玉焼き作れる?」

「卵の殻がちょっと入っても良いなら」


以前、目玉焼きを作ってもらったら、卵の殻がいっぱい撒き散らされたスクランブルエッグが食卓に上がった。論外。


「……お洗濯出来る?」

「何枚か破いても構わないならいける」


いくつもの洋服がお無くなりになられたあの日のことは忘れない……。


「ふふ、論外」

「手厳しいなぁ……」

「その代わりお仕事頑張ってもらってるから別に良いんだけどねー」


本当は家事なんて出来なくても構わないと思ってる私は一応フォローをしておく。


「どうも家事だけは上手くいかないんだよね、そろそろ手伝いは出来るようになりたいんだけど、たはは」

「? 別に私がずっと作るよー」


曖昧な笑みを浮かべるお父さんを横目にお兄ちゃんを待つ。


すると何度も読み返したのだろう、よれよれの本を取り出した。びっくりすることにそれは恋愛小説『君恋』の最新刊だ! いや、なんでそんなによれよれなの、というか小説なんて普段読まないお父さんにどんな心境の変化があったのかな。


やきもきする私を他所に真剣にお父さんはそれを読み込んでいた。まあ人の趣味に口出しする私ではない、いいんじゃないかな、うん。


「ふぉあああー、おはよーちょいと寝不足だわ」

「おはよう亮二、夜遅くまで電気ついてたけど無理はいけないよ」

「げ、ばれてた? いやー作曲に興が乗っちゃって」

「『げ』じゃないよーお兄ちゃん、おはよ! またバンド関係?」


寝癖で頭が鳥の巣みたいになってるお兄ちゃんは欠伸を噛み締めながら私の隣の席についた。

ちなみに音楽で食ってくとか言っちゃうお馬鹿さんだ。


「そうさ、また近いうちに場所借りて演奏する予定だかんなー忙しいわけさ」

「流行んないからやめなってーちなみに駅前でやるの?」

「まあな、また賑やかしよろしく」

「お父さんも時間が合えば聴きたいかな、まあひとまず頂きますしようか?」


そして広い世界の日本の中、平凡な家庭の一つで『頂きます』と響く。

加藤家は三人家族である。母親は病気で子供たち二人が小さい頃に亡くなった。そこからは男手一つで子供達を立派な高校生に育て上げた父の名は加藤国弘。

ただ春は近いようで、遅れてやってきたそれに舞い上がるのは桜の花弁でも父でもない。


「そう言えば父さん、美琴さんとは上手くいってんの?」


ウィンナーをパリポリ頬張るお兄ちゃんがすっごい気になる情報をぶん投げてきた!


「お父さん! 美琴さんって誰!」

「たははー参ったな、ただの同僚だよ」


白髪が混じりだした頭をかきつつ、困りつつも幸せそうな笑みを浮かべるお父さん。


「そのただの同僚さんと今度デートするんだもんな」

「ふぇえ!? デート!?」

「ばったり鉢合わせしてばれちゃったからなぁ困ったもんだ」

「いいじゃないか、お互い様だって」

「お兄ちゃん!! ちょっと、美琴さんってどんな人なの?」


お兄ちゃんの肩を揺さぶりつつ聞き出した所、おしとやかな人でお父さんと歳は同じらしいけど、若々しく良く大学生に間違われるとか。


めっちゃ美人そうってことはわかった!


「でも父さんがデートかー失敗しないか心配だわ」

「たはは、怖いことを言わないでくれよ」


それは私も懸念していたところだ。お父さんには立派にデートをこなして貰いたい。


「お父さん、質問!」


いつも先生に質問する時みたいに『しゅばっ』と右手を上げる。


「美晴さん、どうぞ」


お父さん今日はノリが良いかも。


「デートへの意気込みはいかがですか?」

「実は緊張で胃が痛くてね、たはは」

「父さん、そんな調子で大丈夫かよ……」


大丈夫じゃない気がする……。

よし決めた!


「お兄ちゃん、連れション!」

「……ちょっと待て、色々おかしいし、どこでそんな言葉覚えてきた?」

「いいから、はやくついてきてよ!!」

「たははー兄妹仲が良いねー」


無理矢理廊下まで引っ張っていった。部屋の中に声が漏れないように声を潜める。


「で、だいたい予想はつくけど何さ?」

「お父さんのデートを近くで見守るの! 手伝って!」

「ちなみに拒否権は?」

「ない!」

「りょーかい」


まあそういうことでお父さんのデートを見守ることになった。

頑張れお父さん、私達が近くで応援してあげるからね!!




***




そしてお父さんのデート当日。天気は文句なしの晴れ模様……だったら良かったな、雲の癖に空気を読んでくれない。電車を乗り継いで訪れた先は東京だ。いわゆる街中デート?


渋谷駅ハチ公前には待ち合わせの為か、人で溢れている。装飾過多な音で占められたこの空

間に溶け込むように美晴の父は佇んでいた。


若干、他と比べ忙しないのは愛嬌か。


そんな彼を見守るように、かと言ってばれないように遠い所から二対ぐらいの視線がちらりちらりと彷徨っている。


言わずもがな、加藤家の二人である。その二人はいつもとは装いを変えているようだ。


『お兄ちゃん、準備はできてる?』

『……出来てるけどよ、まじでやんの?』

『この電話番号は只今、文句を受け付けておりません、ピー音の後にーー』

『わかったから、さっさと始めてくれ!』

『じゃあ作戦開始』


私は電話を切った。きっと私の表情はかつてない凛々しさを秘めているだろう。

遠目でお父さんの姿を確認した。


(待っててお父さん、私達が近くで見守ってあげるからね)


心の中で呟きつつもしっかりと作戦は忘れない。


まるで不安な乙女のようにその背中を探す――――見つけた。


いつも通りの冴えないお兄ちゃんの姿がそこにはあった。


私はできるだけ華やかな表情を意識しつつ声を上げた。


「おまたせぇー! ダーリン!」

「今きたとこだよハニーィ!!」


なお、お兄ちゃんはやけくそ気味だったとだけ追記しておく。面白いのになぁ?



---



「作戦名は『遠目で観察! ドキドキダブルデート作戦』です! はい拍手」


お兄ちゃんが項垂れたまま反応してくれなくて悲しい。


得意げな美晴。初めて使用する伊達メガネや普段とは違う装いに気分が高揚しているのだろうことが傍目からでも見てとれる。トレンチコートの裾を意味もなくばさりと舞わせて喜んでいた。


そんな美晴と対をなす亮二は赤いチェックのシャツにジーンズの姿。溜息は隠さず、されども顔は隠したいようでハンチング帽を目深に被りなおした。ハンチング帽を過信していることが良くわかる。美晴も似たようなものではあるが。


「妹とデートなんて末代まで恥だぞ……」

「大丈夫、私達で末代だから!」

「諦めるのはえーよ、もうちょっと頑張ろーぜ高校生」


まあ冗談はともかくこの作戦にも理由はある。お父さんのデートについていくとなると必然的にデートスポットを巡ることになる為、だったら最初からそういう設定でいこうというわけだ。私達が別々に見守っても別に良いけど、もしカップルしかいないお店に入店されたら目立ってしまう。


まあそういうことだ。


私達、ラブラブカップル。今日は彼とデートなの。


「……なあそれだと最初のハニーのくだりいらなくねぇか?」

「やらないとカップルに見えないじゃん、良くて荷物持ち?」

「ははは、面白いこと言うじゃねぇか、ガキンチョ」

「今なんていった!?」


私達、ギスギスカップル。今日は彼を懲らしめてやるの。


「つーか早くいくぞ、父さん達見失う」

「あれ? もうお父さん達デートしてるの? まだ三十分前だよね?」

「二人して相手を思いやった結果だろ、良いことじゃねぇか」


お父さん達を見ればお互いに優しい笑顔を向けていた。相手の人は肩にかかるぐらいのミディアムヘアーに一房の編み込みがされた控えめな、けれども自分に見惚れて欲しい一心が伺える。白いワンピースにカーディガンでばっちり決めたおしゃれさんだった。小物のセンスすら凄い。


なんていうか、ご令嬢様?


「……お父さん、凄い美人さんを捕まえたんだね」

「ぼーっとしてんな、手を引っ張るのも重いんだけど」

「あ、道曲がった! 見失うから、急ぐよ、お兄ちゃん!」

「変わり身早いし作戦の主旨忘れてねぇか!?」


私はお兄ちゃんを置いて急いでお父さん達を追った。この道のりだと神宮通公園だろう。

流行る気持ちを抑えるのだった。



---



『お兄ちゃん、どうしたの? 迷子?』

『しまいにゃ怒るぞ』

『ごめんて』


あの後、お兄ちゃんにメールしてお父さん達の居場所を伝えたのだが追い付いてこないのだ。


『ちょっと不審者と間違えられてな……』

『……ああうん、なんかごめんね?』

『まあ良いんだけどよ、その子もめっちゃいい子で何度も謝ってくれてるし』

『解決してるならすぐに来れそう?』


お父さん達はベンチに座ったままお互い顔を真っ赤にして俯いてる。どうやらベンチに座ったら予想以上に距離が近づきすぎてテンパってるらしい。初々しいことこの上ない。


すぐに移動することはなさそうだけど、問題ないなら早くきてほしい。


『おう! すぐに到着するからそれまで見守りよろしく』

『了解、早く来てね』


そして電話を切った。待つ間で静かにお父さん達を観察する。


やっと再起動した二人は本の話をしてるようだ。お父さん最近本読んでるなぁとは思っていたけどこういうことか

最近話題の小説に関して、お互いに面白かったことを言い合ってる。特に美琴さんさんは嬉しそうに語っている。きっと美琴さんがお父さんに薦めたのだろう。


「待たせたな」


お兄ちゃんの声だ、やっと来たか。


「お兄ちゃん、おそい――――」

「こんにちわ美晴ちゃん」


お兄ちゃんの隣には腰まである長い髪を煌めかせた美しい女性がいらっしゃった。


「こんに、ちわ? え? なに? え?」

「よろこべ、仲間が増えたぞ、美晴!」

「お兄さんに誘われました。よろしくお願いします」

「なに関係ない人を巻き込んでんの?! この馬鹿お兄ちゃん!!」


お兄ちゃんが言うには、あやしい私たちに声をかけたという女性と意気投合してしまい、馬鹿お兄ちゃんが一緒にどうかと誘ったらしい。意味がわからない。


「この女ったらし! お父さんが今、幸せになろうと頑張ってるのに!」

「いやいや、何も考えずにスカウトしたわけじゃねーから! 惟子さん、どうぞ」


すると紹介された惟子お姉さんは、にこりと微笑んだ。


「私はこうなることを予測して、前もってあなたを説得する言葉を三日三晩考えてきました……」

「すごいだろ、前もって準備してるんだぞ、こういう力は今の俺たちに必要なものだ!」

「どう予測したら、私たちに話しかける選択肢が出てくるのかわかんないけど、一応、聞こうか」


彼女は困ったように笑った。


「三日三晩考えても何も浮かばなかったの、説得って難しいわね?」

「かえれー!!」


どうしよう、お父さん応援隊に新たな仲間が増えました。



---



その後、お父さん達は近くのファミレスに寄って昼食を済ますようだったので、後を追い、時間を見計らってから入店した。


見たところお父さんと美琴さんは楽しそうに天気の話しをしている。


「お兄ちゃん、どう思う? 私的には良い雰囲気だと思うんだけど」

「まだ硬てぇ雰囲気じゃねーか。しかもお父さん、『本日はお日柄も良く~』って言ってるけど、会話困ったときの話題だろ」

「しかも今日は空一面曇りよ。テレビの天気予報にカチコミに行こうかしら?」

「お姉さんはなんでそんな過激なの!?」


まあ硬い雰囲気らしいお父さんを見守りつつ、丁度良いのでお昼をここでとってしまおうとなった。

依然、二人はギクシャクしているらしい。私の目からみると楽しそうに見えるから不思議だ。


「ご注文、承ります」

「俺はオムライスー」

「私はサンドイッチの盛り合わせを頼めるかしら?」

「イチゴパフェ!」


そして店員さんは確認だけして帰っていく。ああ楽しみだ。

ふと二人をみると怪訝な表情。


「なによ?」

「イチゴパフェって、おい。先に昼済ませや」

「いいのー今日は頭痛いことばっかりだからパフェで活力補給しないとやってけないのー」


主にお兄ちゃんのせいだということは、出来た妹である私は言わない。

昼時だけあって混んできたファミレスは家族連れで賑わいだした。子どもがはしゃぐ姿を横目にふと、お父さんのデート先を眺めた。


まぁ、普通のファミレスだ。デート先に選ばれるような華やかさも、特別感もない、ただのファミレスだ。


「ねーお兄ちゃん。デートスポットのチョイスでファミレスはありなの? それともなしなの?」

「わかんねぇ、パスタとかフレンチとか? そういう場所を普通は選ぶんじゃね?」

「ねー、大丈夫かな、お父さん」

「心配ないわよ、相手も楽しんでるじゃない」

「あ、そうなん? こっからじゃ顔隠れてわからねーわ」

「間違いないわ、太鼓判押してあげる」

「おー」


自信満々に言われるとそうなんだろうと思えるから不思議だ。


「私が楽しいのだから、皆楽しい」

「なにその傍若無人っぷりは」


兄はけたけた笑う。手にはスマホ、ピコピコ音が鳴ってるからゲームでもやってるのだろう。

まるで兄姉が増えたかのような喧しさ、そして少しの楽しさがあった、ような気がする。



---美晴視点 off



やがて頼んでいた料理が到着した。美晴は到着したイチゴパフェの器を一目散に受け取ると勿体ぶったようにスプーンを彷徨わせていた。その輝く瞳はイチゴパフェしか認識しておらず、また同じ理由で聞く耳も持たずといったところだろうか。それに気づいていない亮二と惟子は受け取った料理よりも優先することがあるようで、何かに気遣うようにとつとつと話し始めた。


「まあ、だいたい状況は把握してるつもりだけどな、今後とも長い付き合いになるわけだ?」

「ふふ、まあ私はそうなってくれたら嬉しいなって思ってるわよ、お兄さん(・・・・)」

「おなじ気持ちなようで嬉しいこった、よろしくな惟子」


そしてふたりしてお冷に口を付けた。


「イチゴパフェ……至福、超至福……」

「妹さん、イチゴパフェマニア?」

「美晴、昔からイチゴは好きだったからな、この状態だと大抵の話は左から右へ流れてる」


 亮二は肩の力を抜いた。若干呆れている。


「あら? ではこの意味深な会話に意味がなくなってしまうじゃない」

「はは、よくよく考えてみたら聞いてても『いつの間にお兄ちゃんは惟子さんを呼び捨てにする仲になったの!?』って問い詰めてくるのが関の山さ」

「では呼び捨ては止めておいたほうがよいかしら」

「そうだな、いらん火種は蒔きたくないしな」

「残念ね、できれば妹さんとはもっと仲良くしたいのだけれど」

「まあ頑張れ、こっちでも妹の機嫌を伺っておくよ。タイミングは任せる」

「ええ、ありがと」


美晴は他二人が会話している最中、ゆっくりとしっかりと噛み締めてイチゴパフェを堪能していた。その蕩けさせた表情を見ればどれだけイチゴパフェを愛しているのかが伺えるだろう。そんな姿に亮二と惟子は微


笑ましい視線を向ける。


惟子はサンドイッチを口にしながら、楽しそうな鼻歌をこぼす。


ファミリーレストランには家族連れの客がいるものの、その喧噪をするりするりと抜けて、亮二の耳に弾んでいった。


「音楽、嗜んでんの?」


ナプキンで口元を拭いながら亮二に笑みを向ける。


「ふふ、ピアノぐらいは」

「おおー腕前は?」

「先生からのお墨付きよ」

「素晴らしい、うちのバンドに欲しい逸材だ」


目を輝かせる亮二。


「あら、バンド組んでるの? バンド名は?」

「『メイギオスタン』ってバンド名」

「……英語ではなさそうね」

「まあ英語じゃあありきたりだからな、このバンド名に刻みたかったのは他より上等でありたいって気持ちだな」


亮二は得意げにバンド名を語る、普段語ることができない為か多少饒舌である。


「ふふ、バンドが好きなのね」

「ああ、妹に聴かせてるうちに自分も好きになった感じかな?」

「妹さんの為の音楽ってこと?」

「そう、なるのか? わかんねーわ」


亮二は頬をかきつつ窓を眺めた。


「誰かの為の音楽……いいわね、私も聴きたくなっちゃった」

「良く言った! ぜひとも聴かせよう俺の魂のソングを!」

「ちょっと待ちなさい、急に立ち上がろうとして、何をしようとしてるの?」

「ギターとってくるから待っててくれ」


惟子は慌てて、袖を引っ張り押し留めた。


「え、え? ちょっと困ったわ、お兄さんが暴走するなんて。あっちょっと、立ち上がろうとしないで、バレてしまうから!」

「今なら何だって奏でられる気がする!!」

「妹さんイチゴパフェ食べてないで止めてーっ!」


賑やかな、席なのだった。



---美晴視点 on



お姉さん、疲れてるけどどうしたのだろう?


昼食を終えて、どうやらお父さんはアウトレットモールで買い物デートを選んだようだ。


四階ほどの建物で楕円形。あちらこちらで初売りセールとかやってるようだ。華やかに彩られた春物コーデに人は集まり、視線も吸い寄せられる。見渡せばお洒落な人で溢れており、変装を理由にするわけではないが、いつもと装いを変えた私では太刀打ちがどうやら難しいように感じる。


「うぅ、私の格好変じゃないよね……」

「格好つうか、この尾行自体が世間一般からみれば、顔をしかめる行為なわけだけどな」

「バレなければ問題ないわ、頑張って二人を見守りましょう?」


腕を引かれて、春物コーデとさよならの時間。ああ、次会うときは誰かの物になってるのかな。


「服なんて長いか短いか、色がどうだかの違いでしかねーじゃんか」

「お兄ちゃんはわからないだろうけど、全然違うから! どこのブランドとか、組み合わせとか、色々あるの! ねーお姉さん!」

「まあそうね、私はそこまで思い入れがあるわけではないのだけど、馬子にも衣装ってことわざがあるように衣装で変わる認識があるのも事実よ?」

「お姉さん、それだと私が不細工みたいな感じになっちゃう……」

「不細工は大変だな?」

「誰が不細工だー!!」


失礼な! これでも学校ではわりとモテる方なのに! お兄ちゃんの眼は節穴で審美眼が備わっていないようだ! あーあ、かわいそう!


「ふふ、ごめんなさい? いじってしまって。お兄さんも私もあなたの可愛さはわかっているわ」


お姉さんの微笑みは美術展でみられる彫刻のように完成された美しさがあった。そしてまるで私を馬鹿にしているように見えるのは私の被害妄想だろうか? だろうな。


私も美人寄りの顔立ちで生まれたかった。


「あー悪い、ちょいとトイレ行ってくる」

「ふふ、行ってらっしゃい」


そんなこんなで辛い現実に立ち向かいつつもお父さんの応援に目を向ける。

お父さんは美琴さんと楽しそうにおしゃべりをしている。


『美琴さんはどの服を着ても似合いますよ』

『やだわ、国弘さんたら、お世辞が御上手なのだから』


美琴さんはワンピースを片手に頬を染めていた。ここからでもわかるような甘い空気がお父さんはデートし

ているんだなと再認識させてくれる。


「お父さん……このまま幸せになってほしいな」


いつも私やお兄ちゃんを育てることばかりでお父さん自身の幸せが蔑ろになっていたように思う。

私が少し昔を思い出してしみじみとしているとお姉さんが急に私の頭を撫ではじめた。


「……美晴ちゃんだけではないわ、私もあの二人には幸せになってもらいたいって思ってる」

「お姉さん?」

「お姉ちゃんって甘えてくれてもいいわよ?」

「……うっとおしい兄姉はお兄ちゃんだけで充分ですから」

「あらあら、嫌われちゃった」


相変わらず撫でられているが、嫌ではなかったので、少しすり寄った。


お兄ちゃんにはできない甘えかたが出来るのは、いいなって思った。



---



街頭がまばらにちろちろと瞬きはじめる、そんな時間。まだ肌寒い寒風が桜並木の間を通り抜け、歯の抜けた櫛のように人通りのなくなった道路をより物悲しく仕立てる。


ただ夜桜は薄暗い街頭の明かりでさえ、綺麗に彩られるようだ。


片手で数えられるぐらいの少なさではあるが感嘆の溜息が零れていた。


「お父さんたち、夜桜見たかったんだね」

「いやまあ、綺麗なのはわかるんだけどよ、何もこんな時間じゃなくていいじゃんか、治安だって不安なわけだしさ」

「どうしても見たかったのでしょうね、小説の『君恋』の名場面に人気のない桜並木で夜桜を眺めながらの告白があるの」

「あれ? 惟子お姉さん、『君恋』知ってるの?」

「ふふ、お母さんが『君恋』大好きなの、あの人に耳がタコになるぐらいまで聞かされてしまったわ」


そんな折、通りの向こうから騒ぎ立てる声が近づいてきていた。


「まじつまんねー、あれだけで喚いて絶交とかまじ考えらんねーんだけど」

「ぎゃはははっ、なに? 今度は三股ばれたんか?」

「まだ遊んでやってねーよ、誘ったら彼氏いるつうからよ」

「あー男をボコにしたんけ?」

「そー男の方をちょっとボコして略奪的な? なぜか略奪できねーでやんの」

「ぎゃはははっ、だっせー!! 言ってくれりゃあ俺ら3人、手伝ってやったんによ!!」

「おめーらすぐに使い物にならなくすんじゃねーか、もっと手加減してやれよ、俺が楽しむ分が減っちまうじゃねーか」


「……うーわ、これはまずい奴だわ」

「お兄ちゃん、ちょっとこれは流石に怖いんだけど」

「美晴ちゃん、大丈夫、私が守ってあげるわ」

「雰囲気も台無しだから今からでもぶん殴ってやりたいが、何もないならそれが一番良いんだよな……」


亮二の願いも空しく不良の一人が声を上げる。


「彼女候補はっけーん、ちょっと略奪してくるわ」

「おお!! 手伝うから分けろよ!!」


 すかさず反応した亮二と惟子。


「ーー美晴は隠れてろっ、惟子さんは何か有段者か!?」


共に走り出していた惟子に確認を取る亮二、心配はしていないようで自信があるのだろうと目で訴えている。


「空手っ、免許皆伝してる!」

「上出来っ!」


二人はそのまま駆け出していった。


「君達はなんだい? こんなことをしては親御さんが悲しむよ」

「そうよ、なんだったら親御さんとの間を私達で取り持つ手伝いもできると思うわーー」


国弘と美琴は不良の突然の行動にびっくりしつつも宥めるように対応するが、気が大きくなっていたのであろう不良にそれは効果がなかった。


「まじうるせぇ、指図すんじゃねえ!! ちょっと痛くすれば――――」


――不良達の接近を。


「「痛くなるのはてめぇ(あなた)だ!!」」


許さない二人、亮二は不良の右頬に有らん限りのストレート、惟子は正中線に抉り込む蹴りを突き刺す。


「ぐぺぇ!!?」


不良は半回転、後に倒れ込む。

無事な不良三人、騒ぎ立てた。


「誰だ!?」

「ボーカル担当、リョージだ。覚えておけ、リョージと書いて『ケンカいつでも買います』って読むんだよ」

「あら、あなたたち名乗って貰えてよかったじゃない。私、あなた達に名乗る程、安い女ではないの、ごめんなさいね?」


国弘は目を瞬かせて呟いた。


「亮二? どうしてこんなところに……」

「話は後だ父さん、ここは若い俺に任せて後ろに下がって、美琴さんを守ってやって」

「危険だ! ここは警察にーー」

「っっっあぁあぁああ!! やりやがって!! まじキレたからな!!?」


不良は頬を拭ってダミ声で叫び、立ち上がろうとしている。

殴りかかってくるまで時間がない。


「頼む、父さん!! 俺を信じてくれ!! 父さん守りながらじゃ、時間稼げないんだ!!」

「っ! すまない亮二! 美琴さん、後ろに下がります」

「え、ええ」


そして完全に立ち上がった不良、取り巻き立ちを先導して二人を襲いはじめる。


「ぶっ殺してやる!!」

「上等だ! まとめてかかってこい」


不良二人がかりで亮二へ殴りかかってくる。亮二は不良が一直線に並ぶように移動すると、先頭の不良を蹴り飛ばし後ろの不良を巻き込ませた。惟子に関しては不良の拳をさばいて、体勢を崩した敵の顔面に躊躇することなく正拳突きを叩き込んだ。また流れるような動きで不良の腕を取ると鳩尾に一発、蹲り、力の抜けた状態ですかさず、一本背負いをかます。


ただ身体が丈夫なようで不良達は二人に殴られ投げられながらも何度も立ち上がっては二人に襲いかかっていた。


「……お兄ちゃんとお姉さん、凄い」


二人して舞うように不良達をなぎ倒しちゃってる。このままなら問題はなさそう。


「もしかしたらと思ったらやっぱり、美晴もいたんだね」

「あ、お父さん! 大丈夫?」


お父さんに駆け寄ってみるが特に怪我らしいものは見当たらない、うん問題なさそうだ。


「僕は問題ないんだけどね、美琴さんが少し気分悪いみたいだから端によって美琴さんを見てるよ」

「わかった、私はちょっとお兄ちゃん達のこと見てるかな」

「……危険だから一緒に近くにいたほうがいいんだけど」

「それはわかってるけど、二人の動きがよく見えるここに居たいの、万が一もあるし」

「わかった、僕も少し路肩に外れているだけだから大丈夫だと思うけど、危険なことはしないでね?」


お父さんはそれだけいうと美琴さんを連れて路肩に向かわせた。美琴さんは終始ごめんなさいと呟いているようで、なんだか私も悲しくなった。美琴さんのせいではないと私は思う。不良達が悪い、嫌な偶然が重なってしまった、ただそれだけのことじゃないのかな……。


「あらかた片づけたか……」


そんな中、お兄ちゃん達もやっと決着がついたのか周りに蹲る不良達に囲まれる中で毅然と立っていた。良かった、何も問題なく――――


「馬鹿にしやがって、まじ許せねぇ」


――不良の一人立ち上がる、胸元にキラリと光るもの、おそらくナイフ、お兄ちゃん、気づいてない!


「っ! お兄ちゃん!! 後ろ、ナイフ!!」

「へー妹さん、いるのかぁ……」

「しまった、美晴!」


不良は、私に向かって走り出していた。お兄ちゃんが刺されることがなかったから安心しつつも足は竦む。

刺すなら刺せばいい、私は怖くない。動けないのは情けないけど。


不良のナイフがギラリと街頭に照らされた。私と不良の距離はもうすぐ、お兄ちゃんは不良の後を追っているけど、たぶん間に合わないかな。


「俺に恥かかせたから死ぬのさーーーー!!」


弱いものを狙う本能なのかな、だとしたら刺された後で嘲笑ってやる。

怖くない、怖くなんかないし。泣かないし。


「ざまぁみやがれ!!!!」


美晴にナイフが突き刺さる、その刹那。


自ら刃向かった者がいた。お世辞にも喧嘩に強いわけでもなかった中年にさしかかった彼は息子みたいに、うまいこと刃物を受け止めることなんて出来ないとはわかっていたのだろう。


だから文字通り、体を張って子供を守ることしか、出来なかった。


「ガフッ、……」

「お父……さん?」


茫然と呟く美晴に優しく微笑むと、不良に睨みつけ、震える手でその肩を握りしめた。


「君は、わかるかい? 大事な子ども達に、凶器を向けられた! 親の気持ちが解るかい!?」


目の焦点を失いつつある父はしかし不良をギラギラとした瞳で睨み付けていた。


「てめぇ!! 父さんと美晴に何しやがったぁああ!!」

「国弘さん!? いやぁ、いやあぁぁ!!」


すっとんできたお兄ちゃんが不良を引きはがすと、押し倒してマウントを取った。

呆然とする私よりも先に、美琴さんが悲鳴をあげてお父さんの元に走りだそうとしていたが足がもつれて倒れた。なんとか追いついたと思われるお姉さんが美琴さんを押しとどめている。


「待って、まずは救急車! 救急車を呼ばないと! それに錯乱している状態で近づいても悪化させるだけ

だから、落ち着いて!」


お兄ちゃんの激しさが増して、ナイフを持っていた不良の頬を何度も何度も殴りつけていた。


落ち着こう、落ち着こう。


お兄ちゃんが私の代わりに怒ってくれた。だから私は、お兄ちゃんの代わりに冷静になるべきだ。


「お父さん、大丈夫だよ。すぐに救急車が来るからね?」


ナイフは取らない。これ以上の出血を防ぐ為。そして支えながら、ゆっくりと寝かせる。


「グぅ、ぅぅ……」


落ち着け、落ち着け!


「お父さんっ、大丈夫、大丈夫だから」


お父さんの手をしっかりと握る。出血のせいなのか、少し冷たく感じた。


私はただひたすらにお父さんを呼び掛けた。



---



救急車のサイレンが聞こえてからは早かった。警察も後ろに続いており、不良共は事の重大さに腰を抜かした者が多数。逃げ出した輩はお兄ちゃんが執念の追跡で引っ捕らえていた。現行犯逮捕、お兄ちゃんは事情聴取の為に警察に連れていかれることに。過剰防衛で逮捕はない……と、思いたい。大丈夫だよね、お兄ちゃん?


私とお姉さん、お父さんの彼女さんである美琴さんは救急車に乗った。


「応急処置も悪くない。大丈夫ですよ助かります」


救急隊員のその言葉で少し救われた気がした。


こうして、激動となった私の一日は終わりを迎えることとなった。




***




「お父さーんお見舞いに来たよー」


あの後は入院することとなったが、後遺症もなかったようだ。本当に良かった。


お父さんが居る個室の部屋の扉を開くとすでに先客がいる。


美琴さんがお父さんを甲斐甲斐しくお世話していた。美琴さん、林檎を兎の形に剥いちゃってなんていうか、雰囲気がもう新婚夫婦だった。


「美琴さんにお世話してもらって、幸せ者じゃん、お父さん」

「ははは、からかわないでくれ美晴」

「ふふ、なんだか恥ずかしいわ」


お父さんが病院に搬送された辺りでは美琴さん、ずっと私のせいでと嘆いて涙を流していた。私とお兄ちゃんの『美琴さんは悪くない』という説得もあまり効果がなかったのだけど、お父さんがいつの間にか美琴さんを落ち着かせていたようだ。


美琴さんは照れながらもお父さんの世話をやめようとはしないらしい。


これはもう結婚式の段取りの話もしてるんじゃないかな?


お兄ちゃんもお見舞いにきた。だけど少し寂しいこともある。結局、お姉さんの連絡先を聞くことができなかった。気づいたら居なくなっていたのだ。すぐにまた会えるとは聞こえた気がしたが、自分の希望が入り交じった幻聴だと思われる。だってお父さんのことでいっぱいいっぱいだったから。


「……お姉さん、すぐに会えるよね」


まるでもう一人のお姉さんだと思える程、仲良くなれた惟子お姉さん。


今、お姉さんは何をしているのだろう。


すると美琴さんは思い出したかのように声をあげた。


「あ、そうそう。二人には一応、紹介しないといけないわね」


そう言うとスマホを取り出して、電話をかけた。


「……そうそう、紹介しないといけないから戻ってきて。……何言ってるの、礼儀みたいなものでしょう」


そして電話を終えると美琴さんは美しい笑みを浮かべた。


「実は私には一人娘がいるの、また仲良くしてもらえると嬉しいわ」

「また?」


どういうことなんだろう?


すると扉が開いた。そこに立っていたのは惟子お姉さん。


「え、え?」


混乱する私にお姉さんは美しい笑みを浮かべた。


「妹さん、私はこうなることを予測して、三日三晩と二晩中ずっと説得の内容を考えていました……けれど」

「お姉さん!!」


私は思わず抱きついた。まさか、そうだったのかと混乱半分、嬉しさ半分。

お姉さんは私を抱き止めながら、ふふふとおかしそうに笑った。


「説得なんて不要よね? お姉ちゃんって呼んで? 美晴ちゃん」


美術品もかくやという程の笑みが、私の為に向けられていた。

家族が増えた。私は今、幸せだ。


「はは、惟子さんが居てくれてよかったな? ってかそれだけご機嫌だと、これはいらなかったな」


お兄ちゃんの手には紙袋が握られていた。


「お兄ちゃん、なにそれ?」

「春物の……衣服?」

「ふふ、妹さんがショッピングモールで気になってた奴よ。お兄さん、そうよね?」

「ああ、さすがに解っちまうか」

「え? え!? ほんとに? ありがとうお兄ちゃん!」


思わずその場で袋を開けて確認してみた。


「…………お兄ちゃん、そういえばさ、私の服のサイズ、知らなかったよね?」

「ああ、まあな! 感覚で買ってみた」

「ブカブカで着れないじゃない!! お兄ちゃんのバカー!!」


私は今、幸せ、か? 


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