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「私が生まれるまでは、お兄様が王になるはずだったんだけどね……厄介なことに私の方が魔力が上だったから、お偉いさん達はもめたみたいよ。魔力はあっても私はまだ幼かったし、いきなり王になれなんて、酷な話だものね。」
一気に話してからゆっくりとした仕草でお茶を飲むジョアンナにエイデンが尋ねる。
「お前の方が魔力が上って……俺達の父親はそんなに力がなかったのか?」
お前だってそんなに魔力はないだろうとエイデンは言った。
「お兄様には魔力がないわけではなかったけれど、炎を扱うほどの力はなかったわ。レオナルドと同じくらいと言った方が分かりやすいかしら?」
腕組みをして難しい顔をしたエイデンは
「レオナルドと同じくらいか……」
と呟いた。
「私と同じくらいの力じゃ、王位につくのは難しいね。」
とレオナルドが複雑な表情を浮かべる。
「あなたは王位にまるで興味がなかったからいいけど、お兄様は私が生まれるまでずっと王になるつもりで生きてきたから、やっぱり王になるのを諦めきれなかったみたい。」
「諦めきれなくても、魔力がないんじゃ仕方ないだろうね。」
レオナルドは王位に興味がないと言っていたけれど、本当は初めから仕方がないと諦めてきたのかもしれない。
レオナルドの寂しそうな顔を見ながらそう思った。
「それでもお兄様は諦めなかったの。諦めずに城の重鎮や貴族の人達を説得したわ。そしてお兄様を王にするための協力を申し出たのがシャーナの父親だったのよ。」
シャーナの父親は、自分が後ろ盾になりエイデンの父親をフレイムジールの王にすると約束したそうだ。
その条件として自分の娘であるシャーナと結婚することを要求したのだ。
「その条件をお兄様がのみ、二人は結婚したの。」
「何だかロマンチックじゃありませんね。」
クリスティーナがつまらなそうな顔をする。
「でもお二人は愛し合ってらしたんですよね?」
エイデンとレオナルドといった子供にも恵まれたのだから、きっかけはなんであれ幸せだったと思いたい。
「残念ながら愛し合ってたかどうかは分からないわ。」
ジョアンナが俯き加減で小さく首を振る。
「幼い私にもはっきりと分かるくらい、シャーナはお兄様に夢中だったわ。でもお兄様は……今考えると王位にしか興味がなかったんだと思うわ。」
はぁっとため息をついてジョアンナは言った。
「だからシャーナはフレイムジールの事を憎んでいるのよ。」
「へっ? それだけのことで?」
そんな馬鹿なとレオナルドが笑う。
「自分の夫が王位に夢中だからと言って、国を憎んだりするかなぁ?」
「それくらいシャーナはお兄様を愛してたってことよ。」
ジョアンナは真面目な顔をしてエイデンを見る。
「あんたには分かるんじゃないの?」
エイデンは無言のまま空を見つめている。
「そうだとしても、しつこすぎじゃないですか? 父が王位に夢中だったのは私達が生まれる前の話なんですから……」
いくら何でも今になって事件を起こすのはおかしいとレオナルドは言う。
「そうなのかもしれないな……」
小さな声でボソッとエイデンが言った。
「え?」
うまく聞き取れず、聞き返した私に、
「いや、なんでもない」
とエイデンは作ったような笑みを返した。
なんでもないって顔じゃないんだけどな……
エイデンのことが気になるが、ジョアンナの話の続きも気になる。
「お兄様はね、王になるために無理をし過ぎたのよ。その無理がたたって呆気なく死んでしまったわ……妊娠中のシャーナを残してね。」
「その時からフレイムジールは憎しみの対象だったのか。」
今度ははっきりと聞きとれる声でエイデンが言った。
「俺が母に嫌われた理由も、魔力があるからってことだったんだな……」
「えっ?」
とレオナルドがエイデンの顔を見る。
「どういうことだい?」
「魔力があるだけで簡単に王位を継ぐことが許せなかったんだろう。」
「よく分かってるじゃない……だからその分魔力のないレオナルドを溺愛してたのよね。」
ジョアンナがレオナルドを見て微笑んだ。
そんな二人にさっぱり分からないとレオナルドが困ったような顔を見せた。
「いいのよ。」
そう言ってジョアンナは笑った。
「深く人を愛するってことは、シャーナみたいにおかしくなる可能性だってあることだもの。そんなに狂うくらいなら、そんな感情なんて分からないままの方が幸せかもしれないわ。」
エイデンは暗い表情のままどこか遠くを見つめていた。
☆ ☆ ☆
「エイデン。」
私の呼びかけに、エイデンが振り向いた。
「レイナ……」
「カイルからここにいるって聞いて、来ちゃった。」
そう言う私にエイデンは優しく微笑んだ。
よかった。元気みたい。
なんだか少しエイデンが暗かったような気がして気になっていたのだ。
「よくここまで一人で来たな。怖くなかったか?」
城の塔から外を見下ろしながらエイデンが尋ねた。
「もちろん怖かったわ。」
細くて暗い塔の階段なんて、昼間でも一人でのぼるのは気持ちのいいものじゃない。ましてやこんな夜に登ってくるのはかなり勇気のいることだった。
「心配してわざわざ来てくれたってわけか。」
エイデンが私を見て、
「悪かったな……」
そう呟いた。
なんだろ? やっぱり何だかいつもより勢いというか、気合というか……何かが足りない。
窓の外をぼんやりと眺めるエイデンの横顔を眺める。
「……綺麗だろ?」
視線を動かすことなくエイデンが言う。
「これが俺の国なんだよな。」
エイデンの見ている景色を私も同じように見つめた。
城の外には暗い森が広がっているが、そのまた向こうには町や村が点在している。
今は暗くてよく分からないけれど、昼間なら確かに綺麗だろうな。
「俺はこの国の王なんだよな……」
「エイデン? どうしっ……くしゅん。」
何を考えているのか分からないエイデンにどうしたのか尋ねたかったが、盛大なくしゃみが邪魔をした。
秋の夜風は気持ち良いが、少しだけ肌寒い。
「冷えたか?」
エイデンが心配そうに私を見つめる。
「ちょっとだけ……」
そう答えて、隣のエイデンにピッタリと体をくっつけた。
「あったかい。」
エイデンの体と接している右側がほのかに暖かい。
ふっと微かに笑い、
「もっと温めてやるよ……」
エイデンがぎゅっと背中から私を包みこんだ。
「どうだ?温まってきただろ。」
耳元でそう囁かれて、慌ててコクコクと頷いた。
温かいというより、背中が熱いわ。
ドキドキしながらも、エイデンの大きな胸の中にいるととても安心する。
「明日はとうとう結婚の儀だね……」
そう呟いた私に、
「ああ……やっとだな……」
とエイデンが言った。
「長かった……」
エイデンの腕に力が入る。
「レイナ……愛してるよ。」
エイデン……私もエイデンのこと愛してるわ。
「ねぇ、エイデン……何だか今日はいつもと違うけど、何かあった?」
ジョアンナ達と話をしてから、やっぱり何だか変だ。やっぱりお母様達の話で気分が暗くなってしまったのだろうか?
何でもないと誤魔化そうとするエイデンの瞳を、振り向いて覗きこんだ。
はぁっとエイデンが諦めたようにため息をついて、口を開いた。
「レオナルドは、母の気持ちが分からないと言ってただろ?」
確かにレオナルドは、そんな理由でフレイムジールを憎むなんて有り得ないと言っていた。
「でも俺には気持ちがよく分かる。」
少し掠れた声でエイデンが続ける。
「俺は大嫌いなあの母に似ているのかも知れないと思うと急に不安になってな……」
いつか自分も憎しみからひどいことをするのではないかという不安にかられたのだとエイデンは言った。
「エイデンは大丈夫だよ。何だかんだ言って優しくて面倒見がいいし。それにカイルもレオナルドもついてるから、エイデンがおかしくなる前にとめてくれるわ。」
私を抱きしめるエイデンの腕にそっと手を添えながら、
「それに私だってついてるんだから、絶対大丈夫。」
「……レイナ、一つだけ頼みがある……俺が生きている間、絶対俺から離れるな。俺だけを見て俺だけを愛して、俺だけを…」
「エイデン。く、くるし……」
抱きしめられる腕の力が強すぎて息が吸えない。
はっと我にかえったのか、エイデンの腕が緩んだ。
はぁ、助かった……
「悪い。大丈夫か?」
私を離し、向かい合わせに立ったエイデンが心配そうな顔で私の様子を見ている。
「大丈夫よ。」
そんなエイデンを安心させるように優しく答えた。
「エイデン、ごめん。途中苦しくて話が聞こえなかったんだ。一つ頼みがあるって、何だったの?」
まっすぐに私を見つめ、少し沈黙したエイデンは、
「1分でも1秒でもいいから、俺より長く生きてくれって言ったんだ。」
そう言って優しく微笑んだ。
「そんなことでいいの?」
そう言って笑った私をエイデンが優しく引き寄せた。
「ああ……」
エイデンの広い背中に手をまわして、エイデンを抱きしめ返す。
「じゃあ頑張って長生きするから、ずっと側にいてね。」
できるならこのままずっと私のことを好きでいてほしい。
「当たり前だろ。俺はもうお前がいなきゃ生きていけないんだから……」
エイデンの体温を感じながら、エイデンの優しい囁きを幸せな気分で噛み締めた。




