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「おはようございます。」
まだ暗い部屋の中、ベッドの中で気持ちよく微睡んでいる所をカイルに襲撃された。
「あれ? エイデンは?」
まだ眠たくて開ききっていない瞳をこすりながら横を見ると、一緒に眠ったはずのエイデンの姿はなかった。
「陛下でしたらとっくに起きて、ただいま入浴中です。」
はぁっと大きな欠伸をして思い切り伸びをした。
とうとう結婚の儀なのね。
無事にこの日を迎えられたことがとても嬉しくてたまらない。
そんな私に、
「レイナ様の日頃の行いがいいからでしょうね……」
カイルがさっとカーテンを開けた。
「あらまぁ。」
窓の外はベッドから見て分かるほどに土砂降りだった。
急いで起き上がり、窓際へと走り寄る。
「すごい雨ね。」
窓をあけると、バチャバチャという激しい雨音が部屋の中に入ってくる。
はぁっとカイルが大きなため息をついた。
「普段こんなに雨が降ることなんてないのに……」
カイルは忙しさからなのか、少しイライラしている。
たしかに普段この国はどちらかというと乾燥気味なのに、こんなに大雨になるなんて珍しい。
「この雨のせいでパーティーの予定を大幅に変更しなくてはなりません。」
「そうなの?」
結婚の儀の後にパーティーがあるとは聞いていたが、詳しいことは何一つ知らされていないので何が変更になるのかよく分からない。
「陛下からお聞きになってませんか?」
エイデンからは特に何も聞いていない私は、首を横に振った。
「そうですか……」
カイルは顎に手をあて少し考えた後で、
「今日はガーデンパーティーの予定でした。」
と言った。
「ガーデンパーティー?」
ステキな響きに胸がおどる。
「そうです。レイナ様が喜ぶだろうからと、城の庭園を大改装したんですよ。」
「カイル、何バラしてるんだ。」
声がしてふりむくとエイデンがまだ濡れた髪の毛を軽くタオルで拭きながらこちらへやって来るところだった。
やだ……すっごくいい……
エイデンのお風呂上がりの姿を見たのは初めてではないけれど、こんな風に濡れた髪の毛のままというのは初めてだった。
「この調子だとパーティー会場は室内に変更せざるをえません。せっかく陛下がご用意したプランをレイナ様にお知らせしないのはもったいないと思いましたので。」
「エイデン、色々用意してくれたんだ。ありがとう。」
私の好きなことを考えて用意してくれるなんてとても嬉しかった。
恥ずかしいのか、エイデンはタオルで口元を押さえて顔をそむけた。
「結婚の儀は昼からなんだ。まだ時間は十分あるだろ? 」
二人にしろとエイデンがカイルに言った。
「分かりました。」
いつもと違い、カイルがあっさりとそう言った。
「もう少ししたら朝食をご用意いたします。陛下は風邪をひかないよう、早く髪の毛を乾かして下さい。」
と言って部屋を出ていく。
「カイル、何だかいつもと違わない?」
いつもみたいに嫌味や皮肉の一つもないなんて、何だか落ちつかない。
「やっぱり今日は特別な日だから、あいつなりに気を使ってくれてるんじゃないか?」
エイデンはそう言って窓際に立った。
「雨か……よく降ってるな。」
エイデンの隣に立ち、弱まることなく降り注ぐ雨粒を眺める。
綺麗……
空は暗く曇っているのに、雨粒はキラキラと光り輝いて見える。
まるで虹が降ってるみたいね。
雨粒は色々な色味を帯びて、虹が雨に混じって溶けて流れ出したかのように美しかった。
「綺麗だな。」
エイデンが雨粒を見つめながらがポツリと言った。
「一粒ずつ輝いているようだ。」
「エイデン……」
何だ? とエイデンが横を向いて私を見た。
「マルコが言ってたんだけど、私が産まれた日は土砂降りだったんだって……」
そう聞いていたからかもしれないが、今日という特別な日に珍しい大雨が降ったことが、ごく自然で当たり前のことのように思えた。
私達を祝福してくれている……何の確証もないけれどそう思った。
「そうか……」
軽く私の肩を抱き、雨粒に視線を戻したエイデンが言った。
「天も俺達の結婚を喜んでるんだな。」
エイデン……
エイデンが私と同じ物を見て、同じ事を考えている。
ただそれだけのことが、とても嬉しくて幸せだ。
「おい、レイナ。顔赤くないか?」
私の顔を覗きこみながら、エイデンが心配そうな表情を見せた。
「昨日の晩冷えて風邪でもひいたんじゃないか?」
そう言って私のおでこに手を当てる。
「熱は……ないみたいだな……」
安心したような顔で笑うエイデンの顔を見ながら、顔が赤いのは、きっと見慣れないエイデンの濡れた髪のせいだわと思う。
本当に何でこんなにセクシーなの……
ただ髪の毛が濡れて、タオルを肩からかけているだけなのに、いつも以上に男前なのはどうしてなのかしら?
無造作に髪をかきあげる仕草がかっこよすぎて、脳内で悲鳴をあげる。
「レイナ?」
エイデンの声で我にかえる。
いけないいけない。思わずみとれてしまったわ。
「本当に大丈夫か?」
そう言ってエイデンが心配そうに私の顔を覗きこむ。
一段と近づいた顔に、心臓が大きな音を立てる。
「大丈夫よ。」
これ以上近づいたら色気にやられてしまう……
危険を感じて一歩さがった私をエイデンが引き寄せる。
「何か隠し事があるんだろ?」
私をきつく抱きしめながらエイデンが言う。
「か、隠し事なんて何もないわ。」
そう答えた私にエイデンがふっと笑う。
「顔を見たら分かるんだからな。何隠してるんだ?」
別に何もと答えた私にエイデンが
「そうか……」
そう言ってゆっくりとキスをした。
やだ……
エイデンのいつも以上の深いキスに、力がぬけて膝から崩れてしまいそう。
「で、話したくなったか? それともまだ足りないか?」
私を抱きしめ、軽く笑いながらエイデンが私の顔を見る。
もうこれ以上は耐えられるわけない。
あっさりと降参して、エイデンの風呂上がりの姿にドキドキしていたのだと告白した。
「なんだそれ?」
エイデンが声を出して笑った。
「今までだって何度も風呂上がりの姿を見てるだろ。」
「だけど、こんな風に濡れた髪の毛でっていうのは初めてなんだもん。」
「そうかそうか。」
と嬉しそうにエイデンが笑う。
「こんな簡単なことでレイナを興奮させられるんなら、毎晩濡れた髪で過ごすかな。」
そう言ってエイデンがひょいっと私を抱き上げる。
「待ってエイデン。色気を感じるとは言ったけど、私は興奮してるわけじゃ……」
私の言葉は嬉しそうなエイデンの耳には届かないのか、分かってると言いながらエイデンが私をベッドの上に優しくおろした。
いやいや、絶対分かってない。
「レイナが濡れた髪が好きだったなんてなぁ……」
まだ嬉しそうな顔のエイデンを見て、やっぱり濡れた髪にドキドキしてるなんて言わなきゃ良かったと後悔が押し寄せる。
「エイデン、今日は結婚の儀だから色々用意しなきゃいけないことが……」
「まだ時間はあるだろ。」
エイデンが逃げたそうとする私の両手を握りしめて、
唇を塞いだ。
「あっ。」
エイデンの唇が私の鎖骨に触れ、思わず声が出てしまう。
「レイナ、朝ごはんの準備ができた……」
突然あいた寝室のドアの前でジョアンナが立ちつくす。
嘘……
ジョアンナと目があって、頭が真っ白になってしまう。
こんな所見られるなんて、恥ずかしすぎてもう死んでしまいそう。
「どうしたんです? レイナはまだ寝てるんですか?」
ドアで固まってしまったジョアンナの後ろからレオナルドが中を覗きこんで、
「お邪魔だったみたいだね。」
と言って笑った。
「ああ、すごい邪魔だな。」
エイデンが不愉快そうな声を出す。
「全くあんた達、朝っぱらから何やってんのよ……」
と呆れたような顔のジョアンナに、エイデンがさっさと出て行けと言った。
「まぁ、邪魔しないであげましょうよ。」
レオナルドがにこやかに笑いながら、ジョアンナに寝室の外に出るよう促した。
「10分あれば足りるかな? 終わったらエイデンも一緒に朝食にしよう。」
そう言って手を振ってレオナルドが出て行くのを見届けた後で、
「ああ言ってもらったことだし、気にせず続けるか。」
とエイデンが言った。
何言ってるの? 気にせずなんて無理に決まってるじゃない。
10分ですまされるのも、皆にそれを待たれるのもどっちも嫌すぎる。
「エイデンのバカぁー。」
私の大声が部屋の中に響き渡った。




