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「何言ってるんだ?」
不愉快そうな顔をしてエイデンがレオナルドの手を払いのけた。
それでもなおレオナルドは嬉しそうだ。
そんな二人の様子を見ていると私まで嬉しい気持ちになってくる。
「レイナまで何笑ってるんだよ。」
口を尖らせるエイデンがなんだか可愛らしい。
「そういやエイデン、準備は間に合うのかい?」
エイデンはまだ普段の格好のままだ。
「戻ったらすぐに済ますさ。」
そう言ってエイデンが私を見た。
「エイデン、どうしたの?」
急に黙ってしまったエイデンに声をかけた。
「いや……」
エイデンが真面目な顔で私を見つめる。
「綺麗だな……」
「えっ?」
不意に言われた言葉にドキッとしてしまう。
「あ、ありがとう。」
何だか照れ臭い。
「今までに見たどんなものよりも綺麗だ。」
口だけでなく本当にそう思ってくれていることがエイデンの瞳を見れば分かる。
うっとりとしたとろけそうなエイデンの顔を見て、体が熱くなってくる。
嬉しいけど、そんな風に褒めらたらドキドキしちゃう。レオナルドやビビアン達の視線もあるし、恥ずかしさと照れ臭さで顔が火照ってしまう。
「それ……」
エイデンの眉間に皺がよる。
「なんでそんなティアラをつけてるんだ?」
エイデンの声は低い。
「何か変なティアラなんですか?」
アランが私のティアラをしげしげと見ながら尋ねた。
「それは、シャーナのティアラなのよ。」
エイデンの母であるシャーナが結婚式の時に使っていたものを、私がプレゼントされたのだとジョアンナが説明する。
「そんな危なそうなもの使って大丈夫なんですか?」
爆発でもするんじゃないかとアランが心配そうな顔をする。
「ティアラならいくらでもあるだろう。」
エイデンがすぐに外してしまえと言うが、外すつもりはない。
「私はこれがいいわ。このティアラはエイデンのお父様がシャーナ様に贈ったものでしょ?」
たしかにシャーナ様には嫌な思いをさせられたけれど、それがこのティアラを使わない理由になりはしない。
それに……
「このティアラの箱に入ってた手紙覚えてる?」
記憶は全て戻っているのだから、きっと覚えているはずだけれど、エイデンは私を見つめたまま何も答えなかった。
「私は、エイデンをよろしく、幸せになれって書いたシャーナ様の気持ちは嘘じゃないと思いたいの。」
エイデンがしばらく無言のまま私を見つめた後で小さなため息をついた。
そのため息に混じって
「好きにしろ。」
小さな声が聞こえた。
声は冷たかったが、エイデンの表情は穏やかだった。
「ねぇ、二人とも。」
ジョアンナに呼ばれてエイデンと二人で振り向いた。
「私達から二人に結婚祝いがあるんだけど……」
アランと二人嬉しそうな顔で私達を見ている。
「結婚祝い?」
ジョアンナ達のニヤニヤ顔を訝しがるようにエイデンが尋ねた。
「そうよ。結婚祝い。」
ジョアンナとアランが目配せする。
「私達このままこの城に住むことにしたから。」
「えぇー?」「はぁ?」
エイデンと同時に驚きの声をあげる。
「それのどこが結婚祝いなんだよ?」
呆れたような顔をしたエイデンに、
「嬉しいでしょ?」
とジョアンナが言う。
「んなわけあるか。」
エイデンはそっけない。
「でもレイナは嬉しそうだけど。」
ジョアンナが私を見る。
「喜んでくれるでしょ?」
ええ、もちろん。大喜びよ。
ジョアンナは私達の結婚式が終わったら、今まで住んでいた城に帰る予定だったのだ。
それをとても寂しいと思っていたのは私だけではないはずだ。
「とっても嬉しいです。」
そう答えた私にジョアンナが満足そうな笑みを見せる。
「もうお父様には了承済みよ。」
「ちなみにお二人以外は皆知ってます。」
アランの言葉にレオナルドが笑って頷いた。
「お祖父様もお喜びでしょうね。」
「城を改修しなきゃなってブツクサ言ってたわ。」
素直じゃないんだからとジョアンナが笑う。
「何でそんな話になってるんだ?」
憮然とした顔つきでエイデンがため息をついた。
「自分達だけ知らなかったからって、そんな顔しないのよ。」
明るく笑うジョアンナに、エイデンは一層機嫌悪そうな顔をする。
「……前に言ったでしょ? 私はあんたの母親がわりのつもりでいたんだから……あんたが幸せになるのを側で見守りたいのよ。」
ジョアンナに真っ直ぐ見つめられて、エイデンは一瞬怯んだ。
「何言ってんだよ。」
その声には勢いがない。
「皆エイデンの幸せを願ってるんだよ。」
レオナルドが柔らかな表情を浮かべた。
「何馬鹿なこと……」
そう言ったエイデンの顔は真っ赤だった。
きっと嬉しい気持ちと、恥ずかしい気持ちが混ざってるんだわ。
そんなエイデン達を微笑ましい気持ちで見つめる。
「じゅ、準備してくる。」
俯き赤い顔を隠すように部屋を出て行ったエイデンを見て、
「逃げたな。」
レオナルドとジョアンナが声を出して笑った。
☆ ☆ ☆
厳かなパイプオルガンの音が鳴り響く中を一人進んでいく。
ただまっすぐ歩くだけなのに、こんなに大勢の注目を集めていると考えたら緊張してしまう。
ベールがあって前が見にくい上に、普段は履かないヒールで気をぬくとよろけてしまいそうだ。
ふぅっ。
何とかエイデンの隣まで無事たどり着くことができて安堵する。
「レイナ……」
私を迎えるエイデンを見て、思わず息がとまりそうになった。
なんて素敵なの……
ここまで歩くのに夢中で全く気がつかなかったけど、エイデンもこの場にふさわしい正装に着替えていた。
やっぱりエイデンは黒がよく似合うわ。
あんまり素敵なエイデンに息をするのも忘れるほど見入ってしまう。
こんな素敵な人が私の旦那様なんて……
「レイナ、どうした?」
固まってしまった私にエイデンがこそっと囁く。
「緊張してるのか?」
「エイデンがあんまりかっこよくて……」
素直にそう囁きかえす。
「……本当にお前は……」
エイデンの掠れた声が漏れた。
「エイデン?」
思わず自分の目を疑ってしまう。
エイデンの頰を一筋の涙が静かに滑り落ちていく。
「どうしたの?」
「俺は一体……なぜ泣いて……」
エイデンが自分の目尻に触れ、流れる涙に驚いている。
「大丈夫?」
白い手袋をはめたまま、エイデンの頰を伝う涙に触れた。こんな風にエイデンの涙を見るとは思ってもいなかったので、狼狽えてしまう。
「幸せだな……」
涙を拭う私の手をきつく握りエイデンが言った。
「本当に……本当にこんな幸せがこの世にあるんだな……」
「エイデン……」
本当に幸せそうな微笑みを浮かべたエイデンに、私も微笑みかえす。
「レイナ、愛してるよ……」
エイデンが私のベールを持ち上げた。
視界がクリアになり、エイデンの顔も、参列者の顔もよく見える。
コツン。
エイデンが自分の額と私の額をくっつけた。
「エイデン……私も愛してるわ。」
本当にエイデンと出会ってから楽しいことも、悲しいことも色々あった。
きっとこれからもまだまだたくさんの出来事が起こるだろう。
でも大丈夫。きっとエイデンと一緒なら何だってできちゃうわ。
エイデンの手が私の頰に触れた。
瞳の端に、嬉しそうに笑うお祖父様とレオナルド、仲睦まじく手を握るジョアンナとアランがうつる。
その後ろには涙を浮かべるビビアンとミア、ミアにハンカチ差し出すウィリアムもいる。
予定にないエイデンの動きに慌てる進行役の後ろではカイルがメガネを外して涙を拭っていた。
本当ね。本当に幸せだわ。
エイデンの手が私の背中にまわされる。
優しく引き寄せられ、深い愛情を感じるキスを受けた。
ねー、エイデン……私を見つけてくれてありがとう。
もっともっと一緒に幸せになろうね。
これから訪れる明るい未来を思い浮かべながら、私のありったけの愛を込めたキスを返した。
本編無事に終了することができました。
読んでくださった皆様のおかげです。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。




